第三章 西海洋の大決闘!

第17話 対決! 魔導海賊団

 彼を知る者も知らない者も、少年水兵の凄烈な姿に息を飲み、言葉が出ない。

 チョップが周辺を見渡すと、甲板の上は死屍累々の人の山。もちろん海賊の死体の方が多いものの、四人以外の水兵団員はすでにたおれ果てた事を理解する。


「……すいません、団長。援軍は僕だけです」

「分かっている。お前にはだいぶ無茶をさせたな」

「いえ。無茶をするのは、これからです」


 チョップは敵と相対し、右の手刀を構える。

 鷹の目のような睨みを周囲に利かせると、海賊たちは餌食にされる小動物のように背筋に戦慄を覚える。

 その中で一際異彩を放つ、赤いコートの怪人に目を向けると。


「あなたが、バルバドスですか?」

「……オーッホッホッ、ご明察のとおり。われこそが『魔導海賊バルバドス』よ」


 さすがは百戦錬磨の海賊提督。すぐに居直り彼を迎え撃つ。


「貴方、かわいい顔してるわねえ。ぜひ、魔導海賊団に欲しいわあ。もしくは、我の愛人になんてどう?」

「お断りします。南海の魔王というからどんな人かと思ったら、ものすごいケツアゴですね。正直、気持ち悪いです」

「オッホッホッ。そこの姫君といい、最近の若者は口の聞き方を知らないようですねえ」

「ですが、帝国の企みは知っています。これ以上、あなたたちの好きにはさせない」


 チョップは朱に染まった手刀を突き付け。


「あなたを倒して、サン・カリブ王国は僕が守ります」

「へーえ……」


 バルバドスは苦悶の表情を浮かべた足元の死体の顔を憎々しげに踏みつけながら。


「なら、問答は無用のようね。貴方たち、やーっておしまいっ!」

『ヒ……、ヒャッハー!』


 ザコ海賊たちは、動揺しながらも提督の命令に従い、チョップに襲いかかる。

 チョップは、純白の美しい花嫁衣装のマルガリータをいちべつし。


 マルガリータ……。

 もう、僕は『優しい水兵さん』になる約束は果たせないけれど、あと一つの約束だけは果たしてみせるよ。


「君は、必ず僕が護る」


 彼女に聞こえないように、そっとつぶやくと敵陣に向かって駆け出した。


「死ねぇーっ!」

「おおりゃーっ!」


 イキリながら襲いくる二人の海賊兵。だが、チョップが右手を一閃すると。


 シュヒンッ! シュヒンッ!


『ぎゃあああああっ!』


 まずは刀を斬り飛ばされ、続いて首をはねられる海賊たち。

 続けざまに、海賊たちの群れに飛び込むと。


 ドンッ、ズバッ! バシュッドスッ!


『うぎゃあああああっ!』


 四方の敵に手刀を振るい、縦横に斬り伏せる。さらに。


 ズバッバシュッ、ドガズガ、ズババッ!


『どぎゃあああああーーーーー!』


 八人ほどの海賊を撫で斬ると、チョップは再び海賊団と向かい合う。


「僕は争いを好みません。死にたくない人は逃げて下さい」


 秒殺で十人以上を葬りさり、存分に実力を見せつけた上での降伏勧告。斬り結ぶことすらできずに命を絶ち斬られる、少年水兵の圧倒的な強さと迫力に、海賊たちはずるずる後退りをした。

 すると。


「我とあの子、どっちが怖いのかしらねえ?」

「て、提督……」


 バルバドスは黄色いバンダナをつけた海賊の一人の背後に音もなく忍び寄ると、艶かしくフッと耳に息を吹きかけ、赤いネイルの爪を喉元に食い込ませる。


「オッホッホッ、逃げるなんて虫の良い輩は我が殺します。ですが、あの子を討ち取った者には幹部に取り立て、尽きる事のない金とアレが乾く暇のない程の女を与える事を約束しましょう」


 世界をまたにかける海賊提督は、少年水兵を依頼遂行への最大の障壁とみなし、破格の懸賞を提示する。


『ヒッ……ヒャッハーッ!』

『イイイイイッ、ヤッッハーッ!』


 全てか死か。分かりやすいアメとムチをちらつかされ、海賊たちは狂ったように士気を上げる。


「帝国軍の皆さんも、公務員ならお給料の分は働いてもらわないとねえ。でないと皇帝陛下にチクりますよ」

『デ……、承知デアクエルド!』


 さらに、帝国兵にもけしかけ、帝国海賊連合軍は一斉にチョップに襲いかかる。

 チョップはギリッと歯噛みをすると、敵の一団に突っ込んで行く。

 ズンッ、ゾンッ、ズババシュッと、手刀で敵の喉元を突き、別の敵の心臓を抉り、左右から襲いくる敵を切り捨て、銃による射撃をバック宙でくるくると躱しながらも、攻めよる敵を迎撃する。

 さらに、ドンッ! と、甲板を踏み抜くような猛烈なダッシュで海賊たちの脇を駆け抜けると。


『ぐわあああああーーーーーっ!』

『うぎゃあああああーーーーーっ!』


 一瞬、斬られた事が分からなかったかのように、ワンテンポ遅れて絶叫を上げる海賊たち。


「盾兵、準備!」

『承知!』


 帝国軍は分厚い鉄製の盾を持つ屈強な男たちを配備し、力押しで潰そうとするが、チョップは委細構わず突っ込んで行き。


 スパーンッ!


