第20話 スイーツタイム・ラプソディ
結局、日曜にネオンとアマリと3人でコロシアムに挑む話はおじゃんとなった。
杖を持ってもらう話が無くなり、そういう意図で誘ったのならお断りだとネオンに拒否されたからである。
当然と言えば当然であるが、カズキは杖のデザインアイデアをすでにいくつも描き溜めている状態だった。
ひとまず作りかけの盾のデザインが完成し、それの作成をロクに頼んでいる状態で、あとは杖のデザインを煮詰める段階まで来ているのだ。
それが無に帰すというのもなかなか辛いものがあり、ネオンに言われた通りお礼をきちんと用意してからドルチェに頼むことに決めたのである。
「スピカ、ちょっといいか?」
「ん? なぁに?」
しかし、カズキはドルチェと個人的な繋がりはない。
なのでまずスピカから声をかけてもらい、ドルチェと個人的に話す機会を作ってもらおうということにした。
「ドルチェと個人的に話したいことがあるんだけど、ドルチェっていつなら暇かな? いきなり
「それなら私から聞いておくよ。逆にカズキはいつなら大丈夫?」
「ドルチェに合わせられる、と思う。ありがとう、助かるよ」
解った、と微笑むスピカの態度にホッとする。
こうして快く何かを引き受けて貰えるというのは、安堵するものだ。
しかしスピカは顎に手を遣りつつ、じっとカズキを見上げてきた。
「でも、どるちんに個人的な話だなんて。なんの話? 私も聞いちゃダメなやつ?」
やはりそう来たか。
カズキがロクと手を組んでオリジナルデザインの装備を絵画付きで売っていることは、まだアマリとネオンくらいしか知らない。
スピカに知られたくないというわけではないのだが、彼女には自分の口から知らせたくはなかった。
「んー……ダメではないけど、スピカとは関係ない話だから、聞いてて面白くはないと思うな」
「ふぅーん……」
そう含みのあるリアクションをしたスピカは、なぜか笑っていた。
オッドアイを細め、楽しそうに口角を上げ、平たく言うならにやけている。
「ま、そうだね。個人的な話なら私も首突っ込んだら悪いし……どるちんにはメールしとくから、少し待っててね」
「ああ、よろしく」
そんなこんなで、ドルチェと個人的に会う機会はこの会話の数日後、水曜日に行われた。
水曜日は時折
メンテナンス明けに、『ワンダー』という喫茶店の前で待ち合わせすることになっていた。
メンテナンスは告知通り17:00には終わっていて、あらかじめ『ワンダー』の近くでログアウトしておいていたカズキはログインと同時に待ち合わせ場所に到着となる。
さて、ドルチェはいつごろ来るだろうか。
この時間と場所を指定したのはドルチェなので、迷ってしまうとか著しく遅れてくるということはないはずだろう。
待つこと数分、小柄な影がとてとてと走ってくる。
が、カズキは最初それをドルチェと認識できなかった。
「はー! お待たせ! ごめんごめん、待った~?」
と言うのも、ドルチェが彼女らしからぬ服装をしていたからで。
いつぞやか、見た目より性能のいい装備を揃えたいと言っていたはずだ。
それなのに今日のドルチェはどうだ。
温かみのある落ち着いたトーンの赤いワンピースに、白いボレロを羽織り、秋らしく纏めたコーディネートがされている。
それだけでなく、彼女のトレードマークと言っても間違いないであろう丸眼鏡は外されていて、髪もおさげでなく解いてそのまま下ろしてあった。
緩いウェーブを描いたミルクティ色の髪は白いレースカチューシャで飾られ、背中へと流れて波打っている。
