第13話 星の速度
それから半月ほどの時間が過ぎる。
アマリはあのやりとりの直後ショウにメールをしたらしく、言葉通りその日の夜には『トロヴァトーレ』のメンバーリストに名前が光っていた。
そうして、カズキが小さな引退をする前の状態にほぼほぼ戻る。
何度かギルドハンティングにも参加したし、スキルレベルも上がったし、
ただ、ロクやレイといった学生プレイヤーは『学校に行きたくない』とぼやく頻度が増え、サダメやショウなどの社会人プレイヤーはそれにただ苦笑いを浮かべるだけであった。
そうして、8月も終わりを迎えかけたある日の20時。
アジト二階の
モチーフはロクから借りた、彼が鍛えたものの貰い手がまだ付いていない短剣。
武器というのは、なにもエネミーを倒すために使うことが全てではないらしい。
見た目がかっこいい。
好み。
デザインとして優れている。
もしくは面白い。
特徴的。
そんな武器も需要があるのだそうだ。
それこそ
ちなみにこの短剣は『そういう武器』の存在を知ったカズキがデザインしたが、恥ずかしいのでロクにしかデザインの原画は見せていないし、教えるつもりもなければ知らせないでくれと頼んでいる。
鍔は左右にまっすぐ広がって、先端に行くにつれ繊細な装飾が施されており、見ようによっては広げた羽根のようにも、絡み合う蔦のようにも見える。
グリップは手に馴染んで握りやすくなるよう太さを考慮し、鍔とは逆に無駄な装飾は省いた。
柄頭はリング状になっており、少し大ぶりな鎖を繋いで先端には百合の花のような形状に削り抜いた飾りが揺れるようになっている。
これはそのうち
そう、ついに絵を『売る』段階に来たのだ。
しかしまだ絵だけで売るには、
なのでロクの力を借りて、『一点ものの絵画付きのかっこいい短剣』として売りこめないだろうか、というわけだ。
軽く銀色を塗った刃に、光を表現するための影を描き加えていく。
金属は最も明るいところと最も暗い部分が隣接するので、影を描くことで同時に光も生まれる。
それにこれはデジタルな絵ではなく完全にアナログな手法なので、後から白でハイライトを入れるなんて野暮なことは出来ればしたくない。
最初から光と影を計算し、頭の中で完成図を描き、手はただただそれをアウトプットしていくのみだ。
それについては、カズキが今まで培ってきた知識と技術が活かされた。
あとは全体のバランスを見ながら、加筆していく。
一度全体のクオリティアップをそれなりに図れたところで、小休止しようと立ち上がった。
「かーずき」
後ろから、楽しげな声が親しげに投げかけられた。
スピカだ。
例の一件以来ぎくしゃくするかと思ったが、スピカは元来人懐こい性格だったらしく、カズキに許された今はなんのわだかまりも無い。
「こんばんは」
「こんばんは。今日もお絵描き? 見ても良い?」
「良いよ、まだ未完成だけど」
わーい、と言ってスピカはカズキが座っていた椅子にひょいと座る。
その間にコーヒーを淹れるが、すっかり慣れたものだ。
エレッタ豆のコーヒーはアジトに常備されていて、意外なことにナナがかなりのペースで消費することも最近解った。
ちなみにグッドスリープはどちらかというと紅茶派だがコーヒー派の友人が多いのでどちらでもいいらしい。
そしてロクはコーヒーは苦いので嫌いだそうだ。
妹と対比するとちょっと情けない気もする。
「絵ってお化粧と似てる……って思わない?」
不意にスピカがそう呟いたが、そう言われましても。
こちらは男ですし、化粧品のことなんて知りませんし。
そう思ったのが顔に表れたのを察したか、スピカはぴんと人差し指を立てると右目を閉じて瞼を指差した。
「お化粧だって顔にお絵描きするようなものだし道具がいっぱい必要だもん。コスメ売り場に行ってみなよ。すっごいいっぱいアイシャドウの種類あるから。ほんとに。迷うほど」
「いや、俺男だし……行かないし……」
言われてみれば、確かにスピカのキャラクリエイトは淡いパープル寄りの赤、形容するならワインレッドに近い色がアイシャドウとしてほんのり差されているようだ。
しかし男性であるカズキには縁の薄いもので、意識して見なければ気付きもしないもので。
