第20話集束光ファィバーノードを突き止めろ

僕たちが黒幕、闇の個人情報データベースを持っていると疑ったのは、システムセキュリティ会社である、セキュアブラッド社だった。

レジーが調査したセキュアブラッド社の中枢部、メインデータセンタでもある20階建ての本社は現代の電子要塞となっていた。

外部とのデータ無線通信遮断はもちろん、出入りする人間のバイオメトリック認証を行い、物理的な自動ドアや各種の波長カメラとセンサー。

建物全体に設置された二酸化炭素消火設備は、本来の用途とは別に設置された電子機器には影響を与える事無く、その階の無断侵入者の酸素を奪って窒息死させる設備として作動させる事ができる。


「レジー、こんな所にどうやって侵入してシステムを調査するんだ?まさか僕がラーメン屋の出前や清掃員に化けてなんて古典的方法じゃないよな?」

「飲食の出前は入れないし、建物の清掃はロボットクリーナーがやっているわね。警備員も怖そうだし、シュン君にはちょっと無理かなあ」

「おいおいレジー!僕はやる時はやる男だよ。なんならヤクルトのお姉さんに化けてだってビルに潜入するよ」

「やる時はやる男がお姉さんに化けるの?そうね、ビルへの侵入はあきらめましょう!」

「え?」

「やっぱり人とAIは出来る事から始めないと」


どうして僕たちかセキュアブラッド社のビルに忍び込む話をしているのかと言うと。


それはあの箕輪中央スタバ前でご婦人を騙そうとした振り込め詐欺グループがきっかけだった。グループが利用していた資産家のご婦人についての詳細な情報について、背後に闇の個人情報のデータベースが存在する事がわかり、レジーがそのデータの発信元をこのセキュアブラッド社のビルだと突き止めたのだった。

企業のセキュリティを専門に請け負う会社。

コンピュータセキュリティの専門家が善と悪に分かれる中で、この会社は善の顔を見せながら裏は悪そのものだ。

山口さんの話では、この会社がVOXから僕たち(というかレジーが)がやったネコネコのライブハックのサイバーセキュリティ調査も依頼されているという。

警察に話してしまおうと僕は言ったのだが、レジーが発信元を突き止めるためにやった色々な事を説明するとシュン君の方が警察に捕まってしまうと心配そうなフリをして脅したので、(続)AI探偵レジーとシュンが臨時再結成されたのだった。

(映画だって2作目が前作を超える時がないわけじゃない)


それから数日後、セキュアブラッド社の前を通る道路の地下。僕はヘルメットにヘッドランプ、釣り用の胸まであるウェーダーという装備で下水の中で汚物をかき分け進んでいた。

「レジー、こんなことなら口紅付けてヤクルトのお姉さんに化けた方が100倍良かったよ」

背中のバックパックに入ったレジーのアニメ声が言う

「やる時はやる男なんてしょう!しっかり歩きなさい」

セキュアブラッド社の警戒厳重なビルにはとても入れなかったが、会社が使っている光通信ファイバー網のノードは丁度、会社の前の道路の下に埋設されている事がわかったのだ。

(レジーが図面を公共インフラのデータの中から探し出した)

但し、レジーが管理可能な電気錠もない光ノードのあるエリアに普通の方法以外でたどり着くには、下水道経由のルートしかなかったのだ。

「レジー、光回線のノードがあるのはこの扉の向こうじゃないか」

「警報信号は管理にAIインタフェースを使っているから、私が無効にしとくわね」レジーが言う。

僕は持ってきた金属用のバッテリードリルで鍵に穴をあけ、無理やりドアをこじ開ける。

「レジー、僕はなぜこんな事をしているんだろう?」

こじ開けたドアを開けて中に入ると、LEDの照明が次々と点灯し、通路の真ん中でカメラアイを持った小さなクリーナーロボが不思議そうにこちらを見てる。


「ここの点検と清掃を1台だけでやってるロボットよ。この子が光ノードの位置まで案内してくれるわ。急いで、私今日の夕方からライブだから」


小さなロボットに案内されて付いた光ノードが集中した管理キャビネットを開けると、直径10cm程の光ファイバー集束線が何本も見える。

レジーが説明する

「セキュアブラッド社は非合法に集めたデータのバックアップを海外のアーカイブセンタに置いているの。

圧縮してバースト転送で送っているけど、それでも巨大なデータだから直結して集束光ファイバー網を使って送っていると見たわけ。

シュン君は横で待っていて。画像を分析してセキュアブラッド社の使用回線を割り出してみる」

ドローンモードで空中に浮かぶレジーターミナルのカメラが集束光ファイバーを見つめる。(見る?じゃないかも)

