第19話 買い物と嘘
うちの会社は完全週休二日制だ。
これは社内規則にも記載もされているし、常に出されている求人の募集要項にも確りと書いてある。更に言うならば年間休日は120日以上。
完全な誇大広告である。
月休二日制。
これが実績と気分的な部分からくる我が社の休日制度の現状だ。
もし仮に我が社に労働基準監督署が調査に入ったならばただでは済まないだろうことは明白で、是正しなければいけないところがたらふく出てくること間違いない。
だが我が社に労基が来た事実は過去に一度たりともない。
そもそも労基が踏み込む一番のきっかけとなるのは何か?
それは、内部告発だと思う。
社員が会社から不当に扱われたと訴える、あるいはその家族から様子がおかしいから調べてほしいと訴えが来る。時にはネットの書き込みなんかを見てってのもあるかもしれないが、多くはその当事者からの訴えによって労基は動く。
つまりだ、我が社に労基が踏み込んだことが無い一番の理由というのが、内部告発が無かったからということ。
こうも嘘の雇用状態であるにも関わらずどうして訴え出ないのか。
それは人間悲しい性と言うか、目先の利益に大概のものは無視できてしまうのだ。
そう、我が社は金払いが非常に良い。
残業時間は表に出せないので裏の手当てが俺たちにはついている。要はインセンティブ制度みたいなものだ。
利益と言う目に見える成果は無いが、その人の労力の度合いや貢献度を部署ごとの長が査定判断して給料に反映させている。
その金額がバカにならない、というよりは基本給よりもかなり多い。
だから残業を自ら買って出てでも貢献度を上げるために頑張る社員が多く、率先してやっているのだから文句も出難いって訳だ。
実に巧妙なやり口だ。
人間の欲望を匠にコントロールした、自主性という大義名分を持たせ、実のところは強制に等しい労働を強いる。
そう言いながら俺も例外ではない。
しかもそれでいいかなとも思っている肯定派でもある。
何だかんだ言いながらも人間の体は意外と頑丈に出来ていて、無理だと思ったものでも次第に体も精神も慣れ当たり前にこなせるようになるのだから、稼げるのなら稼ぎたい。
そんな社畜製造業を営む会社に俺は居るのだが、ここ最近は珍しく余裕が出来て土日が休日となる日が増えた。
これをいいと取るか、悪いと取るか、それは個人としても会社としても悩むところだが、今の俺にとっては大変ありがたいことだ。
何しろ、趣味が楽しめる。
「あった砂糖と塩・・・・・え?なにこれ、意外と種類多いな」
今日は土曜で休み。
昨日早くに異世界から引き上げる原因となった準備不足を補うため、ホームセンターへとやってきている。
最近のホームセンターはすごい。売り場面積もそうだが、ここだけで何でも揃ってしまう品揃えの豊富さ。まさか生鮮食品まで売っているとは思ってもみなかった。
会社の人がたまに遊びに行くって言っていたのを、何でまたと不思議に思ったもんだが、これであれば納得かもしれない。わざわざやってきた甲斐がある。
ただ難点なのが広すぎてどこに何があるのか探すのが大変な事か。しかもやっと見つけた調味料のコーナーなのだが、今度は商品の種類が多すぎて迷っている。
「何を買ったらいいのか分からない・・・・」
砂糖だけでも10種類ぐらいあるんだが。
普段料理をしない人間に砂糖の種類なんて分かるわけがない。
「・・・・無難なやつでいいか。砂糖だったら安くても味変わんないだろう」
一番多く並んでいるのをカゴに入れる。一番多い=良く売れるだろうからな。間違いない、はず。
「お、これ憧れていたやつ!」
塩は岩塩がいいなと探していたら、グリグリして使う容器にはいったのをみつけた、名前は知らないが胡椒とかで良くあるやつ。
使っている姿がカッコ良さそうなので憧れていたが、自炊を今までほとんどしていない俺には無用だと手にすることがなかった。
折角なのでそれをカゴに入れる。
自炊しない俺が何故調味料を買うのか、それはキャンプ飯を作ろうと思っているからだ。
折角いくらでも時間が取れる趣味を手に入れたんだ。何でも試してみたいなと思い立った。
「へぇ、これ便利だな」
そんな思いつきなので何が必要なのかは全部ネット任せな訳で、スマホを片手に必要そうなものを物色していると、調味料コーナー棚の一番端に並ぶある物に目が止まる。
それは食材に混ぜて炒めたり焼いたりするだけで料理が完成すると言う便利な調味料だった。
「結構種類も豊富だな」
味付けに失敗しないのは非常に有難い。
思い描くキャンプ飯とはだいぶ違っているが、最初から全部手作りするのは難しいからな。楽できるのであれば楽をする、それが俺のスタンスでもあるので何種類か試しに買ってみる事にした。
それから妥協に歯止めが効かなくなった俺はレトルト食品を大量にカゴに詰める。
それと忘れてはいけないキャンプの最重要品であるビールを箱で積む。
食品関係を一通り揃えたところで、次に向かったのはキャンプ用品のコーナーだ。
ここが本日の一番の目的でもある。
最初にテントを見る。
流石に野宿はしたくないし、雨が降った時の一時的な退避用としても使いたい。
値段はピンキリで、安いのは数千円で買えるが、高いのはなんと12万!?