「まあいっか。……それにしても凄いなー、これ。絵も凄いけど、剣も凄い。誰が作った剣なの?」
「ロクだよ。さすがうちで一番鍛冶スキルが高いだけのことはあるよなぁ」
すぐに話題を転換してしまったスピカにそう答えると、きょとんとした顔でこちらをじっと見つめてきた。
水彩画と短剣、そしてカズキの顔の三箇所をきょろきょろと視線が往復した後、声を潜めてこう呟く。
「でもこのデザイン、見たことないよ……鍛冶で作れるのは公式が提供してる数百のテンプレートがあるけれど、ここまで細かいものは初めて見た。アプデで増えたのかな」
ぎくりとした。
まさかそこまで知っているとは。
存外頭の回転の早いスピカのことだから、『もしかしてカズキがデザインしたの?』なんて発言が飛び出してもおかしくない。
バレないよう平静を装いつつ、ランプが付いたコーヒーメーカーからカップへとコーヒーを注いだ。
とぽとぽと微かな音と共に、香ばしい香りが漂い始める。
「あ、そうだ。アプデって言えばさぁ、カズキは9月に予定されてる大型アップデートの情報はもう見た?」
あっさりと話題を変えられて拍子抜けした。
しかし都合は良い。
「いや、全然。もしかしてアバコン?」
「んーん。新スキルと新武器の実装」
違うのか。
じゃあ俺には関係無い、と言おうとしたが、スピカはすっくと立ち上がるとハイヒールを鳴らして近寄ってきた。
ずいと顔を寄せてきては、期待に満ちた瞳で見上げてくる。
「そう! そうなの! 新しいスキルの前提条件のスキルを上げたいの! ねぇカズキ、今から
「はぁ!? 今コーヒー淹れたとこなんだけど」
相変わらずのぶっ飛んだマイペースぶりだ。
しばらくスピカと接して判明したが、彼女は聡明なのは事実なものの天然なふしも否めないらしい。
良くも悪くも行動力があって、ありすぎて、他人を巻き込みながらでも突っ走っていくバイタリティの持ち主のようなのだ。
「コーヒーは今一気したら行けるよね。私カズキと一緒にちゃんと狩りに行ってみたかったの! ヒーラーとして友達も誘うから、ちょっとでいいから、ね? 行かない?」
「えぇー……」
うーむどうしたものか。
とは言え、確かに
なにせ絵を描くには画材を消費するので、その資金繰りは常にしておきたかった。
絵がコンスタントに売れるようになればその心配も減るだろうが、現状一枚も売れていないのでやはり
結局、熱々のコーヒーを一気飲みしてスピカの友人と合流することになった。
「ほいよぉ、すっぴー」
「どるちんおっはー! 今日の私は
「ど、どるちん? よろしく……」
レイクファイドの街で一番大きな門のそばで待ち合わせをしていたスピカの知り合いは、『トロヴァトーレ』のメンバーではなかった。
かなり小柄であったが、
おそらく設定した人種で限りなく身長を低くしたのだろう。
『どるちん』としか呼ばれていないので、そっと周囲のキャラクター情報表示から『どるちん』の情報を開く。
■doLce■
人種:魔呪
装備:エンチャントロッド クラシカローブ クラシカブーツ クラシカハット おしゃれ眼鏡 ギルドリング
称号:『眼』を持つ者
尖った耳に淡い肌色と髪色、MPの伸びが良く魔術全般のスキル習得が少し早い。
『どるちん』改めドルチェは、大きな丸い眼鏡をかけた小柄な少女だった。
ミルクティー色の髪は2つのおさげにしてあり、その上に黒い魔女帽子を被っているが黄色い大きなリボンがぐるりと一周していてアクセントになっている。
目は少し垂れ目がちな黒目で、服装も黒を基調としたローブにこげ茶のブーツと、『魔女』という形容をしても怒らないのならたぶんそちらのほうが早い。
これで箒でも持っていれば完璧だったが、4色の宝石が台座に嵌まった、シンプルながらも高級そうなデザインをした杖を大事そうに抱えていた。
「ほぁ~、かずにゃんはただの
「か……かずにゃん?」
「カズキって名前なんでしょ? じゃーかずにゃんね。どるのことも気軽に『どるちん』って呼んでくれていいんだよ~」
「は、はぁ……」
やばい。
何が、って。
なんかもう、全部、やばい。
