第25話 選挙結果と最後の下校

 


 ◆◇◆


 

 選挙道具一式とテントを手に入れた海月たちは、それからの残された期間、中庭を拠点として精力的に選挙運動を展開した。

 ある時は、放送室。

 ある時は、屋上。

 またある時は、空き部屋を占領して、熱心な演説やアピールを行ったりもした。

 そのおかげなのか、最初は少なかった聴衆も回を重ねるごとに次第に増えていき、最終的には場所を選ばずとも、海月たちの演説目当てに大勢の生徒たちが集まるようになっていた。

 そしてついに投票日、前日。

 海月の最終演説は放課後の校庭で行われることになった。

 朝礼台に上がる直前、タスキをかけ、頭に鉢巻きを巻いた海月は、同じくタスキをかけ、制帽を被ったカレンに言う。

「泣いても笑っても、これが最後の演説だから悔いの残らないようにやってくるよ!」

 それに対し、カレンは言った。

「頑張れ海月。最後にはわたしが最高のサポートをするからっ!」

「最高のサポート?」

 疑問に思い、海月は尋ねる。

「そう。最高のサポート。それはね……」

「……うん」

「演説の最後に、印刷してきた特製のビラをわたしが屋上から撒くの!」

「す、すごい。それは、最後に相応しいかも……」

「フフフ、最高でしょ。これで、大勝利間違いなしだよ!」

 カレンは両手を腰に当てる。

「さすが、カレン。それじゃあ、行ってくる!」

 少年は夕日で赤く染まった朝礼台にあがる。

 聴衆の視線が一斉に集まる。

「皆さん、今日は。この度、竜王学園高校、生徒会の会計補に立候補しました越前海月です。僕は――――」

 ついに、演説は始まった。

 丁寧な口調で熱弁を振るう海月。

 その堂々とした力強い姿に、最初は黙り込んでいた聴衆たちも、

「……なんだよ、あいつ。やるじゃねえか」

「わたし、海月くんのこと見直しちゃったかも」

「ただの冴えない引きこもりだと思ってたけど、こんな才能があったなんてな……」

 次々に感嘆の声を上げはじめる。

 その場に偶然、居合わせた日和又は、

「……ぼ、僕の演説のほうが上手いのに、なんでこんなに人が集まってるんだ! おかしい」

 と、頭をかかえる。

「しっかりしてください隊長!」

 あわてて、日和又に駆け寄る支援者たち。

「でも、たしかに、かなり上手い……かも」

 支援者の中の一人もぽつりと呟いた。

 カレンは、そんな海月の様子をじっと見つめていた。

 その表情は微笑んではいたが、どこか寂しそうにも見えた。

  


 ◆◇◆



「――――というわけで越前海月をよろしくお願いします。では、これで僕の演説を終了します!」

 夕日が生徒たちの影を長く伸ばす中、校庭に海月のすがすがしい声が響き渡る。

 一斉に沸き起こる拍手と喝采。海月は、すぐに校舎の屋上を見上げる。

 そこには、サンタクロースの様に巨大な袋を背負ったカレンが立っていた。

「カレン!」 

 その言葉にカレンは、

「海月っ! 作戦を決行するよーっ!」

 と大きな声で叫ぶ。

 そして、手にした大きな袋を持ち上げる。

「うん! 後はおまえに任せたぞっ!」 

 海月も大きく叫んでいた。

「ラジャー!」

 そういうと、カレンは持ち上げた大きな袋の口を広げる。

 同時に、袋の中から飛び出す大量のビラ。

 それらが校庭の空を覆い尽くすのに時間はかからなかった。

 このサプライズに聴衆からは、大きな歓声が沸き起こる。

「よくやったっ! グッジョブ!」

 海月はカレンに対して、親指を立てる。

 すると、屋上のカレンも、にこりと微笑み同じようなジェスチャーを返す。

 降ってきたビラを各々に手に取る聴衆たち。

「な……!」

 だが、それを見るなり皆の動きが止まった。

「え!?」

 聴衆たちの思わぬ反応に、海月も落ちている一枚を拾うとすぐさま確認する。

「な、なんだこれっ!」

 そこには海月とカレンのモノクロ写真が貼ってあり、こう書いてあった。



 ◆◇◆



『WANTED』

(一年X組 竜王学園高校・会計補立候補 越前海月)

(一年X組 竜王学園高校・書記補立候補 越前カレン)

