第37話 神に時間は関係無い
「うおぉっほぉ!」
嬉しさのあまりつい奇声を上げながらベッドにダイブしていた。
だってこれ、あれだぞ!
昔の名作アニメに出てきたやつ!
そう、ここのベッドは誰しもが一度は夢見あこがれるだろう(言い過ぎ)、乾草ベッドだった。
これにダイブせずにどうしろと!
「そういえばティルルさんが用意するかみたいなこと言ってたな。断ったのを遠慮してと思って用意してくれたのかも」
ありがとう心優しきティルルさん、グッジョブです!!
寝心地は・・・・まぁチクチクしてあれだけど、気分は最高です!!
乾草の独特の匂いに包まれているとぼうっとしてくる。
「・・・・・・・・まだ盛り上がってんのかな?」
あの後、村長宅では変な盛り上がりをみせみんなで宴会騒ぎに発展していった。
俺はと言えばここに居る事で察しの通り、輪の中に入ることは出来なかった。
その居心地の悪さもあって逃げだすように抜け出したのだが、悲しい事に誰も気づいてくれなかった。クァバルさんもポックリンさんも。
「結局あれは何の話だったんだ? なんかみんなしてクァバルさんは被害者だみたいなこと言ってたけど」
ただクァバルさんが何かしたって話でもなさそうなんだよな。どちらかと言えば巻き込まれたみたいな。
「あぁ、何だか今日は疲れたな。お風呂入りたいけど、お酒飲んだから面倒だし、今日はもう寝よう」
酔っているせいか考えるのが億劫になってしまった。
乾草に体を沈み込ませるとその心地よい弾力に無性に眠気が押し寄せてくる。
今日一日歩き疲れたのもあって意識が暗転するのにそう時間はかからなかった。
「おはよう神さん。戻ってたんだな」
朝起きて早々にアパートに戻ってきた。目的はお風呂だ、と言っても銭湯に行くのはめんどいのでシャワーだけ。
「ん、おはようなのじゃ。と言ってもこっちは夕方じゃがな」
「ふぁあ、そうだったな。ん~、この時間と日付の感覚がずれるのは何か対策しておかないと拙いかな。色々忘れそうだし調子も狂いそうだ」
俺が向こう行っている間はこっちの時間が止まっていて、その逆もまた同じ。長い間あっちに行っていたりすると完全に感覚がずれそうだ。
「時間を決めて行き来した方がいいのかも。スケジュール管理はメモを双方で付けてれば何とかなるか?」
この特殊な二重生活の弊害だな。だからと言ってやめる気は全くないが。
「ケケ、言うなれば二つの人生を同時に送っているようなもんじゃからのぉ。あむっ、んぐんぐ・・・・・んん、慣れるまでは何かしら残しとく方がいいじゃろ」
やっぱりそうだよなぁ。
神さんは口いっぱいに丸っこいお菓子を頬張りしわがれたほっぺたを目一杯に膨らませる。
あれはバームクーヘンだよな。
しっかし不思議だ。
何がと言えば俺が異世界に行っている間こっちの時間は進んでいない筈なのに、出かけていなくなっていた神さんが帰ってきたら居たり、無かったはずのお菓子や物が現れたりしていることだ。
俺自身は異世界で時間を過ごしていたから今までそれほど違和感を覚えなかったが、良く考えりゃこれこっちの世界だと突然消えたり現れたりしてんだよな?
話を聞く限り普通に買い物をしているようだし、いつの間にいってるんだか。
「お主に加護を与えたのはわしじゃよ。前も
などと考えていたら久々に心を読まれて神さんが得意顔でふんすと鼻を鳴らす。
言われてみれば確かにそうなんだが、それでもどうにも納得が出来ない。
「それって時間が戻っていたりして違う時間軸にいるとかそんな感じ?」
「ふむ、似ているようでちと違うのぉ。敢えて説明するのであれば時間に関する概念が別な次元にある、と言った方がいいじゃろうのぉ。そもそもわしはお主らと同様の理には左右されん。時間というのものに先も後もないのじゃ。まぁそれも正解って訳ではないがのぉ」
なるほど・・・・・解らん!!
「それより体を流しに来たのじゃろ? じゃったら早く入って方がええんじゃないかえ。どうも先程から酸っぱい匂いがして堪らん」
え、マジで!?
自分ではちょっと匂うかなくらいにしか思っていなかったけど、そんなに臭い?
やめて! 神さん鼻抓んで離れるとかいくら俺でも傷つく。
確かに一日体洗って無かったけど、その程度でそこまで酸っぱくは・・・・・・・はっ、もしやこれが加齢臭?