平たく言うなら、どう考えてもお洒落してきているのだ。
「あ、いや……そこまで待ってはないけど……えっと、ごめんな。急に話したいなんて言って合わせて貰っちゃって」
「んー、別にいいよぉ、なんかかずにゃんってどるのことめちゃくちゃ忙しい人だと思ってない?」
「……違うのか?」
「
そうだな、と頷いて、カズキは『ワンダー』のドアを開ける。
来客を告げる合図は店によって様々な設備が設定されているが、この店は入り口にある猫のぬいぐるみがニャンと一声鳴いた。
どうやらそういうおもちゃらしい。
しかし一応来客を告げる合図として機能しているようで、案内役のスタッフが二人を迎えに来る。
そうして席に通され、カズキは店内を軽く見回した。
先程の店員も、キッチンでなにか作業している店員も、皆女性だ。
どこか不思議の国のアリスを思わせるエプロンドレスを身に付けており、店内の装飾もあえて歪ませた柱や、天井に鎮座するデフォルメされた芋虫のオブジェ。
壁に取り付けられた時計の針もうねっていたりと、かなり意識しているように思える。
つまり不思議の国のアリスをモチーフにした喫茶店のようなのだ。
そうしていたら店員がメニュー表を運んできたので、軽く頭を下げて礼を告げる。
それをぱらりと捲りつつ、雑談を切り出した。
「……にしてもびっくりした。あまりにも普段と印象違う装備してるから」
「なんかすっぴーがやたらとねー。これ着ていけあれ着ていけって服をバンバン押し付けてきたんだよぉ。貰ったのに着ないのも悪いし、オフの日くらいこういうのもいいのかにゃーって思ってねぇ」
……なるほど。
スピカのあの笑みの理由が解った気がした。
ドルチェをデートに誘っているのだと勘違いしたのだろう。
とは言え、ドルチェに飾り気が無さすぎるのも事実で、彼女もそれなりに乗り気なようなので、問題はないと判断する。
「どるはこのダブルソースのパンケーキと紅茶にしようかにゃー。かずにゃんはどする?」
「んー……レアチーズケーキがあればそれが良かったけど、無いからベイクドチーズケーキにしようかな。飲み物は俺も紅茶でいいや」
二人の注文が決まったので、近くを通った店員を呼び止めて品物を告げる。
かしこまりました、と頭を下げる店員を見送ると、頬杖をついたドルチェが興味深そうな視線を送って来ているのに気付いた。
「なんかレアチーズケーキにこだわりでもあるん?」
「いや、成り行きなんだけどうちのギルドのメンバーと喫茶店巡ることが多くてさ。せっかくだから食べ比べしてるんだ。……今思うと、もっとどこにでもありそうなケーキか、スコーンあたりが妥当だったかなと思うんだけど」
「はぁー、なるほどね~。どるはここがお気に入りだから贔屓してるんだよねぇ。てか、『トロヴァトーレ』って確か喫茶店やレストランの食レポで有名な人いたでしょ?」
「……そうなの?」
それは初めて聞いたし、そもそも
ショウなら誰のことか知っているだろうか。
まあ、それは置いておいて。
先に二人分の紅茶が運ばれてくる。
それと同時に、店員は小さな小瓶をとんとテーブルに置いた。
「こちら、当店独自ブレンドのフレーバーパウダーとなります。お好みで紅茶にお入れください。スイーツはもう少々お待ちください。ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「はーい。今日のこれは何ブレンドですか?」
「レイクアップルのフレーバーを入れたシナモンベースのスパイスパウダーです。入れるとシナモンアップルティーのような風味になります」
