45:ピアノコンサート

 青葉くんと芹那をからかったりして、しばらく談笑した後。


「そういえばうちのグランドピアノ見たいって言ってたよね、見る?」

 青葉くんが芹那に尋ね、芹那が「見たい」と答えたため、私たちは隣の部屋へと移動した。


 黒いカバーがかけられたグランドピアノが部屋の中央に鎮座していた。


 左側の壁には額縁に入った賞状が飾られ、右側には様々な楽譜が美しく整頓されて収められた棚があった。


 棚の上部にはガラスの扉がついていて、ピアノコンクールで撮ったものらしき幼い頃の青葉くんの写真が並んでいる。


「あら」

 部屋に入った瞬間、芹那の興味はグランドピアノよりも青葉くんの写真に移った。


 彼女は棚の前に立ち、背後で手を組み、しげしげと写真を眺めた。


「そっちは気にしなくていいから」

 幼い頃の写真を見られるのは恥ずかしいらしく、青葉くんは芹那の肩を掴み、身体の向きを反転させた。


「もっとじっくり見たいのに……」

 芹那は背後の写真を気にしている。

 恋する乙女としては当然の心理だろう。

 私だって、もし幼少時の恵の写真を見せられたら興奮せずにいられないもの。

 今度、アルバム見せてって聞いてみよう。


「凄いね、家にグランドピアノがあるなんて。アップライトピアノを持ってる子は知ってるけど、グランドピアノを持ってる人は初めて見た」


「そう? 小学生のとき、習ってる友達がいてね。僕も習いたいって言ったら、父さんが買ってくれたんだ」


 青葉くんはカバーを適当に畳んで箱の上に置き、グランドピアノの屋根を上げて棒をセットした。


「……ひょっとして青葉くんの家ってお金持ち?」

「そんなことないよ。おじいちゃんが田舎にいくつか土地を持ってるだけだよ」

 青葉くんは手を振ったけれど、十分お金持ちのような気がする。


「何かリクエストある?」

 準備を終えて、青葉くんが棚の前に立った。


「皆が知ってる曲……そうね、ショパンのノクターンはどうかしら?」

 並んだ楽譜の背表紙を眺め、芹那が提案した。


 ノクターン。どんな曲だっけ。

 聞いたらわかると思うんだけど。


「ああ。誰もが一度はどこかで聞いたことがあるだろうね」

 青葉くんは迷うことなく棚から目当ての楽譜を引き抜き、譜面台の上に置いた。

 椅子を引いて座り、その指が鍵盤に触れる。


「じゃあこの曲は芹那に捧げるよ」

 青葉くんの指が鍵盤を滑るように動き、心に染み入るような、優しい曲が流れ始めた。


 情感を込めてピアノを弾く姿のなんと優美で、格好良いことか。


 芹那はうっとりとした眼差しで青葉くんを見ていた。

 熱に浮かされたように、その目が潤んでいる。


 芹那が青葉くんに惚れ直し、私が感心する一方で、風間くんはあくびをしていた。


 彼は芸術を解さないらしい。

 多分、クラシックを聞いたら熟睡するタイプだ。

 恵はいえば、意外と真剣な様子で聞き入っている。


「……ピアノ好きなの?」

 演奏の邪魔にならないよう、私は小声で尋ねた。


「特に好んで聞くほどでもないけど。綾人の演奏は好きだな。聞いてて心地良い」


「前にも演奏してもらったことがあるの?」

「ああ。家に遊びに来たときに演奏してもらった。中学の合唱コンクールでも伴奏してたしな」

「へえ」

 私もその場で聞きたかったな。

 やがて演奏が終わると、私たちは拍手した。


「素敵な演奏だったわ。本当に素晴らしかった!」

 芹那は頰を上気させ、誰よりも盛大な拍手を送った。


「ふふ。それはどうも。じゃあこの曲は恵と山科さんに捧げようか」

 再び青葉くんの長い指が鍵盤を踊り出す。


 聞き覚えのあるメロディーに、私は目を見開いた。

 エターナルフォレストⅢのフィールド曲だ!! 


 恵を見ると、彼は何故か得意げだ。

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