第17話 創作中毒患者の饗宴
『アンジュダガー』が売れた興奮からか、カズキの脳内はアイデアが無限に湧き出てくる状態だった。
過去にリアルで購入した装飾の辞典や実在した装備の写真集を眺めてからログインし、それらの記憶を手繰り寄せながらイメージを膨らませて
カズキには、リアルで描いた絵を
しかしそれは大した問題ではない。
結局のところ、カズキが考案したデザインはカズキの脳内から出力されるものである。
ならば、アウトプットするのをリアルでの作業に縛られる必要を感じなかった。
しかし銃剣のような比較的近代的な技術も取り入れられているし、人種などもかなりファンタジー寄りであって決してリアルに『忠実』なゲームではない。
コンセプトは『第二の人生を』ではあるが、なにもそれはリアルに即している必要はないと運営は考えているのだろう。
自由に、想像力を膨らませて、リアルでは実現が難しいことも
運営が考えているのは、きっとそんな感じのことなのではないかとカズキは捉えていた。
「ふぅむ……」
そうして、新しく描き上げたラフをロクに確認して貰っている。
デザインとして惹かれるかどうかというだけでなく、ロクの持つスキルで再現可能かどうかの判断もここで下してもらう。
あまりに装飾過多だと再現が大変で、ユーザークリエイト装備に許される容量をオーバーしてしまう可能性があるらしい。
技術的に不可能だったというわけでなく、運営があえて制限をかけて、出来ないようにしているのかもしれない。
絵画というのは、最低でもペンと紙があれば成立する。
それをわざわざ好き好んで
リアルで実現が難しいものではないうえに、『上手い』の定義が難しく、スキルで補いようがないからだ。
だがそれでも、カズキにとってはこれに縋るしかない、という思いだった。
「ちょっといいか」
「うん」
「この盾は、男女どっち向けのつもりでデザインした?」
ロクの眼光は鋭い。
『良い商品を作るために妥協しないつもりだ』、と目が語っていた。
声色もどこか冷たく、研ぎ澄まされた真剣さを伺わせる。
ひとつ呼吸を置いて、カズキは答える。
「決めてない」
「ほう?」
「そもそも武器と比べたら防具は取り替える頻度が低い。つまり、売れる頻度も低いってこと。それで男向け女向けって縛りを設けたら、可能性が狭まると俺は考える」
「なるほどな。ただちょっとばかし気になるのが、女が持つには厳つすぎて男が持つには地味すぎるところだ。この縁取りがどっち付かずなんだよな。……これは結局、可能性が狭まっていると言えないか? なら、明確にターゲットを絞ったほうが『売れる』んじゃないか?」
なるほど、と息を吐いた。
ロクは絵画や美術品といったものにはとんと詳しくないと言っていたが、『ゲーム内で装備できる品』についてはそこそこ思うものがあるらしい。
色々なゲームをオンラインオフライン問わずやりこんできたと言っていたことがあるし、
今ロクに見てもらっているのは、複数描いたラフのうち一枚、盾のものだ。
16世紀のペルシャに実在した模様から着想を得て、一定の太さの線を網のように絡ませた装飾を施した。
しかしそれもロク曰く『中途半端』。
これは一度ボツにして考え直すか、もしくは修正する必要がありそうだ。
そう思って次のラフを見せようとしたところで、後ろから控えめに声がかかる。
「……あのぉ」
「……ん? え? あれ……いや……あれ?」
振り返ったその先にいたのはナナだった。
色違いの双眸は不安げに揺らいで、金糸の髪が縁取る輪郭は細い。
下がり気味の眉尻はいつも通りと言っても過言ではないだろう。
そんなことより、
「お兄ちゃん、そろそろご飯……カズキさん、ごめんなさい」
「お? あー、もうそんな時間か。悪いな、飯落ち」
「え? いやちょっと待って? なんでナナが……ロクと
そう。
ロクとナナは兄妹で。
VR環境はひとつしかない。
つまり、この2人が
尋ねると二人は顔を見合わせてから、申し訳なさそうな顔でナナが答えた。
「実は……買ってもらったんです、もう一つ」
「おう、こいつ中間テストで学年一位取ったんだよ。そのご褒美で」
「そ、それは言わなくてもいいでしょ! 中学生の自慢なんて大したことないんだから……お兄ちゃんと一緒にログインすると騒がせちゃうかなと思って我慢してたんですけど、あの……」
――お兄ちゃんに声を掛けるには、ログインするしか思いつかなかったから。
そう小声で言ったナナはとても恥ずかしそうにしていたが、それに耐えかねてかロクの背中をばしばしと叩いている。
こうして見ると、誰にでも低姿勢なナナが唯一わりと対等に喋れるのはロクだけということなのだなあと思う。
カズキに仲の良い兄弟はいなかったので、ロクとナナが少し羨ましく感じた。
「だいたいね! なんでお兄ちゃんはカズキさんにそんな大きな態度を取るの? リア友のレイさんはともかく」
「いやいや、VRMMOでそんなんいちいち気にしてられないし、カズキの年齢は誰も知らないだろ? そもそもロールは運営が推奨してる」
「とにかく! カズキさんに偉そうにしちゃだめだよ! はい、続きはご飯食べてからね! カズキさん、失礼しました」