「あ、それ好きなやつ! ふふ、解りましたぁ~。ありがとうございま~す」
ドルチェがここを贔屓にしているというのは事実らしく、やりとりに慣れていると感じる。
なるほど、フレーバーパウダーで味を変えられるのか。
それは面白いなぁと思ったし、こんなサービスがある喫茶店にも初めて来たし、そもそも
グッドスリープもワニのカツ用にソースを作っていたから、あれの仲間のようなものだろうか。
「まずはそのままで、途中からパウダー入れるといいよん。……で、どるに話ってなんなのかな?」
そう言いながら、ドルチェは角砂糖を一つ紅茶へと落とす。
そうだ、ドルチェに杖のことを頼まなくては。
いや、しかし、まずはドルチェにどうお礼をすればいいかも聞かなくてはならない。
「それなんだけど、えーっと……ドルチェって、どういうことされたら嬉しい?」
「……は?」
ゆっくりと顔を上げたドルチェが、こちらの顔を見たまま静止する。
……やらかした。
「え、えーとあの、ごめん、どるもまさかのまさかなーって思ってたんだけど。いや、あのね、もしかして……今、どる、口説かれてるの?」
「違う違う! 待った、言い方が悪かった! 頼みたいことがあって、それがあまりにも自分本位だからどうお礼したら引き受けてくれるか知りたかったんだよ!」
これでは自分もスピカのことを笑えない。
それにドルチェはスピカからデートだなんだと煽られていたようだし、カズキがこんな言い方をしては誤解するのも当たり前だ。
ドルチェは頬を両手で覆いながら「焦ったわぁ~」と呟くと、頭を軽く左右に振る。
「ふむん、ではお礼云々は後にしよう。頼みたいこととははてさて?」
ドルチェが本題から求めてきたので、カズキは順序立てて説明する。
オリジナルデザインの武器を作り、絵画付きで売っていること。
まだ一つしか実績がないが、この路線をしばらく続けたいこと。
そして、オリジナルデザインの武器を作っている人がいるということを周知したいので、
そこまで話したところでスイーツが運ばれてきたので、一度ドルチェの意見を伺うことにした。
ドルチェはチョコレートソースをパンケーキにかけながら、うんうんと頷いている。
「ほぉん、なるほどねぇ」
「例えば今やってるコロシアムとか、気の抜けない時に無理に使わなくてもいいんだ。ドルチェにとって危険の少ないところを見回る時だけでも、持って貰えないかな」
このあたりはネオンから言われたことを踏まえて頼んだ。
ドルチェのレベルなら、
そういう時まで無理に使ってもらう必要はない。
ナイフでパンケーキを切り分けつつ、ドルチェは答える。
「言いたいことは解るんだけどねー、なんかそれちょっとズレてる気がするんだよなぁ~、どるには」
「……ズレてる?」
ぱくんとパンケーキを口に放り込んだドルチェに尋ねた。
カズキも、ベイクドチーズケーキにフォークを入れる。
口に運べば、濃厚なチーズの風味が口腔を満たし、滑らかな舌触りながらも香ばしさがしっかりと出ていてかなり美味しい。
「もちろん、杖を持ち歩くのは全然良いよぉ、構わない。でも、
……なるほど。
そこは盲点だった。
他のプレイヤーの装備は、確かに見ることは出来る。
初めてアマリと会った時のように、周囲のプレイヤーの情報を開けば何を装備しているかも解る。
だが、それも距離が離れすぎると『周囲』の範囲から外れてしまい、装備やステータスは見られなくなるのだ。
ドルチェはそれに加えて、
それだけでなく、そもそも『視認すらしない』可能性も高い。
「あと、見たとして、買いたいと思うのかな?
