第22話 転校生
◆◇◆
一方、こちらは主人公のサイド。
今朝。
「どうしてこんなことに……。ねえ、やっぱり行かなくちゃダメなの?」
「ダメッ。行かないと、君のあだ名はアキハバーラ2世になっちゃうんだからねっ」
「わ、わかったよ。行けばいいんだろ……。アキハバーラ1世は誰だよ」
海月はしぶしぶ頷く。冷静を装ってはいるが、緊張で声が震えている。
海月とカレンは、校門をくぐり、下駄箱に靴を入れ、上靴に履き替え、廊下を進む。
「本当に大丈夫かな。さっきから奥に進むたび、微妙な空気で人とすれ違うたびに僕の心がズタズタになってくるんだけど……」
そんな様子の海月にカレンは言った。
「まぁ、元気だしなよ。正直このくらいなら全然いけるよっ」
「いけるってなにがだよ?」
「我に秘策あり」
「秘策だって?!」
「うん。君を学園一の人気者にしたげる」
「……本当!?」
「まかせたまえ!」
「と、とりあえず、1年Ⅹ組。これが僕のクラスだ」
「クラス多っ……。まぁ、了解」
ドアを開け教室に入ると、クラスメイトの冷たい視線は一斉に海月に注がれる。皆、ちらちらと海月の方を見るが、話しかける者は居ない。
「やっぱりだ。こういう気まずい感じになると思ったぜ……。僕のライフはもう0だ。勘弁してくれ……」
海月は諦めたように、クラスの一番後ろの隅にある自分の席に座り、鞄からライトノベルを取り出し気配を消して読み始めた。
すると、なんとカレンは、教卓の前でチョークを取り出し黒板に自分の名前を大きく書き始めているではないか。
「ヘイ。みんな着席っ!」
「カレン! いつの間に! やめろ!」
「わたしは転校生の越前カレン。その後ろの席で、気配を消している越前海月の二卵性の双子の妹です。これからよろしくっ!」
教室がざわめく。
「引きこもりの海月に、こんなにかわいい双子の妹がいたのか!? おれ初耳だぞ!」
ついに一人の生徒が、質問をぶつけた。
「それがね……、越前家の複雑な事情でついこの間まで、鉄仮面を被せられて、地下の座敷牢に幽閉されていたの。ところが、ある事情で今はお父さんが逆に、塔に幽閉されているの。まあ、家庭の問題だから君ごときがあんまり深く突っこんじゃダメっ。気にしないで仲間とヒャッハーしてるのが一番だぞっ」
そんなカレンの言葉に、クラスメイトは口を揃えて言った。
「「それ、気になるから! 気になりすぎて今夜、眠れないから!」」
この予期せぬ最悪の事態に海月は、
「いや、みんな、違うんだ。ちょ、カレン……なにハードル上げてるんだよ!」
あわてて話を取り消そうとする。
しかし、海月が頑張るもむなしく、カレンはそんな暇など与えなかった。
「だって、わたし、本当のことを言っただけだよっ。おにぃたん」
潤んだ瞳で海月の顔を見つめるカレン。
「おにぃたん……だと!?」
教室がさらにざわめく。
「こんなかわいい妹を地下牢に何年も幽閉するとか……」
「海月くん。サイテー」
「見損なったよ……」
「許せない……」
「おにぃたんとか呼ばせてるし……。気持ち悪い」
「第二の監禁王子か……?」
海月に対する非難の声が次々にあがる中。
「いや、まて、誤解だ!」
思わず席を立ち、必至で弁解しようとする海月。
だが時すでに遅く、始業のチャイムが鳴り響く。
「おい、お前ら席につけ!」
いつの間にか、教室のドアが開き、リスニングの機材を手にした中年の英語教師が入ってきていた。
今までのざわめきが嘘のように消え、席を離れていた生徒たちは各々の席に戻る。
海月も、仕方なく席についた。
◆◇◆
やがて一日の授業が終わり、放課後の休憩室。
周囲を自動販売機に囲まれたテーブルには、海月とカレンの姿があった。
「もう、どうしよう。初日から、僕の評判は最悪だ……」
「大丈夫だよっ。久しぶりに登校してきた奴らは、みんなあれくらいの事やってるって」
「えええっ、まじ!?」
