第14話AIを操る謎の「AIマスター」
エンターテイメントの大企業VOXホールディングス本社。
130階建てアライサムビル最上階の特別会議室。
VOXグループ総帥の末野の前に男が立っている。
「末野代表、お久しぶりです」
セキュアブラッド社のプリンシパルシステムエンジニア兼代表、渡瀬省吾。
大柄な体に長髪、色の濃い眼鏡をかけていて瞳の奥が見えない。
末野社長が言う
「わざわざご来社頂いて恐縮です。渡瀬さん、ネコネコライブの侵入者について、調査はいかがです」
「ライブ当時のラズベリーAIについて外部調査結果をお話し致します。簡単ではありませんでした。かのラズベリーAIシステムに侵入し、システムを自由に操るものについての報告です。
生身の人間である事以外、男であるか女かもわかりませんので、仮にAIマスターと呼びましょう。
AIマスターはなんらかの方法で、我々のインフラをつかさどるラズベリーAIシステムに深く食い込みAIを意のままに操っています。
AIの広範囲に分散したハードウエア、ネットワークに全て連携するウイルスを仕込んだのか、または特別に開発された未知のハードウエアやロジックか。
方法はわかりません、おそらく稀に見る天才的な技術者でしょう。
彼を特定するにはもう少し調査が必要です」
末野が言う
「渡瀬さん、私は政府のAIシステム倫理委員もやっておりましてね、今日は政府の関係者もここに来て頂いてます、波村くん皆さんをご案内して」
秘書の波村に先導され中年の女性二人、それと目の鋭いスーツ姿の若い男と初老の男が会議室に入って来た。
こちらの女性はご存じだろうが内閣でAI担当の成川大臣、政府AI開発チームの園田さん、男性のお二人は警視庁のサイバーセキュリティ対策室から来て頂いた、甘粕刑事と広瀬刑事」
「末野代表、警察にもお話しされたのですか」
「公共の資産であるラズベリーAIシステムへのハッキングが関係するとなれば、当社独自で調査費用を払うのではなく、納めている国の税金も使わせてもらわないとね」
「そうですか」とサングラスで瞳の奥が見えない渡瀬が言う。
園田と紹介された、AI開発チームのチームリーダが話し始めた。
「我々はラズベリーAIシステムの内部調査を担当しています。
今からお話しする事はこの場限りに願います。末野社長より、公共インフラであるラズベリーAIシステムがなんらかの方法で外部からハッキングを受けてコントロールされている疑いがあるというお話を受けまして、システム全体を緊急に調査致しました。結果、外部からの侵入、不正なコントロールの実行、システム汚染の痕跡はありませんでしたが、例のネコネコ超会議のライブジャックでは明らかにラズベリーAIシステムの関与が認められます」
「声はすれどもAIマスターの姿は見えずということか」
「成川大臣、あなたはラズベリーAIシステム全ての責任者だ。どう判断されます」
成川AI担当大臣が話す。
「ライブジャックが明らかにラズベリーAIの未知の存在によるコントロールで発生したものである以上、ラズベリーAIシステムは外部の存在によって汚染されたと断言出来ます」
末野代表が聞く。
「汚染されたラズベリーAIシステムは新しく作り直す事になるのですか」
開発責任者の園田チーフが話す。
「ラズベリーAIは開発当初から自己完結型のディープラーニングとディープシンキングシステムで動いています。
端的に言うと、開発チームは深く学習して処理を考えるプログラムを作ったが、現在のラズベリーAIがどのように学習して推論や判断を導き出しているのかの思考プロセスは、開発チームから見ても既にブラックボックスなのです。
膨大なナレッジを含むラズベリーAIと全く同じものをコピーして別環境に作ることは可能ですが、コピーは汚染の問題を同様に抱えます。
深層学習プログラムの立ち上げから開始するためには、CPUや有機記録体の国内で現在手に入るリソースの1.5倍、開発者は延べ12000万人月の工数が短期に必要ですが、これは国内で一年間に調達出来る開発エンジニアよりも多くなります。
現時点では社会インフラを担当する巨大AIシステムであるラズベリーAIの作り直しは実質的に不可能です。
ただ、救いはこの謎の人物、AIマスターと呼ばれる人間がテロや不法行為、犯罪組織とは無関係であり、常識的な人間だと見られることです。