え、マジ? そうなの!?
「・・・・・・・・・銭湯にいってくる」
シャワーだけで終わらせようと思っていたが銭湯に行って確りと汗を流そう。
今度シャンプーとボディーソープを変えようかなと考えながらお風呂セットを用意する。
「じゃ、行ってくる」
それらを手に持って玄関を出ようとしたら「ちょっと待つのじゃ」と神さんに呼びとめられた。
早くいけと言ったのに呼び止めるってなんだよと振り返ると、神さんは何とも優しい眼差しをこちらに向けていた。
「せめて着替えて行かんと痛い人じゃと思われるぞい」
何の事だと首を捻ってしばらくしてその意味を理解した。
自分の体を見た。
「・・・・そうだった、向こうの服を着たままだった」
クァバルさんから買った異世界服。
そう村人Aの格好!!
俺はいそいそと洗面所に戻り服を着替えた。
予備のジャージに着替えて銭湯に行き、さっぱりしてからコインランドリーへと向かう。
ついでだったので溜まっていた洗濯物と異世界で買った服を洗う。
因みにあのボロボロにされたジャージは燃えるゴミ行きだ。
途中で買った香り付きの柔軟剤を多めに投入して乾燥までセット。完了まで大凡1時間、近くのスーパーに立ち寄りビールと総菜類を何点かと、ついでに神さんが好きそうな甘いものも買って戻る。まだ30分もある。スマホで動画配信を見ながら時間をつぶしていると電子音が鳴った。
洗濯機の蓋を開けるともわっと熱気が漏れ出し、選択直後の独特の香りがした。
「お、ちょっと柔らかくなった」
若干ではあるが異世界服も柔らかくなり、出来上がった洗濯物を紙袋に詰めこみコインラドリーをあとにした。
アパートに戻るといつものように神さんがテレビを見て笑い声を上げていた。
人の世の理には左右されないが、俗世には左右される神はだらけきった姿で寝転がっている。
「ほれ、お土産」
「ん? お、とと・・・・・・ぁ」
そんな駄神に嘆息を零しつつ買ってきた安物の苺大福を放り投げた。
それを神さんが両手でキャッチ・・・・・・・出来ずに手に弾かれた大福が床をコロコロと転がる。
僅かに耳に届いた悲し気な声。
一瞬の沈黙、その後落ちた大福を神さんが拾う。
「お主がわしに土産をくれるなんて珍しいのじゃ」
何事も無かったかのように神さんが言う。だがその顔は若干赤い。
いくら神さんと言えど取れなかったのが恥ずかしかったらしい。
そんな神さんの態度に意外と可愛いところもあるんだなと不覚にも思ってしまった。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ちょっと空気が微妙になった。
異世界に戻ってきた。
そう言えばここは何て言う世界、惑星、なんだろうか?
ふとそんな疑問が出てきたが、残念ながらマップに国や街の名前は出るが惑星の名前までは出てこない。
いつまでも異世界って呼ぶのも味気無いから今度神さんに訊いておこうかな。
倉庫兼宿を出ると清々しい青空が広がっていた。その気持ちよさにつられる様に高々と指を組んだ手を持ち上げて体を伸ばす。
さて、これからどうしようか。出来れば情報を集めたい。
お金の価値ももう少し詳しく知っておきたいな。せめて一般家庭のひと月の生活がどれくらいか知っておきたい。
それと・・・・・・・・この国自体の情報、だよな。
そう思ったのは昨日の俺がのけ者になったあの会話だ。
昨日はほろ酔いと眠気で頭が回らなかったが、今考えると何となく察しがつくことはある。
「この国と隣国ってもめてるんだろうなぁ」
おそらくはそうだろう。
どの程度かはまでは分からないがかなり状況は悪いとみている。
昨日ティルルさんが言っていた言葉もそう考えれば腑に落ちる。
『でも今となってはその役割が変わってしまいましたけどね』
元々は手狭となった街の人の分散みたいな目的で作られたのがティンガル村だと言っていた。けどその役割が変わる。
ここは隣国しかももめている国との国境近く、だから補給路としての役割、或いは兵士たちの宿場ってところか?
