少女は常に願っているー9


「……明日から夏休みですが、あまり羽目を外し過ぎないように」


 リンカが転校してきてから約二週間が経ち、学校は学期末を迎えていた。

 午前一で始まり、大きな講堂で行われている終業式。

 校長の話が長いのはどこも同じのようで、大半の生徒は退屈に暮れている。


「リンカちゃん、リンカちゃん」

「どうしました? レイナさん」


 小声でリンカに話しかけるレイナ。どうやら彼女も退屈していた一人のようで。


「いよいよ夏休みだね‼ 予定とかもう決まってる?」

「きっと毎日仕事ですね。住まわしてもらっている以上は当然の義務です」

「そっかぁ……残念。でも、もしお休みあったら遊ぼうね‼」

「はい、是非」


 どうやらこの二週間である程度まで親睦は深まったようで、リンカの表情も明るい。

 毎日のように周りに出来ていた人だかりも大分落ち着き、何とか平穏な学園生活が送れているようだった。

 ……秘密裏にリンカのファンクラブがあることは、彼女が知る由も無かったが。


「えー、それでは皆さん良い夏休みを送ってください」


 校長の長ったらしい話が終わり、生徒は歓喜の声を上げる。

 夏休み。それは学生にとっては楽園のような一か月である。誰もが喜び、誰もが楽しみにする生徒達に用意された最上のご褒美ともいえるそれは。

『やっと夏休みだ‼ 遊ぶぞ~‼』

『バイトして、勉強して、遊んで……忙しくなるな~』

『何とかマイエンジェルと親密になることは出来ないだろうか……』

 と言った具合に各々浮かれていた。それは二人も例外ではなく。


「夏休みだぁ~これで勉強しなくて済むよ~」

「レイナさんは補習ギリギリでしたけどね……」

「リンカちゃんが勉強見てくれたお陰だよ~本当ありがと~‼」

「……なんだか放っておけなかったので、仕方なくですよ」


 二人の会話はまるで仲睦まじい友達のようだった。

 冗談も言い合えるし、二人の会話が途切れることは滅多に無い。


「リンカちゃんはこの後どうするの?」

「少し寄っていくところがありますので。今日はここでお別れですね」

「おっけー、分かった‼ またね、リンカちゃん‼」

「はい、また会いましょう」


 リンカは無意識にこのやり取りを気に入っていた。

深くまで踏み込んでこないレイナといるのが、会うのがどうしてか心地よくて。


(……結局私はどうしたいのか分からないまま……)


 レイナと別れ、校内を一人で歩くリンカ。

すれ違う生徒一人一人から会釈されているのを見ると校内での人気が窺える。

 そうして歩いていくうちに段々と人が減ってくる。

向かっているその場所は、生徒はあまり立ち入らない場所であるからだ。


「……こんにちは、シャルア様」

「おう、リンカか。入れ入れ」


 向かった先は勿論のこと生物準備室。目的はその部屋の主との会話だった。


「結局毎日来たなー、お前」

「凄く居心地がいいですから。それに、お喋りも楽しいですし」

「こんなに喋る奴だと思わなかったよ。俺も楽しいからおあいこだ」


 リンカが来ることが分かっていたのか、シャルアはもう既にお茶を用意していた。

 それを受け取り、これまた既に用意されていた椅子に腰かけるリンカ。


「……あー、早く殺されたいです……」

「お前本当それしか言わんな。やっぱ似てねーわ」


 お茶を一口啜り、感慨深くそう呟くリンカ。

 学校から家までは遠いのでここで一度ガス抜きをする必要があるらしい。


「シャルア様も大概ですよ。私と同じようなものじゃないですか」

「まぁな。お前が死にたがり……いや、殺されたがりなら俺はその中間ってとこか」

「『生きる理由も死ぬ理由も無い』……。生きる屍は少々かっこつけ過ぎですが」

「いいだろ、何の目的も持てない哀れな男にはぴったりだ」


 二人の会話はもっぱらそのことばかり。

 自分の思想を理解してくれる貴重な相手との会話は必然そうなるというものだろう。


「シャルア様は結構自分のこと話してくれますよね」

「あいつは全く喋らんからな。俺のも妹には一応秘密なんだが」


 シャルアの妹、レイナは恐らくそういった類の物に縁は無いのだろう。

 少なくとも、リンカはそう思っていた。


「レイナさんはとてもいい人です。だからこそ、色々思うところが……」

「お前ら結構仲良いからな。レイナも仲良くなれたって喜んでたよ」

「このままでいいんでしょうか……?」

「いずれ、話せるだろうよ。レイナもきっと……」


 なんだかんだで妹のことをよく気にかけているシャルア。

 それ故に、自分が何も出来ないことを歯がゆいとも感じている。


「……友達に、なれるでしょうか」

「なったらいいんじゃないか。お前がそれを望めばだが」


 この二週間でリンカのことをよく知ることが出来た。

 殺される自分が友達を求めることの矛盾も、彼はよく分かっている。


「そう、ですね。シャルア様はやっぱり優しい」

「必要なことだ。お前にとっても、俺にとっても……な」

「相変わらずはぐらかすのが上手ですね」

「おうとも、何せ空虚の擬人化みたいなもんだからな。何事ものらりくらり、だ」


 例えるなら暖簾のようにペラペラで、中身も何もあったものではない。

 彼は喜怒哀楽が薄い。何か一つでも強ければ、希望があったとは彼の談だ。


「あるいは、消えちまったのかもなぁ……」

「……また、いつかお願いしますね」

「はは、その内な」


 仄めかす割に彼は喋らない。まるで喋るべきタイミングでも窺っているかのように。

 リンカも必要以上に踏み込まない。知らないことは知らないままで。


「それでですね、貴方様が昨日……」


 そして話題は他愛の無い物へと変わっていく。

最近あったことや、スレイヤのこと、など普通の会話が繰り広げられる。


「……リンカ、もう昼前だぞ。飯はあっちで食うんだろ?」

「あっ、もうそんな時間ですか。貴方様がお腹空かして待ってますね」


 気付けばそれなりに時間が経っていたようで、時計の針は頂点手前を指し示す。


「なんかオカンみたいだな……」

「家事は全て私ですから。あながち間違ってないかもですね」


 照れ臭いのか、嬉しいのか、少しだけはみかみながらそう言うリンカ。

 その大元にある感情は、少し前とはちょっとだけ変わりつつあるようで。


「では、失礼します。シャルア先生」

「おう。気を付けて帰れよ、アルハーツ」


 いつものように挨拶してリンカは扉を開けて外に出る。

このまま真っ直ぐ帰るだけで、自分の求めていた生活が手に入るのだから頬も緩むというものだろう。

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