 上記の顔を見かけたら、ぜひご投票ください。

 また、この人物たちに心当たりのある方もぜひご投票ください。

 これらの顔にピンときたらすぐにご投票へ。

『PRINTED BY KAREN ECHIZEN』


 ◆◇◆


「……カ、カレン!」

「いや……、どうせなら斬新なやつにしたほうがいいかなと思って」

 きょとんとした様子のカレン。

「斬新すぎるだろ。まるで指名手配犯じゃないかよ!」

 そんな二人のやりとりを脇目に、少しずつ減っていく聴衆たち。

「あ……」

 そして、いつの間にか二人を残して誰もいなくなっていた。

「こういうことも……、ある……よねっ」

 カレンは、かわいらしく舌を出す。

 沈みかけた夕日が西の空を染める中。校庭には、海月の怒号がこだましていた。

「バカアアアアアーッ」



 ◆◇◆



 そして、全ての投票が終わり、生徒会の新役員発表の日。

 当選者の名前が貼り出された掲示板。

 それを見つめる、海月とカレン。

「……」

 海月は、目を皿のようにして掲示板を見つめ続ける。

 だが、いくら探してもそこに、越前海月の名前は無かった。

 同様に、越前カレンの名前も無かった。

 ついでに、日和又昇の名前も無かった。

 あるのは、見知らぬ立候補者の名前だけだった。

 いつの間にか、海月の目には、自然と少しばかりの悔し涙が浮かんでいた。

「……海月」

 唐突にカレンから声がかかる。

「……ん。なに?」

 涙をすぐさまぬぐう海月。

 そんな海月にカレンは言った。

「海月は、頑張ったよ。わたしは、短い間だったけど海月とずっと一緒にいたから分かる。そんな海月に、わたしからの努力賞いいかな?」

「えっ? 努力賞って」

 海月が言い終わらないうちに、カレンは優しく海月の頬にキスをした。

「な……」

「人間って、好きな人にはこうするらしいねっ」

「カレン……」

「わたしは、『人間』じゃないけどねっ。でも、目標に向かって一生懸命に頑張ってる海月の姿は……、とても素敵だった」

「えっ……」

「それに以前、わたしのことをかばってくれたよね……。あの時、実はすごく嬉しかったんだ」

「……」

「短い間だったけど……、君と一緒にいられてよかった。でも、本当は……、もっと一緒にいたかったよ……」

 カレンは、突然うつむく。

 その声はほとんど涙声だった。

「……どういうこと?」

 カレンに聞き返す海月。

「実は……、今日で海月との契約期間は終わりなんだ……。新しい契約者さんも、もう決まってる……」

 カレンはうつむいたまま答える。

 制帽を被った、その黒い髪の下からはぽつん、ぽつんと小さな雫が落ちていた。

「そっか……」

 天井を見上げて、短く海月は言う。

「ごめんね……」

「いや、いいんだよ。君のおかげで、僕は今ここにいられるんだ。ただ……、泣いてるのは、カレンらしくないぜ。そんな表情で行ったら、新しい契約者さんも……」

 そこまで言ったところで、海月は言葉を止めた。そして、カレンの華奢な身体を無言でそっと抱きしめた。

「……いままでありがとな」



 ◆◇◆



 その日の放課後、海月とカレンは一緒に最後の下校をすることにした。

 夕日によって朱色に染まる通学路。二人は手をつないで歩いて帰り、やがて越前家に到着する。

「今日からまたお世話になりまーすっ!」

 玄関に入るなり、元気よくカレンが言った。

「……は?」

 少年は、その言葉に唖然とする。

「おかえりなさい。お姉ちゃん、お兄ちゃん」

 そんな二人を出迎えたのは海月の少学五年の妹である、越前雫だった。

「ど、どういうこと!?」

 海月は、状況を上手く呑み込めない。そんな彼に、カレンは言った。

「わたしの新しい契約者さんっていうのは、実は雫ちゃんのことだよっ」

 いつものごとく、かわいらしく微笑むカレン。

「そうそう。今日からまたお姉ちゃんと一緒に暮らせることになったの」

 妹、雫は嬉しそうにはしゃぐ。

 そんな二人の様子を見ながら海月は呟いていた。

「……こ、これで本当によかったのか……!?」

 海月とカレンのはちゃめちゃな学園生活は案外もうしばらく続く……のかもしれない。

「や、やはり主人公がいいな。思いのほかサブキャラつかれる」

 どこかで日和又の狼狽した声がした。                                     

「おなじく」

 ついでに七川の声も同じようなトーンで響いていた。

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