第25話 政府に仮想通貨5000億円を要求する。

渡瀬のⅩデー計画始動により、一通のメールが政府に届けられた。


「日本政府に告ぐ。我々は日本国民100万人のバイオメトリクス認証データを保有している。我々の要求が聞き入れなければ、個人の特定情報と合わせて、ウェブサイトと検索エンジンに100万人のデータを公開する。

3日以内に通知しているアドレスに日本円で5,000億円分を指定仮想通貨で送金しろ。我々の要求が脅しではない証拠に100人分のサンプルを日本政府宛に送付する。

尚、早期の決断を促す為、このサンプル100人とは別に無作為に我々の持つ個人情報を使った攻撃を既に開始した」


ネットニュースを通して一般に発表された犯人の声明は、国内に大きな混乱と不安を巻き起こした。

100万人が誰かは不明、誰もが自分ではと思う。

名前や住所は変えられても、変更出来ないバイオメトリクス認証データはどこまでも本人を正確に特定し続ける。

サンプル公開された100人について一部の個人データには銀行と証券会社の口座情報やオンライン取引の有効なパスワードが含まれていた事が混乱を助長した。


脅迫を受け、政府のサイバー犯罪対策本部主体で、対策会議が緊急に立ち上がる。

「このサンプルとして送られてきた100人分のデータは犯人は一般には公開していないんだな。」

「政府に送られてきたものだけで、公開はされていません。」

「いったいどんな犯人なんだ」

「まだ未整備なバイオメトリクス認証システムと法の網をついてきた、システムの専門家でしょう」

「この5,000億円分の仮想通貨の入手は可能か」

「大手仮想通貨取引所とコンタクトを開始しました。ただ、まとめて5,000億分の指定仮想通貨を一気に入手するのはむずかしそうです」


幹部が聞く

「犯人の言う、バイオメトリクス認証データを100万人分も持っているというのはハッタリじゃないかね」。

若い技官が説明する。

「サンプルとして添付された成川大臣ほか100人の指紋、静脈、虹彩、網膜、声紋は全て本人のものと一致しました。全員、個人全部のデータが揃っているわけではなく、データ形式はさまざまでしたが、ある人は指紋データのみ、ある人は虹彩データと静脈データという風な持ち方をしています。正確な現在の住所や氏名の個人情報に加えて、一部オンラインバンクのIDと現時点の有効なパスワードも本物でした。ご本人は否定されていますが、成川大臣の公開されていない秘密口座と思われる情報も含まれていました。犯人がなんらかのバイオ認証データと個人情報を100万人分保持している可能性は高いと思われます」


技官は緊張した声で続ける

「バイオメトリクス認証システムは個人特定の有効な認証として、証明書や電子パスポート、スマホをはじめ企業、団体、メーカーが多様な使い方をしています。国民全体がどの程度の数を自発的に登録しているのかについては、横断的な調査データがありません。しかし、銀行が使っている指紋認証も含めると母数から推定して100万人分を収集したというのはありえる数字です」


「そのバイオなんとか認証を使わないようにするわけにはいかんのか」


「これから開発するシステムをバイオ認証を使わないように設計する事はできます、今現在、バイオ認証を本人確認に使っているシステムを全部即時に停止するのは難しいでしょう。通常バイオ認証は単体で使われる事は少ないのです。既に車のロックなどでも広く使用されていますが車の場合はイモビライザー、その他のシステムも多くはIDやパスワードと併用されています、今回のように個人の各種情報とIDやパスワードも含めてまとめて公開された場合は対処できません」


「しかし、こんな悪人に生体データを抑えられてしまってはなあ。IDやパスワードと違って、人の目玉や血管は変更が効かんだろう!もっと慎重に利用方法と運用者を法律で制限すべきだったな。そのバイオなんとか認証データを100万人分公開されたとして、データを取り返したり、利用を制限する事は出来んのか!」


「現在の技術ではネットワーク上に公開された情報を完全に追跡して消去する手段はありません。

利用の制限についてはバイオ認証を一切使わないシステムに変更する、またはシステムのバイオ認証プロセスをカットする事は可能ですが、個人情報とセットで公開された場合、本人を特定する為の情報としてはずっと有効性を持ち続けます。

本人が死んだ後も個人情報とバイオ認証データは世界中のネットワークのどこかで永遠に存在し続けるでしょう」


「犯人の言うように、バイオ認証データは一度公開されてしまえば我々は打つ手なしか。

一人当たり50万円。一生変更不可能な国民100万人のバイオ認証データを永遠に世界中に拡散されるのを防ぐには安いものなのか、それとも既に悪人のデータベースに登録されているという事実だけで世の中のバイオ認証自体が無意味となるのか」



「メールの発信元は何かわかったか?」別のサイバー捜査官が答える。

「盗まれたアドレスが、海外に設置してある複数のソフトウエアロボットを経由して送信される手口です。 各国のシステム事業者経由で情報公開を依頼して特定に至る情報を入手出来るのですが・・実は。」

「どうした、何か問題があるのか。こっちが警察と言えば個人情報やなんだと言わずにすぐ協力してくれるだろう」

「その協力ですがサーバの設置国はマケドニア共和国ほか、エチオピア連邦、ブルガリア共和国、チェコ共和国、ケチュア国に分散しています。

一番多く使われているのはケチュア国です」

「なんだあ、それは。犯人は世界旅行好きか、そのケチュアとはどんな国だ」

「 南米のエクアドルとペルーから独立した新しい国で、ケチュア語を話します。国際警察機構にはまだ加入していません。

ケチュア語を話すのは世界で1300万人ほど。ケチュア人は自分たちはインカ帝国の子孫だと主張しています。

日本国内のケチュア語研究者に協力を要請しました。

ただ技術用語について間に立った通訳が技術用語を理解出来ず障害となっています。」

「他の国はどうだ」


「他の国もすべてマケドニア語などの独自の言語を持っている国で、英語を話す層はいるのですが、日本と同様にサーバの管理者は現地語のみしか話せないケースが報告されています。

こちらもケチュア国の場合と同様に言葉の壁のほかコンピュータの技術用語を通訳が知らず、現地のサーバ管理をやっている民間人にこちらの意図を正しく伝えるのに時間が掛かっています。犯人はメールの経路隠蔽をあえて行わず、言語障壁で意思疎通の難しい国を故意に送信ポイントに選んだ可能性があります。

 日本に大使館がある国には捜査協力を要請しました。警視庁の外事にも応援を要請し、サイバー室のメンバと二人一組で各転送国に派遣しました。

但し、それぞれ主権を持った国で我が国のプライバシー保護法に相当する法律もあります。

 慣れない現地語と通訳に理解が難しいコンピュータ専門用語での捜査協力依頼は困難を極めています」


「そんな国でもコンピュータには英語を使っているんじゃないか?」

「いいえ、我々が米国製のマイクロソフトWindowsに日本語の言語パックを入れて日本語にローカライズして使っていたように、例えばエチオピアではエチオピア言語パックを入れてローカライズしてシステムを使っています」

「ラズベリーAIを使った自動翻訳は使えないのか」

「日本語とこれらの言語への相互翻訳については、利用者母数が少なくAIの学習事例が整っていません」


「そのほかの捜査はどうだ」

「開発中のRPAのソフトウエアロボットポリス、を投入して別に経路特定を行なっています、こちらは転送ポイントのサーバについてIPアドレスのなりすましが見つかりました。

これで転送国サーバの別の事業者を見つける必要があります」

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