「セキュアブラッド社の回線を特定できたわ。回線の収容局側でデータの経路をラズベリーAIシステム経由にして流れる内容を分析するわね。

こっちの解析スピードは高速だから、通信の送り手も受け手もネットワークのナノ秒遅延で気付かないはずよ」

「それで、レジー帰りも同じ下水道ルートしかないのかな」

小さなクリーナーロボがまた不思議そうに僕を見上げた。



僕たちはまたくさい下水道を通って地上に出た。

家に戻ってレジーがアニメ声で分析した情報を話す。

「いろいろわかったわ。セキュアブラッド社の表の顔はシステムセキュリティ会社だけど、裏の顔はディープウエブ上で闇の情報バンクを運営して、世界の犯罪組織に個人や法人の個人的な情報とセキュリティデータを提供していたのよ」

「レジー、馴染みのある一般用語で頼むよ」

「うん、もう!分かりやすく説明するわね。

ディープウエブはインターネット上に存在しているけど普通ではたどり着けないサイトの事。

そこでは匿名性の高い仮想通貨を使って様々な違法行為や取引がおこなわれているの。セキュアブラッド社が運営している闇の認証バンクというのは、個人情報や法人の認証プロトコルを違法に収集して販売するものなの」

「レジー、それは怪しげな名簿屋みたいなものかい?」


「似てはいるけど、セキュアブラッドの場合は非常にシステマチックね。

名簿業者は住所や名前などを提供するけど、闇の認証バンクが提供するのは、個人や法人がシステムにアクセスするときに使う様々な情報、色んなサービスのID、パスワード、生年月日の他に、電子パスポートにも使われている本人特定の為の顔や目の虹彩、静脈なんかのバイオメトリック情報、良くアクセスしているサイト、所持するスマートキーのIDとオンライン口座番号、家族、親戚の情報まで。それから法人や組織の一部のシステムメンテナンスIDまで持っているわ」


「そんな情報を彼らは一体どこから持って来たんだ?」


「持って来たというより自分たちで断片の個人情報を再構築して生成したのよ。

RPA、つまりソフトウエアロボットが休みなくネットワークから自動収集した情報が中心ね。

他にも過去に流出した個人情報、マルウェアのウイルスやダウンローダーで収集したもの、システムへのハッキングや企業買収で手に入れたもの、管理の甘い店舗のポイントサービス、認証トラップに引っ掛かったデータなんかからね。

個別の情報自体はそれぞれ断片なので、対象を特定して紐づけしないと意味が無いのだけど、そこをセキュアブラッド社のAIがすべてを名寄せして断片の情報を連携させてからら膨大な容量の個人情報データベースに仕上げている。 

継続的に更新情報も入手して、リアルタイムで集めた情報のクレンジングまで行っているのよ」

「レジー、情報のクレンジングってどういう事?」

「例えば住所ひとつにしても、転居すれば変わるでしょ。

パスワードも一定期間使って変更するのが普通よね。つまり彼らが集めた情報も生きていて、変更部分をしっかりメンテナンスしていないとすぐに使えない情報になってしまう訳。

情報の変更部分や追加、削除、重複のチエックなんかをやって情報の正規性を保ち続けることをクレンジングって言うのよ。

それからセキュアブラッドのAIは今までのパスワードパターンから推定される、個人のパスワードを推定することもやっている。

推定パスワードのヒット率は確度99.5パーセントレベル。そうやって集めたにデータを非合法の依頼者に売っているの」

「驚きだ。それじゃ、僕のIDと数か月単位で使いまわしているパスワードなんかは既にセキュアブラッド社に知られているかも知れない」

「シュン君のクレジット口座データも見つけたわよ。パスワードはラズベリー、私なのね、ありがと。個人データは変更しておいたわ」

「不安だなあ、この瞬間にも僕のクレジット口座が悪いやつらに勝手に引き落とされてゼロになってないだろうか。前に残高が足りず引き落としが出来なくて電気を止められそうになった事があったんだ」

