42:女神マールに愛を誓う

「……私と付き合ってください」

 私は姿勢を正し、まっすぐに恵の目を見つめて言った。


「はい、喜んで」

 恵が笑う――やっと、笑ってくれた。


 炭酸のように元気よく弾けながら、喜びが身体中を駆け巡る。

 これで名実ともに、私は恵の彼女だ。

 もうハーディの札なんかじゃない、本物の彼女だ。


 自然と笑みが零れる。

 ――やった!


「でも、なんで? 私のどこが好きなの?」

 溢れ出ようとする喜びを苦労して押し殺しつつ、私は前のめりになって尋ねた。

 これは是非とも聞いてみたい。


「ゲームが上手なとこ」

「そこっ!?」

「嘘だよ」

 私の反応が面白いらしく、恵はけらけら笑った。

 こっちは真剣に尋ねているというのに、なんて意地悪な。


「いや、まあ、それもあるけど。一番は性格だよ。大勢の前で江藤さんを庇って一喝した姿に惚れたんだ。オリエンテーションの夜は駆けつけてくれただろ。おれのために息切らして、全力で走って来た姿見て、本気で惚れた。いい子だなーって。おれは萌の、ひたむきで、強くて優しいとこが好きなんだ。くるくる変わる表情とか、人懐っこい笑顔とか、恵って呼ぶ声とか。つまり全部。わかった?」


「…………」

 頭の中が真っ白だ。

 何を言えばいいのかわからない。

 まさか恵が私のことを好きだと言うなんて。

 しかも、私の全部が好き?

 夢でも見ているんじゃないだろうか。


「……わ、私も、恵が好き。恵の笑顔とか、低い声とか、ゲーム馬鹿なとことかも、全部ひっくるめて、好き」

 私はつっかえつっかえ、想いを口にした。


「……それはどうもありがとう」

 恵の顔が赤くなったのを見て、私の頬の温度がますます上がった。もはや発火しそうだ。


「……ええと」

 お互い赤くなって黙り込んでいると、仕切り直すように恵が咳払いした。


「正式な彼氏になったからには、これまで以上に頑張るよ。よろしくな」

 恵がテーブルの上で手を差し出してきた。


「……はい」

 はにかみながらその手を取ろうとしたとき、恵が急に手を引っ込めた。


「どうしたの?」

 まさか気が変わったとか言わない……よね?

 はらはらしながら待っていると、恵は真顔で言った。


「一つ約束して欲しいことがあるんだけど」

「は、はい。なんでしょう?」

 つい緊張して背筋を伸ばし、声が裏返ってしまう。


「浮気しないでね」


「…………」

 私は目をぱちくりさせた。


 恵は至って大真面目な顔をしている。

 何故こんなことを言うのかは、恵の元カノのことを思えば瞭然だ。

 過去のトラウマを思い出したのか、恵の顔が翳った。


 そんな顔はしてほしくない。

 ――ううん、私がさせない。


「大丈夫。不実な元カノのことなんて私が忘れさせてあげる」

 私は腰を浮かせ、上体を乗り出して恵の手を掴んだ。


 恵が眼鏡の奥の目を見張る。


「恵だけを愛するって誓うよ」

 私は恵の目を見つめて微笑んだ。


「……何に誓うの?」

 ややあって、恵は試すような口調で尋ねてきた。


「そうだね、女神マールなんてどう?」

 不敵に口の端をつり上げる。

 マールはエターナルフォレストⅤに出てくる海の女神だ。

 海の国の民は、女神マールにかけた誓いを破るとハリセンボンを飲まされる。

 棘だらけの丸い魚を一気飲み。普通に考えて死ぬ。


「あはは。それじゃ絶対だな」

 恵は気に入ったように明るく笑って、私の手を強く握り返してきた。

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