リスクは彼の天才的な技術が、悪用する意思を持った他の人物、組織に利用されることでしょう。
どのような方法なのかはわかりませんが、彼は現在のAIインタフェースがコントロールする電子社会では何でも可能なスーパーマンです。
正義側のヒーローである事を願います」
「我々には手の打ちようがないという事だね、但しAIマスターは悪人ではない、と」
「いくつかの物理的証拠、VOXに届いた頂いた海外エージェントとの契約書類の細部、その他のプロファイル分析から悪事を企む人間でない事は確かなようです」
「我々はAIマスターの良心を信じて巨大になりすぎて作り直しも出来ないラズベリーAIシステムを使い続けるしかないのか。ただ、謎のAIマスターは探し出す必要があるだろう」
警視庁の若い男が資料を持って立ち上がる。
「警視庁サイバーセキュリティ対策室の広瀬です。このシステム侵入者、皆さんがAIマスターと呼んでいる男の、今ここで公開できるプロファイルは30歳以下、日本人の男性、人類の歴史上でも稀な天才技術者、または技術を継承した個人。犯罪歴なしという情報を末野社長より頂きました」
末野代表が言った。
「モニターされる可能性を考慮して、個人的なコネクションでアメリカが使っているFBIの捜査AIシステムに分析をお願いしたよ、AIマスターの捜査に役立つといいが」
年配の甘粕刑事が丁寧に言う。
「あの、せっかくこちらに来ましたので、事件の発生したライブ関連の関係者の方にお会いさせて頂けませんか」
「波村くん、下の事務所に刑事さん達を案内してあげてくれ」
「こちらへどうぞ」短いスカートを翻し、波村が先に立って歩きはじめた。
アライサムビルの115階。
山口さん、こちら、警視庁の甘粕さんと広瀬さん。
かなり年齢の行った男とイケメン若者の二人組が代表秘書の波村に案内されてVOXエンタテインメントの開発部に来た。
よれよれのコートを来て、甘粕ですと名乗った男はサスペンスシリーズ(先日放送1万回でギネスに載ったよ)老獪な刑事そのものだ。波村がにこやかに聞く。
「甘粕さんはサイバー犯罪を担当されて長いのですか?」
甘粕刑事は苦笑しつつ答えた。
「いえ、私は65歳定年後の再雇用でして、シニア公務員です。現役の頃、といっても今も生涯現役のつもりでおりますが専門は生活安全でした。
何しろ、警察も新しいタイプの犯罪が多くて人手不足でして」
波村が当社の末野がお渡ししたFBIの分析結果は目を通されましたか?と聞く
「はい、ありがとうございます。
頂いたプロファィルは読みました。本場のプロファイリングは違いますねえ、大変参考にさせて頂きました。
ただ、私は昔ながらの人間でして、コンピュータの分析より自分の勘ピュータを信じとります」
広瀬刑事が遮る。
もともとバーチャルアイドルのライブ侵入者という、大して危険も無さそうな事件に、こんな昔堅気の人手不足で定年再雇用した老人と組まされてしまって不満そうだ。
「プロファィリングとシステム系の事は私が担当します。
今回のライブに侵入した犯人というか、ハッカーがラズベリーAIを自由にコントロールしているということで、手掛かりとなるライブとエル・ベリーの関連資料をできるだけ用意頂きたいのです。
社会全体のインフラに使われているラズベリーAIシステムを自由に使われたら大変です。愉快犯の場合は、自分が起こした騒動の現場を見たい欲求が強く、当日のライブ入場者の中に犯人がいる可能性が大変高いのですが、当日の入場者情報はありますか?」
秘書の波村が言った
「はい、ライブ会場の高速顔認証で取得した入場者情報が有ります。こちらです」
甘粕刑事が聞く。
「このライブで突然歌われたという、(君のプロトコル)という歌の作曲者はどちらに?」
波村が言う「もとは動画サイトに上げてあった個人映像でした。
自作の歌で、突然エル・ベリーが自分の歌を歌い出したと聞き大変驚いていると聞いています。
うちの開発部の山口が著作権関係を担当してその若者と著作権関連の交渉を担当しています。
エル・ベリーが歌って有名になるまでは動画サイトに上げた曲の総アクセス数がたった81回のサエない若者ですよ」
甘粕刑事は麻衣の方を向く。
「山口さんと言われましたか、すみませんその若者の連絡先を教えて下さい。直接会って話を聞きたいのです」
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