18:夜、二人きりの国道で(2)

「星座の名前とか覚えてる?」

「覚えてない」

「私も」

「ゲームのコマンドとかならすぐ覚えられるのにな」

「ねえ? なんで世界史とか古文とかだと覚えられないんだろうね」

「るーらる・すーさす・しむ・ずー・じー・むー・むず・まし・まほし」

 古文という言葉が引き金となったのか、夜空を見上げて恵が歌のように口ずさんだ。


「きー・けり・つー・ぬー・たり・たし・けむ」

 私も古文助動詞の連用形を口にした。


「もはや呪文だよな」

 続いて終止形を唱えるかと思いきや、恵はあっさり打ち切った。


 くっ、裏切り者め。

 サ変未然形・四段已然形の準備をしてたのに……格好良く「り」って言おうと思ってたのに!


「呪文だよね。『たり・たし・けむ』のとこってさ、なんか発動しそうじゃない? 『たり・たし・けむ!』でドカーンと爆発しそう」

 左手を前方に突き出し、キリっとした顔で『たり・たし・けむ!』と強調してみせる。


「わかる。天空の城とか滅びそう」

「あははは。スケール大きい」

 話しているうちに緊張も解れ、私たちは色んな話をした。


 オリエンテーションのこと、学校の授業のこと、五月末に待ち受ける中間テストのこと。それからやっぱりゲームの話。


 元カノとも、恵はこうして手を繋いでいたんだろうか。

 表向きは笑顔で恵と話しながら、私は思った。


 誰よりも恵の傍にいたはずなのに、なんで元カノは三股なんてかけたんだろう。

 子どもみたいにキラキラ目を輝かせて、一生懸命好きなゲームのことを話す恵を、どうして裏切れたんだろう。


 許せないな、と思って、そんな自分に困惑した。


 私はただのハーディの札なのに。

 彼女でもないのに『許せない』なんて、おこがましいのかな。


 ううん、私と恵はゲーム友達だもの。

 私だって怒る権利くらいはあるはずだよね?


「――くしゅんっ」

 話している途中で、くしゃみが出た。


「あ、ごめん、気が付かなくて。寒いよな。そんな薄いパーカーじゃ」

 ぶるりと身を震わせたのが繋いだ手から伝わったらしく、恵は手を離し、首まで上げていたパーカーのファスナーを下ろした。


「着て」

 黒のラインが十字に入った白シャツ姿になった恵が、脱いだパーカーを差し出してくる。


「え。いや、いいよ。恵が寒いでしょ。風邪引いちゃうよ」

「いいんだよ。おれより萌が風邪を引いたら困る。ほら」

 手の中にパーカーを押しつけられた。


「でも……」

「いいから」

「……。じゃあ、ありがたくお借りします」

「うん」

 私はパーカーを羽織った。

 ためらいを振り切って、ファスナーを上げる。


 当たり前だけど、ぶかぶかだ。全然サイズが違う。

 袖が余って、指先しか見えない。

 まだ残る恵の体温がパーカーを通して身体中にじんわり広がって、私の頬まで熱くした。


「温かい?」

「うん。温かい。ありがとう」

「どういたしまして。多分あと五分くらいで着く。行こう」

 再び恵が左手を伸ばしてきたので、私はその手を握った。


 知らないうちに微笑みが浮かぶ。


 くしゃみをしたとき、「帰れ」って言われたらどうしようかと思ったけど、恵はパーカーを譲ってまで、私を連れて行くことを選択してくれた。


 強引についてきた私のこと、迷惑だとは思ってないみたいだ。


「へへっ」

 変なの。

 ただそれだけのことが、物凄く嬉しいなんて。


「何。なんで笑ってんの」

「なんでもない」

 歩きながら、私は恵の手を握り締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る