第36話『幸子の変化・2』

妹が憎たらしいのには訳がある・36

『幸子の変化・2』         



 出てきたのはAKR総監督の小野寺潤だった。


 そして、横のひな壇にも小野寺潤が居た……。



 エーーーーーーーー!?



 スタジオのどよめきが頂点にさしかかったころ、MCの居中と角江が、さらに盛り上げにかかった。

「こりゃ大変だ、潤が二人になっちゃった!」

「い、いったいどういうことなんでしょうね!?」

 二人の潤は、それぞれ、自分が本物だと言っている。

「でも、あなたが本物なら、わたしは何なんでしょうね?」 

 二人の潤は、まだ演出の一部だろうと余裕がある。

 二人の潤を真ん中にして、メンバーのみんなが、まるでマダム・タッソーの蝋人形と本物を見比べる以上の興奮になってきた。

「蝋人形は、動かないから分かるけど、こんなに動いて喋っちゃうと分かんないよ」

 メンバー若手の矢頭萌が困った顔をした。

「じゃ、じゃあ、みんなで質問してみよう。ニセモノだったら答えられないよう質問を!」

 居中が大声で提案。二人の潤を真ん中のまま、みんなはひな壇に戻り、質問を投げかける。



「飼っている猫の名前は?」

「小学校のとき、好きだった男の子は?」

「今日のお昼ご飯は?」


 などと、質問するが、その多くはADさんがカンペで示したもので、俺たちもそんなには驚かない。

 幸子と小野寺潤は骨格や顔つきが似ていて、幸子のモノマネのオハコが小野寺潤なので、今日は、ずいぶん力が入ってるなあ……ぐらいの感触だった。

「じゃ、じゃあね、ここに小野寺さんのバッグ持ってきました。中味を御本人達って、変な言い方だけど、当ててもらいましょうか」

 角江がパッツンパッツンのバッグを持ち出した。

「公正を期すため、フリップに書きだしてもらおうよ。1分以内。用意……ドン!」

 スタジオは、照明が少し落とされ、二人の潤が際だった。


「「出来ました!」」


 二人の潤が同時に手をあげ、それがおかしくて、二人同時に吹きだし、スタジオは笑いに満ちた。

「さあ、どれどれ……」

 角江が回収して、フリップがみんなに見せられた。

「アララ……順番は多少違いますが、違いますがあ……書いてることはいっしょですね」

「じゃ、とりあえず、バッグの中身をみてみましょう。角江さん、よろしく」

 角江が、バッグから取りだしたものは、若干の間違いはあったが、フリップに書かれた中身と同じだった。

「まあ、これは、予想範囲内です」

「ええ~!?」スタジオ中からブーイング。

「じつは、一人は潤ちゃんのソックリさんです。あらかじめ情報も与えてあります。でも、ここまで分からないなんて予想しなかったなあ」

「どうするんですか、居中さん。このままじゃ番組終われませんよ」

「実は、このフリップはフェイクなんです。中身はソックリさんにも教えてあります。だから、同じ内容が出て当たり前。これから、このフリップを筆跡鑑定にかけます。中身はともかく、筆跡は真似できませんからね。それでは、警視庁で使っている筆跡鑑定機と同じものを用意しました!」


 ファンファーレと共に、筆跡鑑定機が現れた。


「これ、リース料高いから、いま正体現さないでね……」

 おどけながら、居中はフリップを筆跡鑑定にかけた。二人の潤は「わたしこそ」という顔をしていた。

 三十秒ほどして、結果が出た……。

「そんなバカな……」


 鑑定機が出した答は『同一人物』だった。


「したたかだなあ、ソックリさん。筆跡まで……え、あり得ない?」

 エンジニアが、居中に耳打ちした。

「同じ筆跡は一億分の一だってさ!」

「「わたしのほうが……」」

 同時に声を出して、顔を見合わせて黙ってしまった。


「太一、過剰適応よ。メッセージを伝えて」

「メッセージ?」

「二人に向かって、『もういい、お前は幸子』だって気持ちを送ってやって……」

 俺は、機転を利かしフリップに小さく「おまえは幸子だ」と書いて気持ちを送った。


 やがて……。


「ハハ、どうもお騒がせしました。わたしがソックリの佐伯幸子で~す!」

 おどけて、幸子が化けた方の潤が立ち上がった。

「ビックリさせないでよ。予定じゃ、筆跡鑑定までに正体ばれるはずだったのに! 浜田さんも言ってくれなきゃ」

 ディレクターまで引っぱり出しての、お楽しみ大会になった。


 それから、幸子は潤とディユオをやったり、メンバーといっしょに歌ったり踊ったり。週刊メガヒットは、そのとき最高視聴率を叩きだして生放送を終えた。


「わたし、本当の自分を取り戻したくて……でも、CPのインスト-ル機能が高くなるばかりで、わたし本来の心が、なかなか蘇らない」

 潤の姿のまま、幸子は無機質に言った。感情がこもっていない分、余計無惨な感じがした。

「でも、オレのメッセージは通じたじゃないか。『おまえは幸子』だって」

「……そうだよね。それで、廊下で小野寺さんと入れ違って、ここまできたことが思い出せたのよね」

「少し、進歩したんじゃないのか」

「でも、小野寺潤が固着して、元に戻れない。メンテナンス……メンテナンス……」

 そして、電子音がして、幸子は止まってしまった。

「……さあ、またメンテナンスか……」

 そのとき、幸子の口が動いた。

「わ、わたし、自分で……」

「わたしが、シャワールームに連れていく」

 お袋が、幸子をシャワールームに連れて行った。廊下で待っている心配顔の仲間には「幸子、ちょっと横になっているから」と説明。直後、お袋が俺を呼んだ。



「太一じゃなきゃ、だめみたい」


 シャワールームで、幸子は裸で、背中を壁に預けて座っていた。

 何度やっても、これには慣れない。

 幸子を見ないようにキーワードを口にする。

「メンテナンス」

 ……反応しない。もう一度繰り返すが、やっぱり幸子は動かない。

 くそ……見ながら言わなくっちゃならないってか。

 視線を幸子に向ける。見てくれが小野寺潤のスッポンポンなので、どうにもドギマギする。

 さすがにアイドルグループのセンターを張るだけあって、無駄のない引き締まった身体をしている。胸がツンと上向きになってるとこや、シャープな腰のクビレとか谷間のとことか……いかん、さっさと済ませよう。


「メンテナンス」


 視線を固定して呟くと、幸子はゆっくりと膝を立てて開いていった……。




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