「確かに……いや、でも、何もしないよりは宣伝効果があると思いたいんだ。とにかく手探りで、猫の手も借りたいような状態で。もちろん、芳しくなくてもドルチェのせいになんかしたりしない」
もう一枚のパンケーキにはベリーソースをかけて、ドルチェは無言のままそれを聞いていた。
一度紅茶にフレーバーパウダーをぽんぽんとかけつつ、考え込むような仕草を見せる。
「別にね、協力するのが嫌なわけじゃないんだよ。そこは誤解しないでね。ただ、非効率なことはあんまり好きじゃないんだ。だからなにかもっといい案が無いかなあって思ってるところなんだけど……」
……まさか。
ドルチェが、自分のオリジナルデザイン武器というかなり個人的なもののために本気で考えてくれるような人だったとは。
それがあまりにもありがたすぎて、涙すら出そうだった。
いや、このゲームに涙を流す機能は無いのだが。
……ドルチェ、いい奴じゃないか。
しかしドルチェは腕を組んで思案している状態からばっと顔を上げると、満面の笑みを浮かべる。
「うん! 浮かばないわー! じゃあとりあえずかずにゃん案採用、するか!」
「お、おう……ありがとう。まさかドルチェも一緒に考えてくれるなんて思わなかった。助かるよ」
「そのへんはすっぴーと仲良い時点で察して? どるもまぁまぁ面白いことには乗っておきたいタチなのよん」
ふふんと得意げに笑ったドルチェは、快く引き受けてくれるようなのでひとまず一歩前進だ。
カズキもドルチェの見様見真似で、紅茶にフレーバーパウダーを入れてみる。
軽くかき混ぜてから口を付けると、確かにりんごとシナモンの香りがして、同じ紅茶でも二度楽しめてお得感があった。
「あ、でももしかしなくともすっぴーってこのこと知らないよね? どるが見回りに持ってたらいずれバレると思うけど、黙っといたほうがいいよね?」
「あー……あー、うん、そうだな。とりあえず黙ってて欲しい。スピカに頼むのも最初考えてたけど、いろいろあってナシになったからさ。スピカには内緒で頼む」
「ほいよぉ」
……なんて話の早い。
さすがスピカと仲良しと自分で言うだけのことはある。
スピカの性質を熟知していて、なおかつこちらが何を望まないかすら汲み取っているとは流石だ。
変わった人だと思っていたが、案外変なフリをしているだけでかなり侮れない人物なのかもしれない。
「で、お礼についてだよね」
「……うん」
ごくり、と唾を飲みそうになる。
ドルチェはそんな吹っかけてくるタイプではないと思うが、相手に委ねるというのはなかなかリスキーなものだ。
とは言え、なんのお礼もしないだとか、こちらが勝手に決めてしまうのも変な話である。
乱暴な表現をするならドルチェはこちらと契約してくれるマネキン役なのだ。
双方きちんと納得して初めて、契約というのは交わされるべきである。
どーしよっかなー、とドルチェは虚空を見上げて考え込んでいたが、ぽんと手を叩くとあっけらかんとした口調でこう告げてきた。
「とりあえず、ここ奢ってくれたらいいや」
「え、そんなんでいいのか!?」
「うん。だって別にそんな負担でもないし」
……驚いた。
しかし、ドルチェに委ねた上で、それで構わないと言ってくれているのだ。
ならば、そういうことにしようという話になって、ここの支払いはカズキが持つことで、ドルチェに杖を託す契約は交わされることとなった。
綺麗になった皿にぽんと手を合わせて「ごちそうさまでした~」と言うと、カップの持ち手に指をかけつつ軽い語気で話題を切り替えてくる。
「ところで今日のメンテ明けのお知らせ、見た? どるより先にいたってことは、見てないよね」
「え? そうだな、見てない。あんまりイベントとか新スキルとか興味ないもんで」
「見た方が良いと思うよぉ、たぶんかずにゃんに関係するから」
……関係すること?
それがなんだか解らないが、ドルチェはこの場で教えてくれるつもりは無いらしい。
とりあえず、各々カップと皿を空っぽにしたし、目的は果たしたので『ワンダー』を出ることにする。
定期的に狩りに行っているおかげで、ドルチェ一人分を奢るくらいならなんの問題も無かった。
ドルチェが最後に言っていたことは気にかかるが、それは明日ログインする前にでも見れば良いだろう。
ドルチェと分かれてアジトへと戻ると、アマリが凄い勢いで階段を降りてきた。
そのままカズキに駆け寄ってくると、がっしりと肩を掴まれる。
そのままぶんぶんと前後に揺さぶられた。
「カズキ! どーこ行ってたの! お知らせ見た!?」
「いや、ちょっと知り合いと話してて……知り合いからも見ろって言われたけどなんかあったのか?」
そう答えると、アマリは信じられないものを見たかのような顔をする。
次に放たれた台詞に、カズキの時は止まった。
「イラストコンテスト! 開催されるって! ……ほんっとにアンテナ低いなぁ!」
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