08:ハーディの札
『山科さんって好きな人とかいるの』
「…………へっ?」
突然赤石くんに聞かれて、思考が停止した。
唖然としてパソコンの中のルビーを見つめる。
ルビーはただ座っているだけで、微動だにしない。
「なに、どうしたの、急に」
私は目をぱちくりしながら聞いた。
『おお、出会った初日で一目惚れ? やるぅ』
『黙ってろ』
青葉くんがぴしゃりと言って、風間くんの口を封じてくれた。
『いや。もしいないなら、彼女のフリをしてくれたらありがたいなと思って』
「ああ、なるほど」
彼女持ちというステータスがあれば、近づこうとする女子はぐんと減る。
「ハーディの札よろしく、女子を退散させるために彼女のフリをしてほしいってことね?」
ハーディの札は、とあるRPGに出てくる女子除けの札だ。
装備していると街中で女性キャラが近づいてこなくなるという、なんともマニアックな効果を発揮するため、ゲーム好きの間ではネタになっていた。
『そう。もちろん嫌なら断ってくれて構わないけど。どう?』
『お前は本当にコミュニケーション下手だよなあ』
青葉くんに黙れと言われたはずの風間くんが割って入ってきた。呆れ声で。
『何だよ。おれはいま山科さんに質問してるんであって、祐基の意見なんて聞いてないんだけど。頼んでるだけで強制なんてしてないし、嫌なら断っても良いって言ってるだろ』
ムッとしたらしく、赤石くんの声が険を帯びる。
『あのなあ』
風間くんはため息まじりに言った。
『いきなり彼女のフリをしてくれなんて言われて、はいそうですか、とはいかねえだろうが。恵は他の誰でもなく、山科さんに彼女のフリをして欲しいと思ったんだろ。その理由をまずは明かせ。口説く努力もせずに女が落ちると思うなよ』
「それはちょっと大げさだと思うけど……」
私は苦笑してから、赤石くんに呼びかけた。
「でも、一理あるよ。なんで私に頼むのか聞きたい」
少しの間があった。
言葉を探すような空白の時間を挟んで、赤石くんは静かに語り始める。
『……同じ高校に通うって知ったとき、本物のアリスに会ったら幻滅するかもしれないって、正直、不安だった』
耳に心地良い低音ボイスが、私の鼓膜を震わせる。
『でも、実際に会って言葉を交わしても、山科さんは人の良いアリスのイメージのまま変わらなかった。衆人環視の中、堂々と江藤さんを庇った姿を見て、この子なら信頼できそうだと思った。どんな状況に置かれても自分の正義を貫ける、強い子だと。おれはあのとき感動した。あの姿を見て、山科さんが味方になってくれたら心強いなって……そう思ったんだ』
照れるのか、気まずそうに、赤石くんが言った。
『つまり、萌ちゃんじゃなきゃ嫌なんだな?』
からかうような調子で、風間くん。
『……まあ、そういうこと』
渋々ながら、赤石くんが認めた。
「おお……」
彼女のフリとはいえ、私じゃなきゃ嫌だなんて……なんか照れるな。
私は両手で頬を押さえ、揉んだ。
わずかに熱くなっている。
『ほら、感動してるだろ?』
風間くんがドヤ顔をしている気がする。
『面と向かって伝えたらもっと感動してくれただろうに。なんでボイスチャットで言うかねえ』
『うるさい。面と向かって、なんて、恥ずかしくて言えるか』
『やーいヘタレー』
『なっ』
『で、どうするの、萌ちゃん。恵は彼女役に
風間くんに怒ろうとしていた赤石くんが言葉を飲み込んだ気配がする。
多分、彼はじっと私の声に耳を傾けているのだろう。
「……私で良かったら」
私ははにかみながら言った。
『キター!』
拍手の音が聞こえた。もちろん、拍手しているのは風間くんだ。
『だから茶化すなって』
辟易した声で、青葉くん。
『いいの?』
と、赤石くんが尋ねてきた。
「うん。本当に彼女になるわけじゃなくて、フリだし。構わないよ」
お互いに好きな人ができたら破局したってことにすればいいだろう。
『ありがとう。助かるよ。もし彼女のふりをすることで他の女子たちに何か言われるようなことがあれば、すぐに教えて。おれが責任をもって対処するから』
「わかった。私も準備はしとくね」
『準備?』
風間くんがオウム返しに尋ねてきた。
「うん。私が彼女になるっていうなら、女子が納得する理由がいると思うの。その準備」
私と赤石くんじゃ月とすっぽんもいいところだ。
不釣り合いだと陰口を叩く女子もいるだろう。
でも、幸い、私も赤石くんも度を超したゲーム好き。
その面で女子から「赤石くんの彼女は私しかいない」と思わせればいい。
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