第30話 主と従者、超えさせない一線
「アァァア! ハァァッァアア!」
冷静さを失った主犯格の攻撃など一徹には恐れるには足らなかった。
外に連れ出した一徹を地面に叩きつけ、馬乗りになった主犯格。
小指の折れた手で、拳は作れなくても振り下ろした掌底は……
「ヒッ! ヒァァァァァ!!」
しかして身を捩ることで避けた一徹の、伸ばした両腕によって、絡めとられた肩を思い切り引っ張られたことで、逆に間接を外されるダメージとなって帰ってきた。
ボグゥッ! という嫌な音を耳に、数瞬送れて襲い来る傷み。全身からまた噴出した冷や汗を感じ、悲鳴を上げた主犯格は、出来た隙を見逃さなかった一徹に蹴飛ばされる形で地面に倒れこんだ。
「ハッハァ!? 相当、状況は出来あがってるようじゃないかぁ!?」
目の前の主犯格は両手が使えず、だから脚なき虫のように身体をくねらせながら何とか立ち上がろうとする。
別にそんな手間取る
「隊長!」
「何があったんだ隊長っ!?」
怒号に、金属同士がはじける音。死に逝く者の悲鳴が響くさなかに入ってきたもの、いま交戦中の、主犯格の男の周りに何人も集まった者たちの驚きの声。
「あー、やっぱり兵隊さんであったわけだ」
その場面に目をやった一徹は、溜息混じりに呟いた。
「触るなっ! やめろ! 触るなぁっ!」
集まったのはどうやら主犯格の部下たち。何とか抱き起こされた主犯格は、しかし激昂から声を張り上げ、身を大きく捩ることで、部下たちから離れた。
「私は良い。私は良いからっ! 奴だ! あの男を……殺せっ!」
上官の命令だからゆえか、それともこれほどにしてやられた上官が必死になっているのを初めて目にしたゆえか。
気迫に押された者たちは、決意を新たにしたような表情で一徹に体を向けた。
「なんだよ部下任せか? 別に……他の奴には興味がないんだけどな」
主犯格の叫びで他で戦ってきた者たちも集いはじめた状況に、苦々しげに笑った一徹は、バツが悪そうに首筋をボリボリとかいた。
ドンドン集まる。そして一徹を取り囲んだ。5人、8人、10人、15人。
「コ……ロ……セェェェェ!!」
主犯格の
襲撃者たちの影に、一徹はいまにも呑まれそうだ。
「いるんだろうが! まさか……くたばっちゃいねぇだろうなぁ!? ヴィクトルッ!」
「フンッ! 私は申したはずです! 嫁っ子を取った旦那様のお子を、我が手に抱くまで死ぬわけにはいかないと!」
……綺麗に咲いた。
360度、一徹を取り囲む者たちが作った円から、血華が咲いた。
一人として漏れることなく、一徹を殺しに掛かったすべての者に首はない。
一徹を中心に集ったことを利用して、一徹の発言に答えが返ってきたと同時、瞬間で全ての首がはねられたのだ。
さしずめ計算されつくした噴水芸術のように、高々と噴出する四方八方からの血流。
円の中心に立つ一徹。目を細めて眺めながら、シャワーのように全身でそれらを浴び、やがて足元に跪き頭を垂れた、やはり全身が朱に染まったヴィクトルに向かって微笑んだ。
「この状況でもお前は、俺の婚活は忘れてくれないんだ」
「嬉しいですぞ旦那様。この混沌としたなかでも、旦那様は私の気配をかぎ分けますか。申し訳ありませぬ。遅くなりました」
「お前らしくねぇ。随分と手間取っていたようじゃないか」
微笑んだのは、どう言葉を掛けたものか一徹も悩んだからだった。
「何とかなってるから気にするな」なんて言ったら、護衛としての誇りを傷つける気がした。とはいえ『何をやっていた!』などこの状況で怒るわけにも行かなかった。
「でもいまのは……助かった。俺も、ちょっと疲労がね」
「当然でしょう。我ら従者の側にも襲撃がございました」
「お前たちにも?」
「ゆえに戦うものなき主人級しかいない会場内で、旦那様はずっと戦ってこられたはず」
「その主人級を救うために戦ってきたお前だって、なかなかに体力もキてるだろ?」
既に円を作っていたものたちはバタバタと倒れていく。
この凄惨な状況に、それでも安堵しきった笑顔を一徹とヴィクトルが見せるから、複数人の首が纏めて飛んだ光景も、血が吹き出た光景も、円の外から見ていた主犯格、他の襲撃者たちは、恐怖から声を上げることが出来なかった。
「外に出てこられたのは丁度よかった。この機に乗じ、離脱いたしましょう」
「いや、まだだ。シャリエールが中にいる」
「シャリエールが!? どうしてアイツが!」
ヴィクトルは狼狽した。やっと一徹と合流できた。ならば後は離脱するだけ。さすれば戦いも終わる。そう考えたのだ。
だがそれを一徹が止めたこと。そしてその理由が、予期せぬこの場に居るはずのないシャリエールだったことが、余計ヴィクトルを慌てふためかせた。
