第33話犯人達の逃走準備
セキュアブラッド本社の一室。
渡瀬がスマートフォンに向かい、不思議な外国語を使って流暢に何か話している。
電話を切った渡瀬に部下が聞く
「渡瀬さん、今のはどこの国の言葉ですか」
「ケチュアのセンターからだ。ケチュア語だよ。 日本人の二人組が政府の人間と一緒にメール発信サーバの調査にきたそうだ。日本人は捜査官と通訳だろう。サーバの管理者権限は現地人のひとりしか持っていなくて、その管理者は母親が病気で、徒歩でしか行けない片道5日かかる高地の村に帰ったと話せと伝えた」
「しかし、その管理者が母親の病気が治って戻って来たら調査されませんか」
「その管理者は俺だよ」渡瀬がにやりと笑った。
渡瀬が数人の部下を前に言う。
「想定通り、国内はずいぶんと混乱してきたようだ。善意の第三者諸君が思った以上の活躍をしてくれている。たった二日間で預金封鎖に自警団の台頭、しかもテレビで繰り返し話しているから国民は自分らの個人情報を本当に守る手段が無いことに気付いて不安に怯えているだろう。誰でも見る事の出来るSNSに自分や子供の顔写真を、しかも高精細のデータで掲載するなんて誰かに襲ってくださいと言っているようなものだ。データは劣化しないから永遠に残り続ける事もわかっていない。簡単な検索で自分の過去まで明らかになるんだ。
今から俺たちみたいな奴らがもっと出て来る。国民も政府もまだこの段階で気づくことが出来ていい勉強になっただろう。この勉強代は安いものだとは後で気づくだろうよ」
壁のディスプレイに各種の仮想通貨の交換レートが映し出されている。ある通貨の交換レートが急騰して推移を示すグラフは鋭角に上昇している。渡瀬の脅迫による政府の通貨買付が始まって、更にレートは上昇を続けていた。
渡瀬は電話で指令を出す
「手持ちの通貨を売りに回せ。ああ、先物買いも含めて全部ドルに換金だ」
部下に言う
「本気で5000億を支払う気もないくせに。政府が時間稼ぎの見せかけでもマーケットで実買をやってくれて更にレートが上がって良かったよ。政府が要求を拒否するか、5000億を集めるまでは、まだまだ買うやつはたくさんいるだろう。人の不幸に便乗してな」
部下が言った
「政府は5000億円を払うつもりは本当に無いでしょうか」
「払うわけがないだろう。払ったとしたらテロに屈したとして国際世論からは大きく非難される。見返りの100万人分のデータを確実に消去したという証拠は手に入らない、俺だっていつまでも追跡される5000億ものコインはいらんよ」
マルチスクリーンの一つに自警団がラッキーメールを所持していた人を暴行する映像が映る。
「こいつらはいいねえ。こんなのが発生するとは想定外だったよ。個人情報漏えいは政府の責任なんて騒いでいるが、結局、自分は自分で守らなければ誰も助けてくれない事にやっと気付いたんだろう。
法律も個人情報保護法なんて大層な名前を付けるから人々が過大なイメージを抱くのだ。法律は特定の1個人の情報を守り抜くものじゃない。
国は犯罪が起きて初めてその都度対処するしかない。
政府といっても中身は人間で、結局は他人事だからな。100万人といっても、心の底ではたかが国民の1%以下と思っているに違いないさ。政府が100万人のバイオメトリクス情報に身代金を支払う気がないことは最初から分かっていた」
渡瀬が部下の一人に向かって言う。
「全員の逃走準備は出来ているか?」
「はい、完了しています。全員バイオメトリクス認証入りのパスポートと外国への個別の逃走経路を準備しました。資金はコインを売却した後に別の仮想通貨に振り替えて渡す予定です」
「そうだな、今回の騒動でレートが上がっているのはコインだけだからな。まもなく暴落が、といっても元々のレートに戻るだけだろう。つられて他の仮想通貨もレートが下がるだろうから、受け取ったら早めに換金してくれ」
「渡瀬さんはどうされるのですか」部下が聞く。
「俺はまだここに残ってやる事がある。いいなお前たちは追跡からなんとしても逃げ切れ。ただ、もし捕まったら3日間は黙秘して自分の知っている事は全て話せ。お前たちにはそれぞれに、この仕事の断片をやってもらったが
知っている事を全て話しても全容はわからないようにしてある」
部下の一人が渡瀬の前に進み出る
「渡瀬さん、また必要になったら私たちを呼んでください」
渡瀬が窓の外を見る
「在り難いが、本日23時には我々相互の連絡手段は全て消去する。そろそろこの場所が突き止められる頃だから、ここのデータセンタも爆破する。次に会う時は他人だ。皆つまらない事で死んだりするなよ」
窓の外を見ていた渡瀬が別の部下の方を振り向く。
「あの男、謎のAIマスターはどうしている」
「地下の秘密エリアにいます。あれから睡眠薬でずっと眠っています。」
渡瀬が笑う。
「正義のヒーローはこの大変な時に眠ったままか。おれにはあいつの方が興味深い。
初期開発に携わった俺でさえ、巨大なラズベリーAIシステムを家来かなんかのように自在にコントロール出来るなんて実際にこの目で見てもまだ信じられない。あの時、あいつが手を俺に伸ばすと、あのあたり周囲の様々なドローンが俺たちに襲い掛かって来た。確かにドローンは飛行制御にはAIインタフェースを使っているだろうが、それはあくまでソフトウェア部品として利用しているだけだ。コントロールもプログラムもまったく別々のドローンが個人の指示で統一行動をとって人間に向かって来るなんて、現代の奇跡だよ。
政府も俺たちみたいな誰でも予測できたはずの個人情報テロの捜査なんかやめて、早くあいつを特定して捕まえるべきたったな。あいつの危険度は、AIインタフェースインフラ中心の世界ではモンスター級だ。ただ政府より俺が先にモンスターの技術を手に入れるがね」
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