12:可愛い友達

「中学のときにはそれなりに仲が良い子がいたのよ。でも、あの子も私から離れていったわ。当時は理由がわからなくて泣いたけれど、他の子に『あんたは私の引き立て役だ』みたいなことを吹き込まれたんだって、後から知ったわ。でもね、その頃にはどうでも良くなってた。面倒くさかったのよ。煩わしい人間関係も、私に関する根も葉もない噂も、何もかもが」

 江藤さんは俯き加減に喋り続ける。


 ……そんなことがあったんだ……。

 私は口元を引き結んだ。


 江藤さんは美少女であるが故に、悩みを抱え、苦しんできたのだ。


「だから吹っ切ることにしたの。勘違いしないでね、私は自ら選んで孤立したのよ。現状になんの不満もないわ。ええそうよ。本を開くことでしか休み時間を乗り切れなくても問題ないの。下校中に夕陽を見て『今日は一言も喋らなかったな』なんてたそがれることにも慣れたわ」

 ん?

 なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?


 江藤さんはだんだんと早口になるに伴い、顔を下げていく。


「家族しか連絡する相手がいなくても久々にメールがきたと思えば携帯料金のお知らせでも体育教師の気まぐれによる『二人組作って』のフレーズにメンタルを蜂の巣にされても別に悲しくなんてないんだからええ全然全く問題なんて……!」

「わ、わかった! わかったからそれ以上言わないで!」

 顔を覆ってまくしたてる江藤さんの姿にいたたまれなくなり、慌ててストップをかける。


「一人で寂しかったんだね」

 震えている彼女の肩を同情混じりに叩くと、江藤さんは手を離し、顔を跳ね上げた。


 その顔には涙の痕があったけれど、彼女は髪を払い、ふんぞり返って気丈に言い放った。


「そんなわけないでしょう。寂しくなんてないわよ、ええ、ちっとも。いまさら友達なんて面倒くさいだけだし、欲しいと思っ――」

「私が友達に立候補したらだめ?」

「――ったことなんて……なん……て……」

 江藤さんは髪を払ったポーズのまま、ゆっくりと言葉の速度を落としていった。


 手を下ろし、真顔で尋ねてくる。


「……本気?」

「本気」

 にこにこしながら見つめていると、江藤さんは。

 だーっと、例の、滝のような涙を流し、急いで目を擦って証拠隠滅を図った。

 そして、顔を背けたまま言う。


「……じゃあ、明日だけじゃなく、あさってもお昼は私とご飯を食べるのよ」

「うん」

「あさってもしあさっても、学年が変わるまでずっと、ずーっとよ?」

「うん」

「……いまさら嘘でしたとかドッキリでしたとか言っても聞かないからね!?」

「うん」

 がばっという擬音がつきそうな勢いで顔をこちらに向けた江藤さんに、これまでと変わらない調子で相槌を打つ。


 すると江藤さんは目を逸らし、顔を朱に染めた。


「そう……じゃあ……あの……ええと……よ、よろしく? 山科さん……じゃない、萌」

 きょとんとすると、江藤さんは不満げな顔をした。


「何よ。友達なんだから萌でいいでしょう?」

「うん。芹那」

「! え、ええ、受けて立ったわね!? そうよ、それでいいのよ萌!」

 江藤さん――もとい、芹那は興奮気味に大きく頷いた。


「再来週のオリエンテーション、私と同じ班になってよね!」


「私もそう願いたいけど、多分出席番号順で班が組まれると思う」

 私は冷静な意見を述べた。

「…………」

 たちまち、芹那がしゅんとなって項垂れる。


「……もしそうなっても、自由時間は一緒に行動しようよ」

「! ええ、いいわ!」

 空腹時にお菓子を見せられた子供のように、芹那の顔が跳ね上がって輝くのを見て、私は堪らず吹き出した。


「な、何で笑うのよ!?」

 芹那が真っ赤になって抗議してくる。

「だって……」

 私はお腹と口元を押さえて肩を震わせた。


 やだもう、本当この子、可愛すぎる。

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