02:ネットゲームの向こう側(2)
『イベントも終わったし、そろそろ落ちるね』
と、紅葉が言った。
『え、もう落ちちゃうの』
紅葉はこの中で最もログイン率が低く、滅多に会えない。
パソコンの時計を確認する。
現在時刻は夜の九時過ぎ。
紅葉がログインしてまだ一時間しか経ってないのにな。
『俺も落ちるわ。風呂入らなきゃ』
スノウは一番のお喋りで、プライベートなことでも割とあっさり言う。
スノウと紅葉とルビーが現実でも友達で、私と同学年だということを教えてくれたのも彼だ。
『そっか、残念だけど了解。二人とも、またね』
『うん、またね』
『またなー』
手を振るモーションをした後、紅葉とスノウがパーティから脱退し、消えた。
『ルビーはまだ遊んでて大丈夫?』
『うん。あと三時間くらいは』
日付が変わるまで遊ぶつもりなんだ。
さすがルビー。
彼女は私と同じ重度のゲーマーで、私がログインすると大抵はいる。
三人の中で私との付き合いは彼女が最も長く、深かった。
『良かった。どうしようか? 手伝えそうなクエストある?』
『なら月光の森の収集クエ手伝ってもらおうかな。あの森はアクティブモンスターだらけで、一人じゃちょっと大変だから』
『ガーネットウルフ十体とペダラ八匹倒すやつ?』
画面の右側に表示されているクエスト一覧に、思い当たるクエストがあった。
『そう。それ』
『私も受注してる。ちょうどいいや、一緒にやろう』
『じゃあついてきて』
長い黒髪を翻し、ルビーが走り出す。
私は追尾機能を使ってルビーの後を追った。
あとは目的地に着くまで放置で良い。
月光の森へ向かって突き進む二人の姿を眺めながら、パソコンの傍らに置いたお茶を一口飲み、私はキーボードを叩いた。
『私、明日高校の入学式なんだ』
オンラインゲーム上で個人情報を明かすのはタブーだけど、ルビーになら言える。
悪い人じゃないってことはもう十分にわかってるしね。
『私もだよ』
『そうなんだ。緊張しない?』
『する』
『だよねー。友達できるかなあ』
『できるよ。アリスは良い人だから』
『またまた。会ったこともないのに良い人かどうかなんてわかるわけないじゃない。良い人と見せかけて、実はすっごい悪人かもよ?』
『そんなことないよ。私が失恋したって言ったときも、踊ってみたり、景色の良いところに連れて行ったりしてくれた。あれ、結構癒された』
一年ほど前、ほぼ毎日ログインしていたルビーがぱったり来なかった時期がある。
二週間ほどして復帰した彼女から『付き合っていた人に三股かけられた挙句に振られた』という話を聞いた私は我がことのように怒り、あの手この手でどうにかルビーを励まそうと頑張った。
『友達が落ち込んでたら励ますのは当たり前のことだよ』
私は照れ隠しにそう打った。
『顔も知らない友達だけどね』
『いまの時代、そういう友達も全然アリでしょう』
話しているうちに、月光の森に着いた。
デフォルメされた芋虫が地面を這い、蝶に似たモンスターが空を舞う中、二人は森の奥へと進んでいく。
『でもオフ会とかあったら行きたいかも。リアルのルビーに会ってみたい。明日から通うのが同じ高校だったら面白いよね。私は』
私は
どこの学校に通うのか、なんて、さすがにプライベートに踏み込み過ぎだよね。
警戒されて距離を置かれるのが一番嫌だ。
『さすがにそんな奇跡は起きないんじゃない?』
『可能性としてはゼロじゃないよ。入学式も同じなわけだし』
私は逡巡した後、思い切って打ち込んだ。
『高校の名前教えてもらったらダメ?』
一分ほど空白の時間が流れた。
ルビーからの返事はない。
怒らせただろうか。
『ごめん、マナー違反だったよね。本当にごめん、忘れて』
焦りながら文字を打っていたとき、ルビーからのメッセージが流れてきた。
『アリスが教えてくれるなら教えてもいいよ』
『本当!?』
私は嬉々として返信した。
『私は霧波高校に通うの』
再び、ルビーは沈黙した。
そして数十秒の後、帰って来た言葉は。
『私も同じ学校なんだけど』
「嘘おおおおおおおお!!??」
私は椅子を蹴っ飛ばし、勢い良く立ち上がった。
全国に『霧波』という高校は一つしかないんだから、間違えようがない。
階下から「どうしたの」と母が聞き、隣室で妹が「お姉ちゃんうるさい」と苦情を言ったけれど、耳に入ってこない。
ずるり、と顔から黒縁眼鏡がずり落ちる。
机に置いた両手がわなわなと震える。
この二年近く、毎日のようにオンラインゲームで一緒に遊んできたルビーが、明日から私と同じ学校に通う……!?
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