その3(8)

 ある日、家の中にレイナスの姿が見当たらず、カミルはサラディンに、

「サラディン、レイどこ行ったか知らない?」と尋ねた。

「分からないな」

「どこ行ったんだろう?」

 カミルは家の外に出て、辺りを探し始めた。しばらく近くを捜索していると、岩の上に座っているレイナスの姿が見えた。何か考え事をしているようだ。カミルは声を掛けるかどうか迷って、しばらく遠くからその姿を見つめた。

《なんか、絵みたいだな》

 カミルは思った。レイナスは、目が大きくて色が白くて、女の子みたいな容姿をしている。そのレイナスが、金色の髪をなびかせながら遠くを見つめる姿は、岩の上に天使が舞い降りた場面を絵にしたような、そんな光景だった。

 カミルは、レイナスに歩み寄った。

「こんなところで何してるんだ?」

 声を掛けると、レイナスがカミルの方を見て、

「ちょっと、景色を見てた」

と、答えた。

 カミルは、岩の上に上り、レイナスの隣に座った。

「あのさ、俺考えてることがあって」

「何?」

「これから、どうやって過ごしていったらいいのかなって。ここにさ、ずっと隠れるようにして暮らしてるのって、ちょっと違う気がして。それでさ、たまに色んな村に行ったりして、人と話して、それで魔術のこととか、魔物になった人のこととか、もっとみんなに分かってもらえたらいいんじゃないかと思うんだ」

 レイナスは、驚いた様子でカミルを見た。

「絶対だめだ」

「どうして?」

「カミルは、自分が殺された時のことを覚えてないかもしれないけど、人は簡単に魔術や魔物に理解を示したりしない。絶対に、僕たちを敵対視する人たちが出てきて攻撃される」

「でも……」

「僕の父やカサハの例もあるんだから、不老不死の秘術が掛かっているからと言って、絶対に死なないわけじゃない。そんな危険なこと、絶対にだめだ」

「そうか……」

「ここの暮らしが嫌になった?」

「そういうわけじゃないけど」

「実は、僕も考えてることがあるんだ」

「何?」

「サラディンじゃなくて、僕がここを出て行ったらどうかなって」

「え?」

 カミルは耳を疑った。すぐにはレイナスの言葉を理解できなかった。

「考えたら、それが一番いいような気がしてきたんだ」

「いいわけないだろ? なんでそんな事思うんだよ!」

「どうして? だって、カミルはサラディンに出て行って欲しくないって思ってるでしょ?」

「思ってるけど、レイに代わりに出て行って欲しいなんて思わないよ。どうして、みんな一緒に暮らせないんだよ?」

「カミルは、ずるいよ……」

 レイナスがせつない表情を浮かべて目を伏せた。カミルは胸が痛んだ。どうして自分は、レイナスにこんな表情をさせてしまっているのだろう。

「僕は、ずっと我慢してきたんだ。カミルの傍にいても、気持ちが分からないように。だから、カミルに知られてしまった今、もう普通ではいられない。それなのに、カミルは僕に今まで通りに接して欲しいって思ってる。僕の前で、僕意外の人の事を気に掛けたりする。僕はもう、そういうの耐えられないんだ」

「ごめん、レイ……」

 カミルは、レイナスが何事もなかったかのように接してくれていることに安心しきって、レイナスの気持ちを考えていなかった。そしてそれを今更ながら反省した。

「僕のことを何とも思っていないなら、中途半端に引き止めたりしないで欲しい」

「俺は、レイが大事なんだ。だから……」

「だから、そういう言い方がずるいって言ってるんだよ!」

 声を荒げるレイナスに、カミルは何も言葉を返せなかった。

「もう僕に構わないで」

 レイナスの目は涙でうるんでいた。そして、そのまま、カミルの目の前から忽然と姿を消してしまった。

「え? レイ?」

 カミルは慌てて立ち上がり、辺りを見渡した。どこにもレイナスの姿はない。

「レイ!」

 呼んでも返事はなかった。カミルは胸がざわついた。

「うそだろ? レイ」

 カミルには、レイナスのように魔力を感じ取る力はない。カミルは慌てて家に戻ると、サラディンに駆け寄った。

「サラディン!」

 血相を変えて戻ってきたカミルの様子に、サラディンは不思議そうな顔をした。

「どうした?」

「レイがいなくなっちゃったんだ」

「え?」

「ここを出ていったかも。どこに行ったか、探してくれない?」

 サラディンは、すぐに外に出ると、目を閉じて意識を集中させた。そして、少しして目を開くと首を横に振った。

「レイナス様の魔力を全く感じない。近くにはいないようだ」

「そんな……。どうしよう」

「一体何があった?」

「レイは、サラディンじゃなくて自分が出て行くって……。もう構うなって言って消えちゃったんだ」

「それは……」

「もう戻ってこないかも。どうしよう」

「魔力を探られないよう消しているかもしれないし、あまり遠くに行かれてしまうと、感じ取ることができない。自分の意志で姿を消したのなら、見つけるのは至難の業だ」

「そんな……」

 カミルは、レイナスがいなくなることなど、今まで想像したことがなかった。いつも傍にいて当たり前の存在だった。しかしそれは、自分の大いなる甘えであったと、カミルは反省した。

「俺のせいだ。俺がちゃんとレイのこと考えてやらなかったから」

「とにかく、探してみよう」

 カミルは、サラディンと共に四方八方様々な場所に移動しては、どこかにレイナスの気配がないかと探った。しかし、その日は結局レイナスを見つけることができなかった。

 その翌日も、そのまた翌日も、二人はレイナスを探したが、見つけることはできなかった。結局そのまま、一か月が経ってしまった。

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