「大丈夫だと思うわ。

セキュアブラッドのやり方は大掛かりで相応のコストが掛かっている。シュン君のようなごくごく小さな個人口座のデータは保持しているだけで、 特別に依頼が無い限りは使われていないわ。

コスパが悪すぎるのね」

(僕のメイン口座がコスパの悪いごくごく小さな口座、少し傷つく)

「取引履歴データから見ると、顧客は世界中の大きな犯罪組織やテロリスト、ならず者国家なんかの大手が中心だわ。

企業の巨額なサイバー詐欺や、暗殺、重要施設への侵入に使われているようよ」

「レジー、どうして僕の使いようのないごくごく小さな口座情報まで彼らは管理しているのだろう?」


「理由があるのよ。

彼らは大掛かりな犯罪を計画している事がわかったの。

大量に収集したバイオメトリクス認証データと個人を特定する個人情報データと合わせて100万人分をネットで世界中に公開すると政府を脅迫し、データの巨額な身代金を要求する計画だわ」

「そのバイオ認証データっていうのは何?」

「もう、何も知らないのね。

バイオメトリック認証データは個人の特定に使われる指紋、静脈や虹彩、網膜、DNA、顔なんかで個人を厳密に特定するシステムや電子証明書に使われているわ」

「それだと自分の体の一部だからパスワードのように変更できないね」

「そう、生体固有のデータは個人を特定する有効な認証方法だけど、パスワードやIDと違って一生涯変更や差し変えが出来ない。

一度公に流出してしまったら、ネットワーク上に永遠に消えないで残り続けるのよ。」

「そんな、100万人分のデータなんて本当に集まっているのか?」

「いいえ、個人情報自体はもっとあるけど、バックアップの内容から見てセキュアブラッド社が収集出来た個人のバイオ認証データは約3000人分がいいとこね。でも一か所からの流出じゃないから、100万人集まったと聞かされる政府の方は人数への確実な反論は出来ないでしょうね」

「それは本当にハッタリをかます悪の権化のようなやつらだ」


「とりあえず今回、海外のアーカイブセンタへバースト転送するバックアップデータは私が介入した時に全部のビットレベルで書き換えを行ったわ。

シュン君もまた下水道掃除をしたくないでしょう。

ついでにアーカイブセンタに保存されている5世代のバックアップ全てに今回の最新バックアップデータで上書きするプログラムを合わせてアーカイブに入れてプレゼントしたの」

「レジー、送ったプレゼントプログラムってコンピュータウイルス?」

アニメ声でレジーが答える

「被害を受ける側から言わせると、とんでもないウイルスだと言うわね。

これでセキュアブラッド社の持っている大切なデータは本社ビルのどこかに保存されているものだけになったわ。

でも現在、私は能力を20%に抑えられているから悔しいけど出来る事はここまでね」


「とにかく大変だ。この事を甘粕刑事に知らせなきゃ」


レジーが言う。

「セキュアブラッド社のようなコンピュータセキュリティ会社は、業界内の競争力を維持する為に、高度なウイルス解析に公共のラズベリーAIシステムを使わず独自のAIシステムを持っているの。

私に比べると機能は限定的だけど、独自AIシステムでは地域の電力コントロールや言語入力システムの管理は必要ないから、特定分野に特化しているわ。

そしてある分野では私は対抗できない」

「ある分野?って」


「人間に対する攻撃。シュン君気をつけてね」

なにか更に危険な予感。


「ところでごめんね シュン君、悪いけど私、JST19:00から福岡ドームでライブなの。私の能力制限とかでリソースを20%しか使えないから、同時に存在できるのはひとりだけなのよ。

さっき少し現地を見てきたんだけど立ち見が出ていて大変なの。

PAの調整とバンドとの音合わせがあるから、そろそろこの辺で失礼するわね。バーイ。後お風呂は掃除しておいて、クサイから」


レジー、バーイって。バーイって何?ドームのライブって。

そりゃあ沢山のファンの期待を裏切ってはいけないだろうが、国家レベルの危機を察知したのに、なんか緊張感が薄いんだよなあ。

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