俺は悩みながらも一番高いのを選んでしまった。
せっかくなら快適に過ごしたいと、今まで使うことの無かった貯金がそれなりにあるので奮発した。
それにテントはいい物を用意した方が良いとネットに載っていた。
しかも一人用だと狭いかなと四人用のツールーム。
それ使うの? とも考えたが、いつか使うかもしれないからな、とあるかどうかが定かでない神の御威光に期待する。
それから羽織れるタイプの寝袋だったりカセットガス式のコンロやランタン、それとテーブルや椅子など一揃え見繕う。
椅子も今後のために一応2脚。
うん、きっと、いずれ、使うはず。
そこまで揃えるともう大きなカートが山積みとなってしまった。重さでキャスターが言う事をきかないほどだ。
取り敢えずはこれで良いだろうと、人にぶつからないよう気をつけながらレジに向かってカートを押す、と。
「あれ・・・・・結城? 結城じゃないか?」
背後から声をかけられた。
微妙に聞き覚えがあるような無いような声に振り向くと長身の男性がいた。
髪色を明るく脱色させ、おしゃれな感じで整えられた顎髭を生やした男。腕の中に小さな男の子を抱えている。
えっと・・・・・・誰だっけ?
『結城』は俺の苗字だ。こうして俺を見ながらその名を呼んだのだから知り合いなのは間違いない、のだが。
そこはかとなく見覚えが、無くも無いような。
取引先の人だろうか?
そうなると失礼な態度はとれない、けど知ったかぶりもあとで苦労するのが目に見えている。
これはどうしたものかと悩んでいると、声を掛けてきた男性は隠しもせず飽きれた顔をする。
「おいおい冗談だろ? 俺だよ、高橋圭吾だよ。高校で一緒だったろ」
そう言われてハッとする。
その名前には覚えがある。
「ああ! 高橋圭吾か」
「だからそう言ったろ?」
そうだこいつ、高校で2年間同じクラスだった同級生だ。
「マジかよお前、完全に忘れてたんじゃん。まぁ昔から人の顔を覚えない奴だったけど」
そう言って苦笑いを浮かべる元同級生。
いやいや思いだしたよ、ちゃんと。
よく一緒にカラオケとかに行ったよな?
あれ、でも確かこいつ・・・・。
「圭吾・・・・えらい痩せたな」
高校時代はもっとぽっちゃりしてなかったか?
名前言われて思い出したからこそこうして面影で分かるが、これ絶対俺以外にもお前の事認識できる奴って少ないと思うんだが?
