第32話 ティンガル村

「ようこそ。ティンガル村へ」


 女性がとてもいい笑顔でジャジャーンと両手を広げる。

 その仕草はとても可愛らしく、落ち着いた雰囲気の彼女がそれをしたものからギャップも相まって魅せられてしまう。

 そして彼女の背後にあるのは異世界初の人里。

 あの巨大な森を抜け、狼のリンチを乗り越えて、やっとの思いで辿り着いた待望の村。



「・・・・・・・・・・」



 だというのに俺の何とも言えない表情で呆然とそれを眺めていた。

 喜ぶでもなく、見惚れるでもなく、どう言葉を発したらいいのか迷い口を噤んで。



 こ、これは・・・・・・・・思っていたのと大分違う。



 確かに開拓村とは聞いていたけど・・・・・・・・・・・これじゃあ村と言うより遊牧民族じゃないか。



 何と言うかモンゴルの移動民族が住まうゲルをもっと原始時代風にしたような、兎に角全面を動物の皮で覆った大き目のテントが無造作に並んでいる、そんな感じだ。

 建物と呼べるものは中央にある大き目の倉庫のようなものだけ。それも不揃いの太い枝を組み合わせて作った骨組みに土壁というなんともお粗末なもの。屋根も何の植物か分からない巨大な葉が重ねられている。


 イメージしていたヨーロッパの古い田舎村みたいな街並みはそこには無い。


 あったのはドキュメンタリーで見るジャングル奥深くの原住民の集落。


 女性の服装はある意味では想像通りだっただけに期待を裏切られた感がすごい。



「言いたい事は分かります」


 俺が呆然としていると女性がそう言った。女性に視線を向けると困ったように苦笑いを浮かべている。


「あぁ・・・・・えっと、趣のある、村?ですね」


 隠しきれない困惑と落胆に取り繕えたかどうかも怪しい失礼な物言いになってしまった。

 あぁやっちまったなと後ろめたさを抱くも、どうやら女性は気分を害してはいないようで「気にしないでください」と言ってくれた。


「まだ村と呼ぶにも烏滸がましい状態なのは重々承知ですから、旅人さんの気持ちもわかります」

「えぇっと、すみません」

「ふふ、ですから大丈夫ですって。それに初めて来られた方にはこれはちょっと馴染めませんよね。でも仕方が無いんです。どうしても生きていくために必要な物から手を付けていくと、最初に食べる物になりますから労力は畑へと向いてしまって、家は雨と風が防げれば良いかなってなっちゃうんですよね。実際住んでみてもそれほど苦にはならないですし、周りがこうだから比べる事も無いですしね」

「・・・・なるほど」


 何がなるほどなのか分からないが取り敢えず頷く。


 でも言われてみればそうなのかもしれない。

 何も無いところから始めたのだ。生きるのに必要な食物から手を付けるのは当然だろう。

 それにここに来たのは2年前って話だから、そう考えるとたった2年でここまでになっているのは凄い事なのかも。


「誘っておいてなんですが、こんな場所でよろしければどうぞ」


 そう言って女性は人懐っこい笑みを浮かべるとそのまま村へと歩き出した。


 俺も頷くと彼女の後についていった。




 村全体も柵で囲まれているが畑で見たものと大差はないくらい簡易的な作りだ。正直それだとゴブリンも防げないのではと思う。

 

 村の出入口には一人の老人がいた。

 老人は自然のものと思われる大きな石に腰かけている。

 よく見ると老人の脇に立てかけてあるのは杖かと思ったら物騒な穂先が付いた槍。見た感じ相当高齢であるのだが、もしかしてこの人が門番役なのか?


「おやティルルちゃん、お帰り」

「ただいまです。ポックリンさん」


 俺たちが近づいて行くと気付いた老人が女性に声を掛ける。それに対して女性はにこやかに手を振り返す。

 老人の名前にそこはかとないそれで良いのかと言うヤバさを感じつつ、それよりも俺は新たに発覚した重大な事に頬を引きつらせずにはいられなかった。



 女性の名前、ティルルさんって言うのか。

 よくよく考えたら・・・・・自己紹介もしていなかった!?



「ティルルちゃんや、その怪しい男は誰なんだね?」


 社会人にあるまじき失態に落胆する俺に老人からの鋭い眼光が突き刺さる。

 明らかに剣のある声に警戒感の高さを覚えた。



 だがそれも仕方が無い。



 だって俺・・・・ワイルドだから。



 そう、まだボロボロな服装のままだ。

 解っているけど着替えるタイミングが無かった。


 女性、改めティルルさんと出会ってからそのままここに来たのでどうしようもなかった。もしログアウトして着替えたらティルルさんからは一瞬で服装が変わったようにしか見えない。かと言ってティルルさんの前で着替えるのも恥ずかしかった。


 そりゃあ不審者に思われますよ。



「こちらは旅人さんで冒険者さんです」

「すみません・・・・・」


 そんな俺を朗らかな笑みで紹介するティルルさん。

 つい挨拶では無く謝ってしまう、俺。


「それで、えっと・・・・・」


 続けて何かを伝えようとしたティルルさんだったが、開いた口からは何も出ず困ったように俺へと振り返る。


 はい、ごめんなさい。名前も言ってないですよね。紹介できませんよね。


「どうも、晴と・・・・・ハルって言います」


 居た堪れない気分になりながら自分で名乗りぺこりと頭を下げる。


 最初本名を名乗ろうとしたが敢えて言い直した。

 とは言え名乗ったものは本名とそう大した違いは無いのだが、これは気分的な問題だ。


 俺が告げた名前は普段ゲームで使用しているキャラネーム。何の捻りも無い本名を略しただけのものだが、ここは俺からするとゲームの様な趣味の世界なので敢えてこっちを使わせてもらった。