「こういうのって、最初のインパクトが一番大事なのっ。むしろ、あれによって、多少の不評はあれど、越前海月のことを思い出してもらわないとねっ!」
「捨て身の戦術……というわけか……?」
「ザッツライト!」
「丸め込まれているような気がしないでもないけど……」
「……ぎくり」
「え、図星なのっ!」
「……い、いや」
「図星なんだろ! カレ……て、うわあああああ」
いつの間にか、海月の目にはカレンの目潰しがはいっていた。
「海月のくせに、わたしの策にケチをつけないでっ!」
カレンは、少しずれた制帽を整える。
「っうううううう……」
海月は、目を押さえて仰け反っている。
「海月、君は大船に乗った気持ちでいればいいのっ。わたしの辞書には不可能という文字しかないんだからっ!」
「……それを言うなら、『不可能という文字はない』だろ。不安すぎるよ」
「う……、とにかく、眠らずに考えた策をそろそろ発表してもいいかなっ」
「……昨晩は誰よりも熟睡してなかったか?」
「うるさいなっ! 黙って聞いて」
「り、了解」
「それはね……」
無機質な自動販売機の音が響きわたる休憩室。
カレンの大きな瞳がきらりと輝く。
「この学園の生徒会に二人で役員として乗り込むのだっ!」
「な、なんだって……!」
カレンの突拍子もない発言に青ざめる海月。
「まぁ、最初は、会計とか書記とか、その辺りのなんとか入れそうな役職から狙うつもりだけどねっ」
「おいおい、ただでさえ評判の悪い僕が、この学園で生徒会の役員になれるはずないだろ!」
「この学園の会計とか、書記ってそんなに難しいの?」
「当たり前だろ! 有名大学の指定校推薦が受けられるんだぞ。会計や書記みたいな生徒会の上位の役員になりたい奴はごまんといる。競争率だって常に半端ないよ。僕らは狙えても、せいぜい下っ端の書記補、会計補くらいだ」
「いいよっ」
「!?」
「……まずは、席が二つ確保できればいいの。例え、わたしが書記補で海月が会計補とかの下っ端役員からでも。とにかく、学内底辺の海月が学園生活を充実したものにするには生徒会に入って成果をあげるのが手っ取り早い!」
「なんだよ、それ! 悪いが……、会計補でも、僕みたいなのがなれる可能性は低いと思う……。きっと、失敗するね」
「かもね……。でも、海月。挑戦して失敗するのはいいことじゃないかな」
「え……?」
「はじめから諦める失敗と違って、一生懸命やった末に残る失敗は決してマイナスだけじゃない。失敗からしか学べないことだってあるはず! だから、失敗を恐れずに挑戦しなきゃダメなんだよっ!」
「カレン……」
「それをかの……、キリストテレスが言ってた」
「誰だよ」
「とにかく、わたしは今回、学園攻略のために生徒会を目指すつもり」
「……」
「だから、その目標に向かって一緒に頑張ろうよ。海月っ!」
「……う」
この言葉にしばらく腕を組んで考え込む海月。
神妙な面持ちでその様子を見つめるカレン。
しばし、二人だけの休憩室に沈黙が流れる。
やけに長く感じられる数秒間……。
やがて、海月はその口を開く。
「……わ、わかったよ」
その短い言葉にカレンの表情は、ぱっと明るくなる。
「ほんとっ!?」
「ああ……、正直かなり厳しいとは思うけど……、僕なりにやれるだけやってみるよ」
「さすが、海月!」
「折れたわけじゃないからな。女の子が挑戦しようとしてるのに、僕だけ逃げる訳には行かないからだ。それに、父親といえども依頼したのはこちらからなんだし」
「ありがとう」
「でも、やるからにはとことんやろう。後悔なんて、しないようにな」
そう言った海月の瞳から、先ほどまでの迷いの色は消えていた。
「おーっ!」
笑顔で、そのセリフに応じるカレン。
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