嗜虐不遜の山本・一徹
第27話 全てを飲み込む得体知れぬ圧気
取り繕いようの無い現実だった。
黒衣の男は自分よりもずっと強い。彼がシャリエールと呼んだ魔族の女も。
その戦いぶりを、ルーリィは黙ってみているしか出来なかった。そう,
見ているだけだ。
襲撃者のほぼ全てが、黒衣の男とシャリエールに集中的に襲い掛かっているから。
信じられなかった。血湧き肉躍る襲撃者ら数十名を、たった二人で相手しているその事実が。
「どうしたお前たち! 何故男女たった一組制圧できない!」
「農民のおれたちじゃ無理だ!」
「具合が悪くなったらアンタたちが動くって話だったろう兵隊さん!」
「ムゥッ!」
声が聞こえた。狼狽の声。
当然ながら、ルーリィよりも攻め立てる襲撃者たち側の方が、この状況に
慌てるのは、先ほどシャリエールを窮地にまで追いやったほどの武を見せた大男。
上げた声は、だが他の仲間たちに否定的に返された。
「ッツ! これはっ!」
ここだ。ここだった。暴力と殺戮の濁流、その勢いは二人の活躍で完全にせき止った……のに加えるものがあった。
「この
「ああっ! 間に合った!」
会場中、地揺れとともに轟音がとどろいた。そしてそれはどんどん大きくなっていく。
鬨の声が聞こえ、そして会場の外からは、「応戦用意ぃぃぃぃっ!!」という掛け声が上がったのをルーリィは確かに聞いた。
「異変に、どこかの町が気付いた」
「救援部隊っ!」
やがて始まる金属同士のぶつかる音。怒声と断末魔。
外に未だいた襲撃者が、何かと大規模戦闘を始めたらしいと気付いたルーリィとアーヴァインの出した結論。
瞬間だった。エメロードの周囲に集っていた生存者たちがワァッ! と湧いたのは。
「エメロード様! 助けが参りましたっ! あとは救援部隊がこの会場に入ってくるまで持ちこたえられればっ!」
「油断しないで! 気合を入れなおすよ? ここまで来て命を落としたら元も子も……」
ゆえにだ、そうは言っても、確かに二人は新たな状況に浮き足立ってしまった。
「なっ!」
「やっと……見つけた。アーバンクルス・ヘイヴィア・アルト・ルアファ」
一瞬でも、愛する互いに意識を向けたところに生じた隙が、見逃されることは無かったのだ。
声を耳に、振り返るアーバンクルス。
「確かに改めて注目してみると……見た顔だ」
「なにっ!?」
圧倒的な立ち回りを繰り広げるシャリエールですら、一手にて封じ込めた大男。 だれかが「大将」とすら呼んだ男。襲撃が始まってしばらく、高らかに笑い猛ていた、誰が見ても直感でわかる、この襲撃の……主犯格。
慌ててアーバンクルスは剣を振るった。
「クッ!」
「来場者の殲滅は無理。ならばせめて……貴殿だけは葬らせてもらおう?」
だがその一太刀、大戦斧で受け止めた大男には余裕が見て取れた。
「貴……様っ! アーヴァインをっ!」
「来るなぁっ!」
恋人の、忠誠を向ける主の、命の危機。
ルーリィが、それで駆けつけないわけがない。
それでも、思いを乗せた槍の穂先は届くことはなかった。
「なかなかの
アーバンクルスからの剣閃を弾き、ルーリィの槍先を捕まえた大男の強引な斧捌き。
思い切り振り切ったその怪力に押されたルーリィは、数メートルは後ろに跳ね飛ばされた。
「止められぬよ! 第二王子の命をもって、不当な扱いで堕ちてしまった
「ルーリッ!」
「アァァァァヴァインンンン!」
怪力、ここに極まった。
シャリエールだけではない。主犯格は……大の男、それも背は高く、細身ながらも筋肉質なアーバンクルスですら、豪腕で投げ飛ばしてしまったのだから。
「我らが生きた証をいまこそ立てる! 貴様ら、私を援護しろっ!」
「「「「「オォォォォォォォォォォォォ!!」」」」」