スピカの友達、という時点でこういうことをある程度予測出来なかったこちらが悪いのかもしれないが、ドルチェの態度があまりにもぶっちゃけすぎていてどう接したらいいのか早速解らなくなってしまった。
――これはロールだ。
思い出せ。
そういうのを推奨されているのだからドルチェは決してやばい人ではない。
決して。
「どるちん、ごめんねー。カズキちょっと人見知りだからアクセルはちょっと軽めに踏んでくれる?」
「あい~? あい~。良いよぉ、わかった~」
うんうんと大きく首を縦に振ったドルチェは、スピカの要望通りちょっと抑えてくれるらしい。
……とりあえずそこそこ上級プレイヤーのようなので、介護役としては頼って良いのだろう。
スピカのワープストーンでメルアゲイルの手前まで飛んだが、スピカ曰く『今の私の適正は一層だから、カズキの強さを鑑みても二層、もしかしたら三層くらい』だそうなので、とりあえず一層で狩り始めることになった。
「カズキが
「そうだな……なにせ俺もギルハン以外じゃ来ないから……とりあえずアレ、殴って良いか」
「まずはバフなしで様子見ようかー。ここじゃぬるいようならどるがバフ盛ってあげるから二層行こーよ」
ごーごー、と応援するドルチェの声を背中に感じながら、静かにフェザーブレードを抜くとシティゾンビに近付いた。
まずは足を斬り払い、行動を不能にしてからスピカに任せてみることにする。
「――せいッ! ……どうだ?」
姿勢を低くしては、すれ違うように、一閃。
手応えを感じて振り向けば、狙い通りシティゾンビの下半身がぶった切られて崩折れるのが見えた。
そこに畳み掛けるように、スピカがカズキのフェザーブレードより一回り短いが短剣ほどではない、細身の剣――名称は『エクラレイピア』と言うらしい――で頭をひと突きすると、シティゾンビの体躯は荒いポリゴンとなって消え失せる。
「……ふぅ。手応えがあるのって違和感あるなぁ……」
「おつかれち~ん。すっぴーもここだと楽勝っぽいし、二層行く?」
「そうだね、どるちんナビお願い」
「あいよぉ」
斯くして、スピカ一行はメルアゲイル二層を目指すことになった。
こっち、こっち、と短く言葉を発するドルチェの導きに従いながら、ふと疑問に思ったことを尋ねる。
「なんでスピカはその新スキル? を習得したいんだ? レイピアを使ってるってことは、弓とは関係ないんだろ?」
「新スキルっていうか新武器は『銃剣』なの。要するに
スピカの説明は続く。
そもそも
要するに銃と剣の良いとこ取りをしたファンタジー武器。
前作で存在した武器やスキルはいずれ
そしてなぜスピカが
『かっこいいから』だそうだ。
まず、スピカにとっての
銃剣を装備することそのものについては不可能ではないが、高価格な装備ほどデザインも豪奢になる傾向がある。
ならば、銃剣に関するスキルを上げておいて、かっこいい装備をしたうえで
つまりはそういうことらしかった。
「すっぴーはそういうトコがストイックだよね~。どるは見た目とかわりとどーでもいいから装備にお金を充てたいわ~」
「女の子なんだからもうちょっとオシャレしたらいいのに。でもどるちんは
「しちてん?」
第二層へのワープポイントである、四本の柱がクリスタルを囲んだ地点へと到着したが、スピカの発した『七天』という言葉の意味が解らなかったので反復する。
ドルチェはゆっくりと振り向くと、右手の中指に嵌めている指輪を見せてきた。
「どるのギルドだよ~。
「なるほど……ってことはあれか、『トワイライト』のこととかも知ってる感じ?」
『トワイライト』の名前を出すと、今までずっとへにゃりとしていたドルチェの表情が微かに強張る。
ショウの口ぶりではかなりの数のギルドに根回しされているようだったし、やはり知っていたのか。
ドルチェは帽子のつばを軽く押さえると、声を潜めてこう答えた。
「んー……『トワイライト』は知らない方がモグリ。
「まぁ、あそこはね……『利用規約には触れていないから』って詭弁を押し通す集団だもの。それで変な初心者もいっぱい囲ってるみたいでちょっと頭痛いよね」
「面白くない話はやめようよ~。ほらほら、二層に行こ行こ」
この話題はやめたいらしいドルチェに腕を引っ張られ、クリスタルに手が触れる。
