第39話 託された未来

 十三年前の西海洋マオエステ……。


 満天の星が瞬く、夜の海上。

 サン・カリブ王国籍のはくはんの船の甲板で、二人の水兵が朗らかに語りあっている。


「だーっはっはっ! 戦の夜に飲む酒は旨いなあ!」

「いやいや、当直ワッチが酒を飲んじゃまずいでしょうに」


 整った口ひげの壮年の水兵が、豪快に笑う老水兵をたしなめる。


「固い事言うなあ。お固いのはお前のじいさんと、『パッカーティーン』だけで充分だ!」

「『ポコ◯ン』をカッコ良さげに言わないで下さい」

こまっけえ事ばっか言ってると、短小になるぞ? いいから、お前も飲め飲め!」


 灰色の髪の老兵、英雄『しろたか』ことゲンコツ水兵ナックルが、めしぢゃわんに注いだラム酒をあおると、第一部隊副隊長のジョン=ロンカドルにも勧める。

 注意を促していた割には、ぷはっとジョンもうまそうに飲み干した。


「だっはっはっ、お前も良い飲みっぷりをするようになったなあ!」

「ナックルさんには、こっちの方もだいぶ鍛えられましたからね」


 夜の海風がふねを揺らし、二人の酔いを深めていく。


「ナックルさん、本当に水兵を辞めるんですか? まだまだ全然現役で行けそうなのに」


 酒の勢いに任せたジョンの質問に、ナックルはニヤニヤしながらあごひげをじょりじょりと撫でる。


「まあ、ワシももう六十過ぎたしな。そろそろ体力の限界を感じてなあ」

「ご冗談でしょ? 今日だって飛んで来た砲弾を、全部ぶん殴って撃ち返してたじゃないですか」

「ウチの弾を使うのももったいねえからな。火薬代もバカにならんし」

「限界が聞いて呆れますよ」


 英雄ナックルは、宵闇の中でニヤッと笑うと。


「だっはっは、冗談だ。実は『孫』を引き取ることになったんでな。子守りをしなくちゃならんようになったからだ」

「あれっ? ナックルさんは独身だったのでは……?」


 ナックルは、ジョンの指摘にちょっとだけ苦い顔をしながら頭をポリポリと掻いて。


「昔、よその島にねんごろにしていた女がおって、出来ちゃった結婚するつもりだったんだが、しょうもないケンカをしたきり音信不通になってしまってな。今思えば、サン・カリブの英雄などと呼ばれていたワシに遠慮したのかもしれん」

「……それで、その女性かたは?」

「女の子を産んですぐに死んだという事を、だいぶ後で知った」


 ナックルは、酒に映る星の輝きを飲み干すようにぐいっとあおる。


「バカな女だ。ワシのそばにいれば幸せにしてやれたのに。……いや、バカはワシの方か。あいつの女心をちっとも理解わかってやれなかったんだからな」

「そうですか……。きっと、素敵な女性だったんでしょうね」

「ああ、良い女だった。確かにおっぱいはデカかった。すげえデカかった」

「今、そんな話でしたっけ?」

「で、その娘夫婦も先日、海難事故で亡くなったらしくてな。遺された男の子は他に身寄りが無いそうだから、ワシが跡継ぎにもらおうと思ったわけだ」


 ナックルはつまみのかつおの塩辛を一舐めしつつ、酒を食らう。


「ワシん家に『世界がの危機にさらされる時、我が一族から救世主が現れる』という言い伝えがあるんでな。一族の血を絶やす訳にはいかんからなあ」


 ジョンはナックルの言葉に驚くものの。


「その『救世主』というのは、ナックルさんの事を指しているのでは?」

「あー、ワシもそのつもりだったんだが、どうやら違ったようだ。女心が分からんワシにはふねぐらいしか割ることが出来ん」


 それでも充分凄いんですけど、と心の中でツッコむジョン。


「だが、ワシがリーチ目みたいなもので、本当の救世主はそろそろ現れるんじゃないかと思っておる」

「それが、そのお孫さんですか?」

「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。まあ、もしワシに何かあった時は、お前に孫の事を頼んでおきたい」


 象が踏んでも死ななそうなのにと思ったが、意外にもナックルが真面目な顔をしているので、ジョンは真摯に受け止める。


「万が一そんな事になった時には、自分がお孫さんを弟子にして育てますよ」

「だっはっは、すまんなあ。今度の皇帝はビビりだからしばらくは大きな戦の心配はなさそうだし、水兵団にはお前がおる。これでサン・カリブ王国の未来も安泰だな!」

「そんな大げさな」


 ヒュルルー、ヒュルルルルルー。

 ダパンダパンッ、ザバザバザババンッ!!


