Act:1-1
……。
何のようって……。
俺は後頭部を掻きながら思考する。
表情は明らかに困っているというか、情けない顔をしているだろう。
うーん。正直に話して、信じてもらえるか? っていうか、通じるか?
謎である。
まあ、変に濁して疑われても困る。っていうか、素直に説明すべきだろう。
強がれる状況じゃないし。すんげえ腹へったし。
つか、いま何時なんだろうか……。
疑問は絶えないが、取り敢えず水槽内の少女にいままでのことを説明してみた。
「長くはなるんだが……」
……。
『そりゃ、災難というか……なんというか……』
苦笑、と評していいだろう笑みを浮かべる。
それから彼女はこてり、と小首をかしげた。
『取り敢えず、飯か……』
困ったように、というか心底困ってる笑みだった。
いや、どっちかといえば……同情か?
『1日くらいさ迷ってたもんねえ、ここで』
腹へりも限度あるよねえ
なんて彼女は続ける。
ん? 1日……?
「そんなにたってたのか」
『そだよー。どーすっかなあ。……っていうか、なに食べるの? キミ』
「小麦とかそういう加工品?食い物ならおおよそ食えるはず」
『あー、そういう系か』
ぽんっと掌を拳で叩いて彼女は頷いた。
そして、
『ちょっと待ってな』
と彼女が行った瞬間。
部屋が一瞬震えた。
そして徐々に水槽から水が抜ける。
緑の液体が抜けて辺りが暗くなる。
闇に閉ざされたのは少しの間だった。
二呼吸か、三呼吸かくらい。
ぱっ、と証明がついて部屋が明るくなる。
「つか、暗かったのな、ここ」
気づかなかった。
と少女が気まづそうに後頭部を掻いた。
長い、ししどに濡れた蒼銀の髪は照明を受けてキラキラ輝いている。
月光を浴びた銀、いや月そのものか、ミスリルか。
深く澄んだアイスブルーの瞳は大きく、長い睫毛に縁取られたそれは吸い込まれるほど美しい。
が、その瞳の奥にはどこか妖しい光を孕んでいる。
って、何文学的なこといってるんだ。
まあ、水槽の外にでた彼女は、想像以上に魅力的な女性だった。
が。
まあ、なんというか。
本能が告げていた。
これ、手を出したら死ぬやつ。
……いや、生殖活動なんて概念はアンドロイドにないけどね?
そういう関係が存在することも知ってるから。
模倣じゃないけどね? やれないこともないわけで。
実際、セクサロイドなんてものもあるのだ。
そういうことをするための、そういうのが。
何故そんなものがあるのかはわからないけれども。
『工場』ではデータを保有してるみたいだし。
データがあるなら製造しているだろう。
まあ、アンドロイドもセクサロイドも用途がちがうだけで同じものだ。
だから外見からも信号的にも見分けはつかない。
あえて言うなら……生殖器があることか……。
まあ、形だけで子供を成すことはできないんだけどね。『工場』あるし。
……まあ、女性型のなかには人工子宮で孕むこともできる個体もいるらしいが、孕ませられる個体が居ないのだから、まあ、意味のないはなしだ。
また話がそれたな。
まあ、目の前の少女には手を出してはいけないって話だったな。
だが……
こう、目のやり場に困る。
なんせ、水槽にいたときと同じ。
つまり、何も着ていないのだ。
傷一つない珠の肌は透き通るような白。
すらりとした肢体……
うん。目の毒。
だから俺は天井を見上げる。
天井マブシイ。
「……?」
彼女が首を傾げる気配がする。
しばらく首を傾げながら動かない。
……おや?
これは……あれか?
俺の行動が理解できない?
「あの、さ」
「おう?」
再度首を傾げて彼女は応えた。
だから、俺は意を決して言ってみた。
「服 、着てくれませんかね」
声が裏返った。ついでに何故か敬語になった。
「あ?」
ぽかん、と口を開けたまま少女は自身の体を見た。
一糸纏わぬ……全裸である。
てん、てん、てん。
数拍の間。
だが俺にとっては異様に長い沈黙だった。
だって。
……だって、ねえ?
異性の裸ですよ?
意識しないようにしてましたけど、してきしちゃいましたし。
みちゃった以上、短いも長いも関係なく。
末路はほぼ決まってるも同然じゃあないですか?
なんて。
何故か敬語になっちゃったりしつつ、半ば怯えたまま彼女の反応を待っていたんだけれども。
暴力沙汰に進行しかけた時点で逃げるつもりでもあったのだけれども。
彼女は「ふむ」と一つ頷いただけで。
俺に何か……具体的には悲鳴をあげたり暴力を奮う様子はない。
「あのさ?」
「おん?」
首を傾げて彼女は応える。
平常心というか。慌てた素振りは全くない。
「怒んないの?」
だから率直に聞いてみた。
だけど彼女は不可解、と露骨に眉を潜めた。
「なんで?」
怪訝そのものな表情で逆に問われる。
何でって……うーん。そうきたか。
「しっかし服かあ。何年ぶりかねえ」
「何年ぶりって……」
野生児ですか。あーたー。
半ば呆れ気味な苦笑を溢し、俺は改めて彼女を見た。
長い蒼銀の髪をゴムでポニーテールに束ねていた。
いつのまに着替えたのか。
リブ生地の裾が長いノースリーブのカットソーは腹部辺りが割れていてへそが見えている。それに丈の短いデニムのホットパンツ。黒いニーハイソックスと分厚い底のコンバットブーツという取り合わせは甘辛コーデと言えなくもない。
体を伸ばしている彼女の、脇腹がチラチラ見えるのがなんというか……
「エロい」
「は?」
「すいません」
威圧感に気圧されて速攻で謝った。
な、情けなくないもん。悪いと思ったらすぐ謝るのも美徳のうちだろ?!
「ま、健全なんじゃないかあ?」
ウケケ、と変な笑みを浮かべる彼女。
思った以上に寛容というか、おおらかというか……
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