「う、うん……?」
目の前で、怒涛の勢いでやりとりが交わされて。
ナナはロクの首根っこを引っ掴むと強引に立たせ、次には頭を押さえて下げさせると同時に自分も頭を下げた。
その一連の流れに困惑しているうちに、二人ともログアウトしてしまう。
後に残ったのは、作業場でラフを広げながら困惑しているカズキ一人。
……こうなっては、自分もすることがないし、一度夕食を摂りに落ちることにした。
リアルで必要な諸々を終えた21時過ぎ。
『トロヴァトーレ』には第二の夕飯時が訪れていた。
これから
「カズキさぁん? ちょっとよろしいですか?」
「ん?」
料理を運ぶのを手伝っていたら、グッドスリープから肩を叩かれた。
ヒールのせいかカズキより幾分か高い目線はアクアマリンの光を湛えて、柔らかな視線で見下ろしてくる。
こてんと首を傾げると、相変わらずの間延びした口調で切り出した。
「わたし、カズキさんに影響を受けてちょっぴり創作料理に手を出してみまして……よろしければ、試食してくださいませんか?」
「そ、創作料理? それってまさかエンオン内で手に入れた肉とか、リアルから離れた味や食感の素材を使ったりしてないよな?」
「な、何故解ったんですか……?」
がびーん、とでもオノマトペが見えそうなリアクションだが、
アマリが以前、コーヒーについて『玄人が好むのは』という言い方でリアルに存在しない豆について語っていた。
それはつまり、コーヒー以外にもリアルに存在しない食材、架空の食材、未知の味があるのだと考えるのは極めて自然。
「でもですね? 今回作ったのはガジドンリバーアリゲイターの肉なんですよぅ。ワニさんですね。ほら、ワニ肉ってオーストラリアのお土産とかであるじゃないですかぁ」
「いや、ワニも食べたことないからな……?」
「ですが、美味しいと思うんですよぉ。自分で言うなという話ですが、わたしとて食べられないものを提供するほどプライドは低くありません。このギルドのNo.2料理人として自信を持っています」
彼女にしては珍しくごねる。
おそらく、『カズキに感化されて始めたからカズキに食べてもらいたい』ということなのだろうが、何故もっと無難な食材で創作してくれなかったのだろうか。
しかも『ガジドンリバー』は
この街レイクファイドからはそこそこ遠く、ガジドンリバーアリゲイター含めて厄介な水中エネミーが多いので、アイテム目当てならともかくレベリング目当てで行くことはそうそう無い。
何故そんな手に入れ辛い食材をわざわざ用いて……と思ってしまう。
当然、口には出さないが。
「うーん……ちなみにどういう料理? それ次第では食べられるかもしれないかなぁ、なんて」
「シンプルに揚げましたぁ! ワニ肉は鶏胸肉に食感や味が近いので、チキンカツですね! 特製ソースも一から配合を考えて付けましたよぉ!」
「アリゲイターカツね……解った、そこまで言うなら試食に協力するよ」
カズキの返答に突破口を見出したのか、急に顔を華やがせたグッドスリープが説明する。
いや、その肉がワニの肉ならチキンカツではないのだが。
とりあえずこれは食べてやらないと引っ込みが付かなさそうだな、と思ったので折れることにする。
「はい! ではあちらの席に運んでありますので」
「オッケー」
まぁ、常識と良識あるグッドスリープがここまで推すのだから、食べられないものということはないのだろう。
ワニ肉が鶏肉に似ているというのは初耳だったが、それが本当ならカツにすれば合わないはずがない。
強いて言うならもうちょっと味付けを凝ったものにしてほしかったのだが。
「ここ、いい?」
「うん」
「こんばんは。どうぞどうぞ」
あろうことか、グッドスリープが示した席に先にいたのはショウ&シューラ夫妻だった。
テーブルの上には一口大にされたカツらしきものと、淡い飴色の透明度の高いスープ、サラダが並んでいる。
カツの減り方からして、二人はすでにこれを口にしていると察せられた。
「えぇ……二人ともぐっすりさんの犠牲者になっちゃったのか」
「犠牲者、なんて言い方が酷いなぁ……僕らはどちらかというと望んでこの立場にいるよ」
「うん。リアルじゃ食べられないものを食べてみるのも、エンオンの楽しみ方」
二人の向かいの椅子を引きながら小声で言うと、ショウからは苦笑、シューラからは無表情が返ってくる。
どうやら二人の考えはアマリの言うところの玄人寄りのようだ。
「それにぐっすりさんの調理スキルは信頼出来るよ。普通に美味しいから」
「焼きカエルとか、プラント炒めとか、ゾンビステーキとかあのへんと比べたら全然マシ」
「……プラント……あれ食べられるの……?」
「落とすでしょ、葉。匂いがきついし筋が固くてあんまり美味しくなかったなぁ。あとはそうだね……ドラゴンの卵焼きはすごく美味しかったな。ドラゴン自体そんなにいなくてそうそう手に入らない素材だからしばらくは無理だと思うけど」
軽い口調でショウは言うが、シューラの口から放たれた献立はどう考えても正気を保っていない。
食べたのか? ゾンビを?