「う~む、これは早々に別な国に行く事を考えた方がいいだりうか?」
出来れば楽しく異世界冒険をしたい。だから面倒事とかドロドロしたのは御免蒙りたいところだ。
とは言えそれもこれも情報を集めるのが先だろうな。
「にしても、この村人が居なさすぎだろ!?」
周囲を見渡すが人の姿がどこにも無い。
もう既に働きに出ているのか村の中のマーカーの数がテント内に少数だけだ。これじゃあ情報を集めるにもそのソースが無けいのでどうしようも無い。
それに良く考えればここは辺境のしかも開拓途中の村だ、碌に情報も入ってこないだろうし。国は別として街へと向かうのは早くした方がいいのは間違いない。
ただ・・・・・・・・・・
「まだあれがどうなのか分からないし」
俺にはここを離れる前にどうしても確認しておかないといけない事がある。
そう、それはとても重要な事。だってその結果によっては・・・・・・。
グフっとつい変な笑い声がこぼれた。
誰にも聞かれてないよなと無人の村をキョロキョロとする。
兎にも角にも先ずはお目当ての人物を探さなくては、と【マップ】を弄ると、その人は直ぐに見つける事が出来た。
マーカーを選択すれば一度会った事がある人物であれば名前が出てくる上に、この村は人が少ない。それと場所の予想は出来ていたので簡単に居場所が判明した。
機能が解明されてからほんと便利になった【マップ】さんだが・・・・これもしかしてストー・・・・・・・・。
精神上良く無い事を頭から追い出し、目的の人物がいる村の外の畑へと向かっていくと、村の入口で昨日と同じように座っているポックリンさんが居た。
「おはようございます」
挨拶をし近づくとボーとしていたポックリンさんがこちらに振り向いた。
ポックリンさんの傍には懲りずに槍が立てかけてあった。また見つかると怒られるぞと思いながらも部外者の俺がどうこう言うとこではないと目を逸らす。
「おぉハルさんか、おはようさん。昨日はすまんかったのぉ。誘っておいてあまり話もできんで」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「帰るころにハルさんがいなくなったのに気がついての、気になっていたんじゃよ」
「あぁそれは失礼しました。どうも皆さん話し込んでいたので、声もかけづらかったんです」
やっぱり完全に忘れられてたのね・・・・。
地味に心にダメージをおったのを愛想笑いで誤魔化す。
「もしかしてもうここを立つのかのぉ?」
「え? あぁいえ、少し散歩をと思いまして、村の外を少し見て回ろうかと」
村から出る俺を見て出立するもんだと思ったポックリンさんにそう言って否定すると、ポックリンさんは「ふむ」と顎を摩り、俺を見る視線はどこか探るようなものを感じる。
まだ用心されているんだろうな。
まぁ昨日の話からすれば仕方がないだろう。
「そうかい、何もない村じゃて見るもんも無いぞ」
「自然が多くていいではないですか」
「その自然が厄介なのじゃがのぉ・・・・ま、気を付けて行ってきんさい」
「えぇ行ってきます」
ポックリンさんと軽く言葉を交わし別れる。
村を出ると道沿いに畑が広がっている。それ以外はぐるりと村を木が覆っている形だ。
畑自体も一つ一つはそれほど大きくない。畑の奥もまた木々が立ち並んでいて、その景色を見ているとここがまだ開拓途中の村なのだと実感する。
ただ元が森だった場所を切り開き、2年そこらでここまでの開墾と住居を作ったのだとしたら、それは相当な苦労と困難があったのだろうと推察される。地球のように重機がある訳じゃなく、見た感じではすべてが人力だと考えればこれはすごいことなのだろう。
畑も良く見ると色んな種類の作物が植えられている。その大半は知らない植物で、それが単純に俺が無知なだけなのか、この世界特有の植物なのかは分からない。
そんな畑では無人だった村とは大違いで多くの女性たちが働いていた。
その光景を眺めながら歩く。
ただ何となく、ほんと何となくなのだが・・・・この光景に違和感を覚えていた。
それは昨日も感じていた。
だが何に引っかかって違和感を覚えているのかが自分でピンと来ていない。
そんなもやもやを抱えながら歩いていると目的の人物の姿が目に入る。
彼女は初めて会った時と同じく畑仕事をしていた。
俺が探していた相手とは『ティルル』さんだ。
ティルルさんは鍬で地面を耕していた。何度も鍬を振り上げては落としを繰り返す。一列耕しきると額の汗を手の甲で拭う。額に僅かな泥を張り付けるティルルさんのその姿がなんだかとても色っぽく見えた。
そんな朝から精を出すティルルさんについ見入っていたら、視線を感じたのかティルルさんがこちらへと振り向く。そして俺だと分かったティルルさんが屈託の無い笑顔を浮かべ手を振る。
「っ!」
ふいに隠れたくなる気持ちを抑え込み俺は小さく手を振り返した。
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