第50話『ねねちゃんとの同期』

妹が憎たらしいのには訳がある・50

『ねねちゃんとの同期』    




 股間からドレーンをそっと引き抜き「ディスチャージオーバー」と呟いた。


 いつもなら、これで憎たらしいニュートラルモードになるのだが、どうも様子がおかしい……。

 幸子は、脚こそ閉じたが、裸のままベッドに横になっている。表情もなく、呼吸のギミックも始まらない。


「幸子、どうした……?」

 幸子の体内から抜き出した洗浄剤は、時間のたった血液のようにどす黒かった。

「……もう一度メンテナンスやり直そうか?」


「その必要は無い」


 幸子は、無機質に答えた。でもニクソクはなかった。なにか、とても大きな心のうねりを必死でおさえ、平静さを保とうとしているように思えた。

「幸子……」

「わたし……ニュートラルよ」

「でも、様子がおかしいよ」

「耐えているから……」

 幸子の目から、一筋の涙がこぼれた。そして、堰を切ったように溢れ出した。

「幸子!」

 ボクは、慌ててタオルで拭いてやろうとした。すると急に幸子は、ボクの胸にすがりつき、嗚咽しはじめた。

 

 幸子の涙は、ちゃんと涙の味がした。


「わたしがわたしを取り戻したら、二つの世界が壊れてしまう!」

「それは、ただの仮説だろ。それに、世界が壊れる気配なんか、これっぽちもしないぞ」

「違うの、これは違うの!」

「違わないよ、やっと幸子は自分を取り戻したんだよ。だから、こうして……」

「これは、優奈の前頭葉を取り込んだから……」

「優奈の……」

「わたし、優奈が狙撃されてバラバラになった直後、無意識に優奈の脳組織の断片を探したの。二秒で、ほとんど傷ついていない前頭葉と扁桃体の一部を発見して、わたしの体に取り込んだ」

「優奈を取り込んだ?」

「わたしのここ」

 幸子は、自分のオデコを指した。

「ここに、わたしの脳組織といっしょに保存してある。最初は、なんのためだか分からなかった。今は、はっきり分かる。優奈の義体が用意されれば、そこに移植して優奈を復元できる。その可能性のために、わたしは優奈の前頭葉を保存したの」

「そんな能力が幸子にあるのか!?」

「まだ、わたし自身気づいていない能力があるかもしれない……その一つが、今のわたしよ。今のわたし、憎たらしくないでしょう」

「ああ、こんな人間的な幸子を見るのは初めてだ……」

「どうやら、優奈の脳で取り戻した人間性では、世界は破滅しないみたい……よかった!」

 幸子は、ベッドから飛び出して、テーブルの上のテレビをつけて、チャンネルをいろいろ切り替えた。

「スニーカーエイジのニュースはやってるけど、他に変わったことは無さそう。パソコン見てみよう」

「幸子、ほんとにニュートラルなのか?」

「そうよ、嬉しいでしょ?」

「ああ、だったら、服を着た方が……」

「……あ、お兄ちゃんのエッチ!」

 ボクは、部屋を放り出されてしまった……。


「水元中尉を紹介しておく」


 晩ご飯のときに、里中副長が女性将校を紹介した。軍人らしからぬ気さくなオネエサンだ。

「みなさんのお世話をさせていただきます。場所柄軍服を着用していますが、気軽にマドカって呼んでください」

「お父さん、他にも、なにか大事なことがあるわね」

 ねねちゃんが見抜いた。

「今から言うところだ。これを見てくれ……」

 モニターにはマッチョな戦闘ロボットが映っていた。

「味方のグノーシスから得た資料だ。義体ではなくロボットだという点に注目してほしい。戦闘機能と情報収集、総合指令機能も持っている。なりふり構わぬ高機能だ。攻撃能力は優奈クンを狙撃したイゾーの能力がベースになっている。そして、全体の管制機能は、ここにある」

 アップされたモニターには、ロボットに同化された祐介が写っていた。

「これは……」

「ケイオンのメンバーの倉持祐介クンだ。彼は隠していたが、優奈クンが好きだった。その優奈クンが目の前で爆殺されて、彼の心は怒りで一杯だ。それを奴らは利用した。この戦闘ロボットの本体は、こっちの世界で作られたものだ。義体では、向こうの世界が進んでいるが、こういうロボットは、こっちの方が進んでいる」

「祐介が、敵に回るんですか?」

「今は、祐介クンとの同期に時間がかかっているが、戦力化は時間の問題だ。そこで、我々も手を打つことにした。太一、もう一度ねねに同期して、こいつを撃破してもらいたい」

「え、これで三度目ですよ」

「いいや、今までは単なるインストールだったが、今度は同期だ。意識の主体は完全なねねと太一の同化したものになる。やってくれるね?」

「あの、わたしも参加しちゃダメなんですか?」

 幸子が手をあげた。

「幸子クンは、こっちと向こうの世界を繋ぐ大事な鍵だ。危険に晒すわけにはいかない」


 俺が、ねねちゃんに同期する寸前に、幸子は余計なことを言った。


「優奈さん、お兄ちゃんのこと愛してるよ……」

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