「ハル・・・・・そうですかハルさんって言うのですね」

「す、すみません。名乗る事もしていませんで」

「いえ、それはお互いさまでしたから」


 お互いにペコペコしあっているとポックリンさんが槍を手にして立ち上がった。

 そしてティルルさんの前に出る。


「ふむ、ハルさんとやら。この村にはどういった御用でしょうかのぉ。それと何故ティルルちゃんと一緒にいるのかな?」


 ポックリンさんの鋭い眼が俺を射抜く。背筋をピンと伸ばし槍を手にした姿はなんとも様になっている。とても高齢のじいさんとは思えない程存在感がそこにある。


 さてここで間違った受け答えをすればどうなるか分からない。


 流石はモンスターが居る世界で生きてきた人物。

 気圧されごくりと唾をのみ込む。


「あいだだだだだだ!」


 が、それも束の間。

 ポックリンさんが腰を押さえて蹲ってしまった。

 手にしていた槍を杖代わりに苦痛の声を上げるポックリンさんに、先ほどまで感じていた存在感は全くなくなっている。

 その突然の変貌に唖然としていると、ティルルさんが軽く息を吐き出しポックリンさんの腰を撫でた。

 

「もう歳なんだからこんなところで無理してないでね。それから危ないから緊急用の槍を杖代わりに歩かないでといつも言ってるでしょ」

「いつもすまんのぉ。でもここは日当たりが良くて最高の休憩場所なんじゃよ」

「それは解るけど、あんまり出歩いていると転んでけがしちゃうよ」

「でものぉ・・・・・あ、すまん。もうしません」


 目の前で繰り広げられる昭和の寸劇。


 何これ?


 優しく諭すティルルさん。それを駄々っ子のようにごねる最早ただのおじいちゃんにしか見えないポックリンさん。最後はティルルさんの一睨みであっさりと折れてしまう。


 おっとぼうっとしている場合じゃ無かった。

 ここは名誉挽回のチャンス。


「あの、大丈夫ですか?」


 少しでも友好的にポイントを稼がねばと、ポックリンさんへと手を差し出す。


「何じゃお主は、まだ居たのか」

「ポックリンさん・・・・・」

「・・・・・うむ、かたじけない。痛いからゆっくりの」

「・・・・・・」

 

 俺が手をポックリンさんが払いのけようとしたらすかさずティルルさんから圧力が。するとポックリンさんは文字通り手のひらを返して素直に俺の手を取った。


 まるで予定調和の様なコントの様なやり取りに、絶対に突っ込むまいと口を一文字に引き締め、ゆっくりとポックリンさんを座っていた石まで介助する。


「おぉ、すまんのぉ」


 もうこのじいさんからは最初に感じた威圧や威厳は存在しない。唯のおもしろじいさんにしか思えなくなってきた。


「ハルさんは冒険者さんで、旅をされているらしく、泊るところを探していたみたいだったので案内してきたの」


 ポックリンさんが大人しく鉈ところでティルルさんが説明をしてくれた。

 俺は余栄な事はすまいと無言に頷くだけ。


「ふむ、冒険者で旅人のぉ・・・・・・」


 その説明を聞き終えたポックリンさんが如何にも胡散臭いとばかりに呟き・・・・ティルルさんを見て「はぁ」と息を零す。


「まぁえぇわい。ティルルちゃんがそこまで言うのであればお前さんは悪い奴では無いのだろう、だからこれ以上とやかく言う気は無い。ただ一つ・・・・・お前さん、どこからきたのかのぉ?」

「っ!?」


 どうやら取り敢えず一応の信用は得たようだ。が、そこに油断をしていたら一番訊かれたくなかった核心の部分を突かれ、思わず動揺を表に出してしまった。


「まさかとは思うが、お前さん」


 そのことを見逃す訳も無く、ポックリンさんの眼が再び険しさを帯びる。


 拙い、もしかして俺が普通じゃ無いことがばれた?


 ボロボロになった事ばかり気にしていたが、よく考えればこの服は元はジャージ。当然この世界にある衣服ではない。


 まさか異世界人だとまではバレないとは思うが。


 しばしの沈黙に緊張が走る。

 何を言われるのか固唾を飲んでポックリンさんを見据える。

 いざとなったら逃げだそう、そう考え体に力を籠める。


「・・・・・・貧乏なのか?」

「は?」


 一瞬何を言われたか理解が及ばなかった。


 え、貧乏?


「ちょ、ちょちょちょっとポックリンさん、いきなりそれは失礼ですよ」

「いやでものぉティルルちゃん」

「物事には内に秘めておいたほうが良い事だってあるんです。なんでもかんでも言葉にするのは幼い子供と一緒です」

「そ、そこまで言わんとも」


 ティルルさんに怒られしょげるじいさん。


 えっと、これはあれかな。

 俺の格好がお金が無いからだと思われている?


「なる、ほど」


 それは・・・・・・・・想定外だ。

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