ちょっと嘔吐感を醸し出しかけたが、これもまた
プラントというと、『あの』プラントか?
いくら葉を落とすとはいえ、それを食用にしようだなんてどう考えても狂っているとしか思えなかった。
さて、と諦めて目の前のアリゲイターカツに向き直る。
確かにパッと見はただのチキンカツだ。
グッドスリープお手製の特製ソースがまんべんなくかけられていて、スパイシーな香りが食欲をそそる。
このソースは
曰く、アリゲイターカツの旨味を最大まで引き出すこと『だけ』を考えて作った。
なぜそこまでこの肉にこだわるのか……と思わなくもないが、普段食べることのない肉を調理して食べてもらうに当たって、食べやすくしようと努力した結果なのだろう。
意を決して、ひとつ口に放り込む。
鶏肉にしてはいささか強めの弾力が歯の上で跳ねた。
ソースの香りと塩気、辛味が絶妙に絡んで、肉の脂が咥内で溶ける。
「……なるほど?」
「ね? 美味しいでしょ?」
食わず嫌いはしてはいけないな、と改めて思う。
食べ物を口に含んだ、というアクションをすることで、その食べ物というアイテムに設定された香り、味、食感などの情報を同時に脳に送り込む。
結果、リアルで食事をするのとほぼ変わらない感覚で食事を楽しむことができるというわけだ。
VR技術的な話をするなら、このあたりのデータに手を加えることで『酸っぱいコーヒー』や『甘い肉』なども作ろうと思えば作れてしまうが、
料理の再現についてはかなり拘ったらしい。
食事というのが生きていくのに必要なものと考えれば、そこを突き詰めようと考えるのはなんらおかしくはないだろう。
味覚障害の患者が料理本来の味を楽しめるようにしたり、そもそも障害を改善させたりというのにVR技術が使われているのだ。
「ってことがあってさぁ」
「……ワニ食ったとかそういう面白いことは俺も誘えよ!」
「え!? 食べたいの!?」
食事を終えたあたりでちょうどロクがログインしていたので雑談がてらワニ肉の話題を振ったら、存外悔しそうにされてしまった。
カズキからすれば、乱暴な言い方をしたところのゲテモノ肉は自ら食べようとは思わないのだが……食という分野で
なので、リビングの端で行われていたワニ肉試食コーナーについては認知すらしていなかったようだ。
「ま、まぁぐっすりさんにまた頼めば作ってくれるんじゃないかなぁ……」
「くそぅ……変な食材というと、あれ食ってみたいんだよな。バンナポンナフルーツ。エンオンにいくつかある謎のオリジナルフルーツのひとつ」
唐突に発せられた少々間抜けな語感に首を傾げそうになる。
オリジナルフルーツ。
となればどこかの木に生っているのだろうか。
少なくとも、カズキの行動圏内で見たことはない。
しかし、確かこのレイクファイドには柑橘類によく似たオリジナルフルーツがあるという話だった気がする。
「……フルーツか。林檎なら絵のモチーフにしたことあるけど、あれも食べたら普通の林檎の味するのかな」
「するする。レイクアップルだろ? あれはわりと普通。でもバンナポンナフルーツは、スキレベに味が影響するっていうわけわかんない設定だから、一個で何度も楽しめる」
「なんだそりゃ……」
「前衛寄りのスキルだと酸っぱくて、後衛寄りのスキルだと甘いらしい。ま、運営の遊び心だろうな」
うーむ、
なんとも奥が深いゲームである。
どちらかというと、運営が何を考えているのかよく解らない時があるだけの気もするが。
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