『トワイライト』の話題がそこまでタブーだとは思わなかったとはいえ、少し申し訳ない気持ちになった。
身体を柔らかな熱が覆い、ホワイトアウトしていた視界が次第に像を結ぶ。
「……でも『七天』のやり方も強引っていうか、『トワイライト』とそんな変わんないし。自分の正義とかエゴを基準に動いてるって意味では笑えない」
「どるちん、その話やめるんじゃなかったの?」
「そだね~、やめるわぁ~」
珍しくスピカが真っ当な意見を言ったかと思えば、ドルチェは再びへにゃりとした笑顔を浮かべた。
気を取り直して、メルアゲイル二層での狩りを始める。
基本的に、二層にいるシティゾンビは動きだけなら一層のそれとあまり変わらないが、体力だけがやや高い。
一層のそれと比べたら約1.5倍と、傍目では解らないが戦えば嫌でも実感する差だ。
つまり「攻撃する回数を多く必要とする」わけで、「スキルポイントを多く得られる」ということでもある。
ヒーラーであるドルチェが居るのならもう少し冒険しても良かったのだが、カズキも少人数での戦闘経験が少ないことから、とりあえず二層で様子を見ようということになった。
しかしやはり1.5倍。
カズキがFAを入れ、スピカが頭を貫き、胴を刺し、振り被られた腕を切り落としてようやく倒せる、という、一層と比べるとなかなかにハードな戦闘。
そこでやっとドルチェの出番が来て、攻撃力バフの魔法をかけてくれたので、カズキのFAからスピカの攻撃が1、2発当たれば倒せるようになった。
「はぁ……近接武器ってこんなに難しいんだね……弓ならもうちょっと遠くから冷静に弱点を狙えるけど、敵の攻撃を回避しながら攻撃するのって大変」
「でもドルチェはヒーラーなんだろ? なら攻撃を食らっても治してもらうってわけにはいかないのか」
小休止を挟み、ドルチェが持ってきていたサンドイッチを軽く摘みながらの会話。
そもそもドルチェを呼んだ理由も『ヒーラーだから』のようであるのに、その回復をしてもらわないというのは何かがおかしい気がする。
しかしスピカはむっと眉根を寄せると、批難じみた声をあげる。
「痛いのは嫌でしょ。いくら実際のそれより遥かに軽減されてても、びりっとするっていうし」
「……ん? すっぴー……なんで伝聞型なの? もしや実際に被ダメしたことがおありでない」
「うっ」
どうやら図星らしい。
ドルチェの言う通りスピカは実際にダメージを負ったことが無い、もしくは限りなく少ないようだ。
カズキもあまりダメージを受けたことはなかった。
そもそも『リアルほどではないが、衝撃や痛みが全く無いわけではない』程度にこのゲームは調整されている。
エネミーからの攻撃を受けると、一瞬だけ軽く痺れるような痛いようなそんな感覚があるが、ダメージが怪我として蓄積されても痛みは継続しない。
しかし、一瞬でも痛いものは痛い。
なのでプレイヤーが『痛いのは嫌だ』と考えるのも自然なことで、『出来るだけ敵からの攻撃は生身に受けない』戦い方が主流だ。
もちろん『トロヴァトーレ』のギルドハンティングでもそのスタンスは採用されており、例えばシューラの歌などによる妨害で敵の行動を無力化したり、そうでなくとも攻撃は剣で受けるなど、ダメージを受けないことは当たり前になっている。
「……なぁ、新武器って『銃剣』なんだろ? ってことは『剣』ならいいんだよな? そんなレイピアじゃなくて普通の短剣のほうが、攻撃を受け止められるから練習には良かったんじゃ……」
よくよく考えればそうだ。
スピカの今の戦闘スタイルは、一切攻撃を食らわないということが大前提になっている。
そもそも細いレイピアでは、ゾンビの細い腕も刺し貫いて迎撃するのが精一杯で、『受ける』わけではない。
だが、スピカはぷいと顔を背けると、残り一口サイズになったサンドイッチを口に詰め込んだ。
飲み下すのを見守れば、極めて小さな声でこう呟いたのが聞こえる。
「……だって、そっちのほうがかっこいいもん」
……やはり、スピカはブレないなぁ。
そう思ったカズキであった。
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