第17話謎のAIマスターは彼だ!

シュンが麻衣の報告を受けた翌日。

箕輪中央病院のスマホ処置室。

「はい、終わりましたよー 、腕を抜いて下さい」

僕はいつものスマホチップをインテュイティブ・サージカル社の手術支援ロボットダヴィンチⅢを使って依頼者の腕に埋め込む操作をしていた。

医事法には注射と同じレベル、この作業は注射と同様に医者は必須ではなく看護エンジニアのみで処置可能となっている。

体内へのスマホチップ埋め込みは約5分で完了する。

治療促進用の小さなメディカルパッドを貼ってから依頼者

(病気じゃないから患者じゃない)に向かって指示する。

「この後1時間程度は傷口を触らないでくださいね。

シャワーやお風呂は今日の夜から入っていいですよ。

新しいチップは自分のスマートフォン本体とリンクを貼り直して下さいね」

「河原さん、またお客さん」事務の女性に呼ばれる。

また甘粕さんか。階段の下を覗くと、こちらを見ていた甘粕刑事が笑って僕に手を振った。ここに来られるのは何回目だろう。


丁度仕事が終わりのところで、二人で箕輪中央駅のファミレスに入った。

「河原くん、忙しいところ何度も悪いねえ。あれから少し捜査が進展してね、いくつか確認したい事があって」

簡単な調査が終わる。甘粕刑事はひとりでやって来てはよくしゃべる。

「私もね、孫がいるんです。あ、この前話した孫娘です。

私の仕事を心配しておりまして。おじいさんの敵のサイバー犯人はゲーム機みたいなコンピュータが相手で、相手のピストルに撃たれても秘密の呪文ですぐに回復するんだ、と言いましたら信じておりましてね。可愛いもんです。

私も65歳で定年を迎えた時に、君の捜査ノウハウを是非次の世代に伝えてくれなんて言われていい気になって再雇用で残ったのですが、担当がサイバー対策でしょう。

今までのノウハウなんか役に立たなくて。

ええ、もう68歳でこの仕事が終わったら本当に退職するつもりで・・このままですと仕事だけで余生が無くなってしまいます」

こっちが話すより、聞きたい事があるといった刑事さんの方が延々と良く話す。

悪い人じゃないようだ。


店の中で上品な老婦人が僕を見つけて挨拶した

「あの時は有難うございました、お名前もお聞き出来ないままお帰りになられて」

僕と一緒の甘粕刑事に言う

「この方にね、この前振り込め詐欺に引っかかる所を助けて頂いたんです」


刑事との何気ない会話が終わり、少し仕事をしていきたいと店に残る甘粕刑事と別れて先に店を出たシュン。


店の中で甘粕が電話で話している。電話の向こうの声が言う。

「その詐欺グループは通報で逮捕されました。

捜査員が着いた時にはなんでも部屋の鍵が壊れて部屋に全員閉じ込められていたそうです」

「事件を警察に通報した人の名前は河原シュンといいませんか」

「通報に使われた電話番号は被害者の夫人のもので、通報も夫人本人が電話をしてきていますね。

記録では犯行グループはAIインタフェースの監視カメラで現場をモニタされてもう逃げられないと観念したと話したそうですが、そんなカメラやモニタ画像は現地にはありませんでした」

「わかった。有難う、また飲みに行こうな」

老婦人がシュンに助けてもらったと言う事件の情報を特別に調べてくれた箕輪署の仲間に礼を言って甘粕は電話を切り、先に店の外に出たシュンを追い掛けもう少し話を聞こうと店を出た。


少し先に猫背で歩いているシュンが見えた。

他の店でなにか買い物でもしていたのだろう。

甘粕刑事は年だが、目だけは何故か劣ってない。

「ごめん、河原くん、もう一つ聞きたいことが」

大勢の人の中を小走りに追いかけながらシュンを呼ぶ。


シュンはスマホを熱心に操作していて甘粕刑事の声に気付かず早足で歩いて行く。

いくら自動運転車が止まってくれると言っても、こんな信号だらけの車の多い道で前も見ずに危険な・・と甘粕刑事の見ている時、シュンの渡ろうとした信号が青に変わった。

シュンはスマホから顔を上げようともせず、交差点を足早に歩いてゆく。

シュンが渡ろうとする信号は渡るタイミングに合わせたように青に変わる。

「AIインタフェースの信号が・・・」

次々と青く変わる信号の下を細い猫背を更に丸め、スマホを操作しながら歩くシュンを見る甘粕の目が細く光った。


広瀬が運転して迎えに来た車の中で甘粕は言った。

「広瀬、シュン君がAIマスターだ」

「ええっ、彼ですか。とても超天才のエンジニアのようには見えませんが」


「彼自身の技術ではないかも知れない、しかしラズベリーAIシステムは彼を守っているようだ。まるで大切な恋人のようにだ」


驚いて広瀬がいう「信じられません」

細い鋭い目で前方を見つめながら甘粕がつぶやいた


「間違いない。彼がAIマスターだ」

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