「目くじら立てるなよ。俺が生きているのはアイツが戦ってくれたところが大きい」
「ですが!」
「綺麗なドレスを纏っていた。これがまた《馬子にも衣装》っつか、《美女なら
「なんですと!?」
「案外俺の予想は当たってたりして、ハッサンからの招待状は実はもう一枚あって、シャリエールにも来ていた。『ヴィクトル殿では入れないパーティ会場で護衛を務めなさい?』なーんていわれちゃって……」
「あ、あのお人はぁっ!」
が、一徹の言葉を耳に、全てを理解したヴィクトルは、脳裏に冷たく、悪どい笑顔を浮かべたハッサンの姿が脳裏に過ぎり、思わず声が荒ぶった。
「だからチョット待ってくれないか? まだ……オトシマエも済んでいないんだ。あの男に、シャリエールが痛めつけられた」
「ホゥ?」
話を連ねる主人の言葉で、その対象となった主犯格に目を向けたヴィクトル、瞳に改めて殺意を
「ならば殺しますか」
「いや、まだ足りない」
「いえ、殺しましょう。私が殺して差し上げる」
そのような目で射抜いたのは仲間を痛めつけられた怒りによるものだ。が、別の思惑もあった。
「いけませんなぁ旦那様。これ以上あの男を痛めつけ、その上さらに落とし前の結果がどのようになったか、シャリエールに見せ付けるおつもりですか? あの、デンザート元男爵との一件を思い出させることになる」
「ッツ!」
「まぁもちろん、そんな心配など露ともこの私はしておりませんがな。旦那様が、あのときの私との
少し、落とし前としてはやり過ぎたところが主犯格の怪我具合で見て取れた。
危険な兆候だった。同じような流れで、一度
チラリと横目で主人を見たヴィクトルは、クワァカッ! と楽しげに主犯格を見つめる悪意ある一徹の表情を見逃さなかった。
だから、その域に再び踏み込ませかねないきっかけとなりうる主犯格は、いまヴィクトルが斬ってしまおうと考えたのだった。
「……あぁ、その通りだよヴィクトル。俺は……
「……では……」
右掌で両目を覆い、がっくりとうなだれる一徹。
心に自身の声が響いたと感じたヴィクトルは、剣先を主犯格に向けた。
「ヒッ!」
「……って?」
が、唖然とヴィクトルは口を開いた。
ドンッ! と盛大な破裂音。次いでガシャァン! と窓を突き破った音。ヴィクトルの視線の先に主犯格はおらず、認められるのは一徹の背中。
「これなら、流石に
《
「だ、旦那様、いまのは、話の流れというものが……」
「大丈夫だよヴィクトル。ちゃんと届いた。いまのが最後だ」
「……ですか?」
「シャリエールを連れて来る。エメロードを連れて行く。《ベルトライオール》へと帰るぞ」
「エメロード嬢でございますか?」
「思わず助けちまってね。外で戦ってくれているのは《レズハムラーノ》から来た援軍か? ならもう襲撃者たちは分が悪い。ここからは奴らがどんな凶手に出てもおかしくない。助けちゃったくせに、この会場から離れたのちに死亡……なんて寝覚めが悪いだろ?」
「ではお早目の行動を、私は
「おう! 頼んだ!」
蹴り飛ばした主犯格の方へと、つまり会場内へと視線を向ける一徹。
「ヴィクトル!」
「ハッ!」
だが、ヴィクトルに背を向けていた一徹は、顔だけ振り返り、横顔を見せて呼びかける。
「ありがとう。本当、お前には世話を掛けるな」
この、修羅の場での、あまりに純粋な言葉。邪のない屈託な笑顔。
それを一徹が不意に見せたからヴィクトルは面食らった。
そして……
「なんだ! 結構なタフガイじゃないか! 正直
高らかに、楽しげに一徹は会場内にたったいま蹴り飛ばした主犯格に向けて吼え上げた。
「ハ……ハハッ! まったく。そういう大事なことをこういうときに。貴方という方は……ヤレヤレ」
会場内に向かって走り出す一徹。会場内に入るために割れた窓の枠に脚をかけたその背中に、呆れたように笑ったヴィクトルの言は届かなかった。
だが、それでよかった。
一徹から視線をはずし振り返る。読んでいた気配の通り、大勢の敵に囲まれていた。
「おっと、殺しに掛かるなら気をつけたほうがいいぞ下郎ども。まさかこのような場で、気持ちが上がるとはおもわなんだ」
だが……ヴィクトルは満面の笑み、ニカッと歯を見せていた。
「ハシャギが……過ぎてしまう可能性がある」
なんとか押さえていた身の悶えを解き放つように、ヴィクトルは手にした剣を翻して……あたりは、戦場となったこの混沌の中でもとりわけ凄まじい数の命潰える叫びが轟いた。
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