「ん? ああ、なるほど。悪い悪い、そう言えば結城とは卒業以来会ってなかったもんな。どうだ、なかなかカッコ良くなっただろ」
ふふっと鼻にかけた笑みを浮かべるが、同級生の圭吾から嫌味な気配は感じない。それがますます良い男に見えて少しばかり腹が立つが、その態度自体に忌避すべきところは無かった。
「頑張ったみたいだな」
「まぁな、と言っても大学で入ったサークルが厳しかっただけなんだけどな」
「お前、なんかスポーツやってたっけ?」
「スポーツ、とはちょっと違うけど登山部」
「と、登山部!? ・・・・そ、それはまた意外なところに」
「あぁ我ながら何でだろうと思った」
そう言ってカラカラと笑う圭吾。懐かしさを覚えつつ会話を交わしていたが、俺の目はどうにも気になる圭吾の腕に収まるものへ向かった。
「ところで、その男の子ってまさか・・・・」
旧友の腕の中でキョトンとこちらを見上げる子供。圭吾が頬を緩めその子供の頭を優しく撫でる。
「俺の子だよ。もう3歳になるんだぜ。今年から幼稚園にも通い始めてな、今日は幼稚園で必要なものを買いに来たんだよ。いやぁ、思っていたよりも行事が結構あるみたいでさ。俺も結構忙しいんだけど、でもやっぱり初めての子どもの行事って全部見たいじゃん。会社に無理言って休んだりもしてるんだけど、見た瞬間休んでよかったって実感する訳よ」
なんと驚きだ!
同級生に子供がいた。
いや解っていた。それ以外の可能性の方が低いことくらい察しはつく。だが実際本人の口から聞くのとでは実感が違う。
しかも圭吾は頼んでもいない我が子情報をべらべらと語る。聞いてもいないのにとても饒舌に語るもんだから子供がいたという事実と合わせ呆気に取られてしまった。
一頻り語り終え満足そうに目を細めた圭吾が、何かを思い出したのかあっという顔をする。
「お前もそれキャンプ道具だろ? てことは家族と行くのか?」
決めつけって嫌だなと思った瞬間だった。
どうしてキャンプ道具を買うと家族がいると思うのか。
確かにテントは一人用じゃ無いし椅子も二脚ある。けどさ、決めつけって良く無いと思うんだよね。色々な可能性というかさ、物事には多様性が大事というかさ、何て言うんだろう、個性の幅はもっと尊重した方が良いと思うんだ。
自分でも何を言っているのか分からなくなる持論を頭の中に浮かべながら、この質問に対する答えは何がベストなのかを思案する。
きっと悪気は無い。何気ない気付きの問い掛けだろう。
だがそれは明らかな上位者ならではの配慮のない問い掛け。
「か・・・・彼女と、かなぁ?」
だからと言うわけじゃないが、ちっさいプライドがここぞとばかりにしゃしゃり出てきてしまった俺は、気が付けばつい嘘をはいてしまっていた。
「・・・・・・そうか、うん、そうなんだね」
だがそんな俺のささやかな自尊心はあっけなく看破され、圭吾はとても申し訳なさそうに眉尻を下げる。
元同級生のばつが悪そうな愛想笑い。
俺は急激に込み上がる恥ずかしさにうつむく。
「お待たせ、圭吾君・・・・て、あれ、そちらは?」
そんな微妙な空気が漂う中に更なる劇物が投入される。
俺の脇を通り過ぎ圭吾の下へと行くと寄り添う女性。
最早それがどう言う人物であるかなんて問うまでも無い。
「ママ!」
圭吾が抱いている男の子が嬉しそうに女性に手を伸ばす。男の子を挿んで二人の楽しそうなな微笑み合いは、もう見るに堪えない。
「結城、これ俺の嫁さん。俺が登山部に入った理由が、まぁこれだな」
あ、察し!
なるほど、この女性に惚れて馴染みも興味もなかった登山部に入ったと。あのデブな圭吾が、痩せるまで至るほどに努力して手に入れ、そしてゴールしたと。
気まずそうにしているが俺の目は誤魔化されんぞ。さりげなく腰なんか抱きやがってこの野郎!
クソが!
心の中で盛大に悪態をつく。
居た堪れなくなったのか圭吾は「急いでるからまたな」とそそくさと去っていった。
俺は並んで歩く仲睦まじい家族の姿を奥歯を噛みしめた。
「・・・・・・泣いたりなんかしないんだから」
俺の呟きは店内の音楽によってかき消されていた。
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