『うおーっ?』


 突然の連続砲撃に海が揺れ、大きく傾ぐ船。

 水平線上には無数のかがり火が取り囲み、カンカンカンカンッ! と船内に半鐘の音がけたたましく鳴り響く。


『敵襲ーっ! 敵襲だーっ!』

「何っ!?」


 突如としておちいる、緊迫した事態。


「おっ!? 深夜の航海は危険だというのに、夜襲とはやりおるわい。残業おつかれさん!」

「えーっ!? どうするんですか? 自分らだいぶ酔っぱらってますよ!?」

「お前がガブガブ飲むからだろう」

「いやいや、勧めたのはナックルさんじゃないですか!」

「飲んじまったもんはしょうがねえだろう。それくらいの酒でガタガタ言うな、飲めば飲むほど強くなれ」

「ジャッキー◯チェンじゃあるまいし」


 だが、不意の敵襲にもまったく動じず、むしろ楽しそうなナックルに、ジョンも苦笑いをしながら腹をくくる。


「だーっはっは! そんじゃあ、最後の大暴れと行くか!」

「まったく、最後までこんなノリなんですから」

「矢でも鉄砲でも持って来おーいっ! ワシらサン・カリブ王国水兵団が、いくらでも相手になってやるぞおおおおおーーーーーっ!!」


 ナックルは白いマントを靡かせながら、闇を払い、夜明けを告げる鐘のごとく大いにる。



 これは後に『酔っぱらいバテラ・デ・海域の大夜戦マーボラチョ』と呼ばれ、英雄『白鷹』伝説の最終章に勝利の二文字と共に語り継がれている。



 *



 ワアアアアアアアアアアァァァァァーーーッ!

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


 そして、現在のサン・カリブ王国……。

 今、ジョン=ロンカドル水兵団長は青空の下、万雷の拍手の中にいた。


「団長、何をお考えですか?」

「ああ……、ちょっと昔の事を思い出してな」


 赤髪のトーマス副隊長の問いかけに、微笑みながら答えるジョン。


 マルガリータ姫の結婚騒動から端を発した、あの一連の大事件から三ヶ月の後。


 結婚式が海賊と手を組んだ帝国の策略であったこと、水兵団が帝国海賊連合軍を撃ち破り、悪逆非道のバミューダ皇帝が海の藻屑と消えたこと。

 あまつさえ、巨大な竜にサン・カリブ王国が滅ぼされる危機にも瀕したが、稲妻で海ごと竜が斬られる『聖なる奇跡』によって救われたことなど、事実とは細部ディテールに違いこそあれ、すぐに国民の知るところとなった。


 西の港に組まれた特設ステージでは、この度の戦いの『論功行賞ろんこうこうしょう』が行われている。


 祝勝ムードに包まれた会場を見渡せば、フジロックかと見まがうばかりの、万人単位の人だかり。

 ステージには主催のマルティニク王と、薄桃色のドレスを纏ったマルガリータ姫。そして、ポマードで髪をガッチリ固めた執事長のケイマンも側にはべる。

 国王から叙勲を受け、ジョンとスワン副団長、トーマスとチャカに向けて再び大きな歓声が起こった。

 金一封をもらってホクホクしているチャカに、トーマスは首をひねる。


「なんでお前までここにいるんだ?」

「さあ? オレも良お分からへんのですけど、ボケキャラが多い中、ツッコミを頑張ったからとちゃいますか?」

「んなわけあるか」


 そんな中、マルティニク王はジョンに尋ねる。


「ところで……、今日の主役の姿が見当たらないようだが?」

「使いを呼びにやってますから、もうすぐ来ますよ」

『どいた、どいたーっ!!』


 威勢の良い水兵団員たちの声に、さながら聖者カリブが海を割ったかのように、道をあける観客たち。

 わーっしょい、わーっしょいと、団員たちが神輿のように運んでくるのは、高級なハムの縛り方でがんじがらめにされた少年水兵チョップであった。

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