そんなに長距離を移動出来るわけじゃないじゃん

「そう考えると、行程の記述はそこそこ信頼出来るんじゃない? 方角とか距離とか」

「そうやな。方角は大体信頼して良いやろね。しかし水路の距離はアバウトやろなあ。逆に陸路やとある程度信頼出来るやろうし」


「そういえば昨日、雄治が言ってたよ。宮崎八代間のルートは、今の高速道路とほぼ同じルートを通ったんじゃないか、って。だとすれば難路だから日数もかかるし、太陽も見えない鬱蒼とした山道が続くから方角もよく判らなかったんじゃないか……って」


 三人共料理をたいらげ、ドリンクバーへ移動。あたしと智ちゃんはアイスコーヒーを、敬太郎君が梅昆布茶……ではなくホワイトソーダを注いでテーブルに戻る。


「雄治の言う通りやろね。それに古代の大陸では、軍隊でさえ一日に一〇kmそこらしか移動せんかったらしいよ。『一舎 = 一二~一五km = 一日の移動距離』っちゅう記録がある」


「え? そんなもんなの!? 短かすぎない? 江戸時代の人達なんか、徒歩で四〇km位移動したらしいじゃん」

「多分、軍隊やと武器やら食料やら、大量に荷物を運搬するからやろね。その歩調に合わせんといかんから、大して移動出来んかったっちゃろ」

「あ、そっか……」


「そもそもあちらの国は、権力者の欲得で軍事行動を起こすから、軍隊のモチベーションはかなり低いっぽい。だから行軍速度をあんまし早めると、兵がごっそり逃げてしまうらしいよ。あちらの兵法書には、行軍速度がどれ位だと何割の兵が離散する……なんちゅ~研究もある」

「あはははは。なにそれ~!?」


「だから魏朝の使者一行も、軍隊と同じ位か、もっとゆっくり移動したっちゃろね。ましてや山道の難所を徒歩やろ!? 倭国には牛も馬もおらん、と書かれちょるし、荷駄車なんちゅ~モンもないし。陸行一月っちゅうても大して移動出来んかったやろなあ」

「うん。雄治も大体似たようなこと言ってた」


 コーヒーをストローでお上品に飲んでいた智ちゃんが、ふと顔を上げ、敬太郎君に尋ねる。

「魏朝の使者って、多分高官だよね」

「そうやろね。大国の外交正使やから、高官やろなあ」


「高官は多分、徒歩じゃないよね。馬車も牛車もない時代なら、輿こしみたいなモノに乗せられて移動するのかな」

「うん、そうやろなあ」

「あと、寝泊まりはどうしたんだろう……。野宿?」

「う~ん……。わからん」


「もしかしたら、テントみたいな組み立て式の装備を持ち込んだんじゃないかな」

「そうかもね。だとすれば、今のテントみたいに便利なモンじゃないやろから、大変な大荷物になったやろなあ。高官の後ろに、ぞろぞろと沢山の人夫が山のように荷物を抱えて付いて来たやろね。大国の威光を示すっちゅう意図もあって、一行は数百人規模やったかもしれん」


 なるほど。それなら尚更、軍隊の移動速度が目安になるのか。やっぱ陸行一月って、そんなに長距離を移動出来るわけじゃないじゃん。――


 あ、それと伊都国で舟に乗るわけでしょ!? 大荷物だったら舟に積むのに時間がかかるよね。現代みたいにコンテナをクレーンで積み込むわけじゃないし、一日二日じゃ済まないかも。逆に八代近辺に到着したら、舟から大荷物を陸に降ろす作業があるだろうしね。

 水行一〇日、陸行一月って、そういうロスも込みなのかも。


 あたしは、輿に乗った複数の高官と、その後ろに沢山の荷物を抱えた人夫が数百人、山道をゆるゆると進む光景を思い浮かべつつ、コーヒーを啜った。

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