『ぎゃあああああっ!』


 手刀で鉄の盾をマンゴーのように切り裂くと、それを持つ敵兵ごとぶった斬り、他の盾兵も同様の運命を辿る。

 さらに敵陣深く突っ込み、首を、腕を、脚を、胴体を素手で斬り砕き、白いマントを翻しながら踊るように荒れ狂う。

 その姿は、まさに海上に現れたふう

 近寄る物を全て薙ぎ倒し、それでも飽きたらず、さらなる暴乱を巻き起こす。


「す、すごい……」

「凄すぎる……」

「団長……。彼は『ポンコツ』ではなかったのかね……?」


 おののきながら問う国王に、師匠であるジョン兵団長は当然だと言わんばかりに。


「いえ、アイツはポンコツなんかじゃありません。彼は英雄『白鷹しろたか』の孫。そして、サン・カリブ王国水兵団の切り札ですよ」

「あれが、本気を出したチョップ……。あれがアイツの本当の姿だってのか……?」

「いいえ……、そうではありません……」


 トーマス副隊長のつぶやきに、マルガリータは祈るように胸元で両手を組みながら答える。


「いつもの優しくて繊細な彼こそ、チョップくんの本当の姿です。今は、わたしの……いえ、王国の為に心を鬼にして戦ってくれているのですわ」


 マルガリータの言葉どおり、歯を食いしばりながら敵を斬り続けるチョップ。

 戦況的には押しているが、副艦から本艦へ次々に増援が送られ、敵の数は一向に減らないように思える。


「団長! ここをお任せしていいですか?」

「うむ、任された。少し休んで体力も回復できたからな」


 師弟コンビはあうんの呼吸で頷き合うと、チョップはダッシュでその場を離れようとする。


「おい、チョップ! どこへ行く気だ!?」

「周りのふねを沈めてきます!」

「はあ!?」


 チョップはトーマスに短く答えると、隣接する黒船のマストにロープを投げて絡み付かせ、獲物を狙う猛禽類のように敵艦の敵陣のど真ん中に飛び込んで行く。

 ブワッ、と白いマントを広げながら着地するチョップに数人の海賊兵が襲いかかるが。


 ズバババシュッ!


『ぎぃやあああああっ!』


 手刀を放って敵団を斬りさばき、それを見て恐れをなした海賊たちは攻撃を戸惑う。

 敵との間合いが十分と見たチョップは、その場で右腕を大きく振りかぶってタメをつくると。


「『雷撃の剣カラドボルグ』……」


 その手刀に、帯電したかような蒼白いオーラが纏う!


「『船割り』!!」


 ウヒュンッ!


 甲板に向けて居合い抜きのような挙動を見せるチョップに、海賊たちは彼が何をしたのか理解出来なかった。が、次の瞬間。


 ズ、ズズッ、ズゾゾゾゾゾッ!


『ま、まさか船を……?』


 ズガガガガガガガガガガッ!


 帝国の黒船はチョップが放った手刀の射線に沿うように、斜めに裂けてずり落ちて行く。


『船ごと斬りやがったーっ!?』


 ドッゴオオオオオーーーーーンッ!


『うわあああああーーーーーっ!』

『どっわあああああーーーーーっ!』


 チョップは船が沈む前に、マストにロープを絡みつけてげたに飛び乗ると、次の船に跳び移る。

 そして、白い波飛沫を上げながら、真ん中から折れ曲がるように砕け行く黒船。乗船していた海賊たちはなすすべもなく海に叩き込まれ、渦の中に呑み込まれて行った。

 チョップは次の船をおとすため、隣の敵艦に着地するが。


「わーっはっはっ、バカめ! 貴様がここに来るのを待ってたぞ!」


 帝国軍の隊長が、高らかに叫ぶ。

 見渡せば、全方位を銃を持った帝国兵たちに囲まれているチョップ。


「さしもの貴様でも、一斉掃射を受ければひとたまりもなかろう! 三……、二……、一……、撃てーっ!」


 ドドドドドンッ!


 隊長の号令で、同時に引き金を引く帝国兵たち。大量の鉛弾がチョップを襲うが、号令をかけたのが仇となり、ベタッとチョップにタイミング良くせられると。


『ぐわあああああーーーーーっ!』


 対角線上にいた兵士が同士撃ちになり、バタバタと倒れて行く。


「なんだとーっ!?」

「意気を合わせようとしたのが失敗でしたね」


 シュルルルル、シュパッ!


 チョップは腰のポーチからロープを抜き取ると、帝国軍の隊長の足に投げつけて巻き付ける。


「なにっ!?」


 そして、チョップはロープを力任せに引っ張り、男をハンマー投げの要領でブンブン振り回す。


『ぐわあああああっ!!』


 ドカバキズガドゴッ! と、周りの兵士たちを弾き飛ばし。


「うわあああああーーーーーっ!」


 最後に隊長はロープから解き放たれ、海の彼方へと投げ飛ばされた。

 チョップはロープを帆桁に投げて巻き付けると、一瞬でメインマストの上に飛び乗る。海賊たちは頭上の水兵に銃を放ちながら。


「くっそーっ、逃げんじゃねえーっ!」

「とっとと、降りて来ーいっ!」

「ばーか、ばーか!」

「お前のかーちゃん、デーベーソー!」


 海賊たちの語彙力ボキャブラリーの貧困さにへきえきしながら、彼らのお望みどおりチョップは甲板に向けて頭からダイブする。海賊たちの砲撃を身を捻ってかわしながら、再び右腕にオーラを纏わせ。


「『船割り』っ!!」


 ズバアーンッ!


 船はチューリップの花が開くかのように真ん中から割けて行き、海賊たちをバラバラとばらまきながら、ゴゴゴゴゴと海中に埋没していく。


『うわあああああーーーーーっ!』

『ゴボガバゲボゴボーッ!』


 海賊たちは先ほどのリプレイのように、次々と海の底へと吸い込まれて行く。

 チョップはかしいでいくマストの上を駆け上がり、その頂点から次の船へと跳躍した。

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