綺麗な放物線を描いたアーバンクルスの投げ飛ばされた先、会場はおろか両扉をぶち抜いた。
廊下だ。
廊下の壁に激突し、ズルリと床に叩きつけられた彼は、満身創痍と痛みに耐え、ブルブルと震えながら何とか立ち上がろうとした。
ルーリィが助けようとしないわけがない。しかし主犯格の部下達がそれを許すわけが無い。
前に、簡単には出るわけにもいかなかった。先ほど不愉快男が言ったことは大当たりだ。
町民、農民の服を着込んでいて、しかしながら間違いなく醸しだす空気が全く違う者たちが応え、主犯格が虫の息になったアーバンクルスの元へと赴く最中に通った道を塞いだのだから。
集まった者たちは間違いなく経験豊富な戦士たち。対するはルーリィ一人。
「オイ、一体多数なら……この女、
「そうしよう。俺たちとて大将にばっかり頼ってはいられないわな。残した同胞に笑われる」
「そして笑われるくらいなら、一矢報いる」
状況は好転したはずなのに。また、最悪へといたった。
「大将が王を刺す。なら他の駒が攻める先は決まってる」
「救援部隊がここにたどり着くのも時間の問題。なら皆殺しにはいたらなくても……」
「あぁ、
突きつけられるのは何も出来ない自分の不甲斐なさ。集う視線と集まる殺気を受けて身が震える弱い己。アーバンクルスを守れない事実と、そして彼が殺される恐怖。
完全に逆転された形勢。ジリジリと詰め寄る男たちを前に、ルーリィの身はすくみ始めた。
「《レズハムラーノ》から領兵が到着! 我らが生還の確率は絶望的! ゆえに、作戦の遂行を急がれたしぃぃ!」
外での戦いは音の大きさから一層激しさを増している。だからだ、外から、会場内に次々と進入してくる輩の数も一気に増え、皆が口々に叫ぶその内容に、死に物狂いの彼らの真剣みが伝わるからルーリィはたまらない。
まさに手負いの獣とはこのことなのだろう。
もう後が無いからこそ、最後の力を振り絞って残りの生存者の皆殺しを敢行しようという、狂気の所業を厭わない恐さにルーリィは当てられた。
「なぁに、ただつっ立ってるんです? ご令嬢?」
声が聞こえた……ときだった。
明らかに、ジワリ距離を詰めてきていた男たち全員が、大きく後ろに下がった。
「ここまで来たのにあの紳士も運が悪い。後もう少しで生きていられたかもしれないのに、相手があれじゃあ分が悪い。ま、だからといってそれが貴女が惚ける理由にはならないはずだ。ご令嬢?」
目をやる必要も無い。どうして襲撃者たちが下がったのか、声を聞けばわかった。
「助……けて……」
「助け? は? え?」
「助けてくれっ!」
この逼迫した状況。自分ひとりでは、何を選んでも行き着く先と思われる全ての可能性は最悪。
ルーリィはここで吼えた。恥も外聞も無い。プライドなんてもうどうだってよかった。
「失礼したことも、粗暴な振る舞い、発言、全て謝る! だからお願いだっ! 助けてくれ!」
その言葉は意外過ぎるものだったらしい。声をかけた先は黙ってしまったから。
ルーリィは改めて顔を向けた。黒衣の男は呆気に取られたのか、口は呆然と開いていた。
「……あれだけのことをしておいて、悪びれることもありませんか。先も、決断を下せず、旦那様を命の危険にまでさらしてなお。なんて図々しい」
「それはっ! その……」
底冷えさせるような声。シャリエールの一言が、まだどこか「誠心誠意を見せれば手を貸してくれるのでは?」というルーリィの甘さを指摘する。
口ごもってしまったルーリィ、だがシャリエールに答えることはなかった。ただ、背の高い黒衣の男の瞳をじっと見上げた。
仮面の下、自身を見据えてくる瞳が、ルーリィには光った気がした。
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