第九話 おかえり ヘルモクラテス


    『 おかえり ヘルモクラテス 』


 

 ヘルモクラテスは 反抗期 (ヘイ!)


 感じわるい、あの時期 (ヘイ! ヘイ!) 


 誰とも口をきかない ナニサマな中坊 (ノーウェイ!)



 誰にでもくるぜ 反抗期 (ヘイ!)


 ヘンデルも ドビュッシーも (ヘイ! ヘイ!)


「ただいま」と「ありがとう」 忘れちまった あの時期 (ゴーウェイ!)




 反抗菌が 脳ミソ冒せば かあちゃんがキライになるよ


 誰でもかかるビョーキ 二十歳過ぎるとなおこじれるぜ (ちゅーひーひー!)




 ヘルモクラテスは 反抗期 (ヘイ!)


 不愉快な顔が武器 (ヘイ! ヘイ!)


 一人墓場で歌ってる アブナい中坊 (ノーウェイ!)



 ネズミにもくるぜ 反抗期 (ヘイ!)


 オコジョにも ハクビシンも (ヘイ! ヘイ!)


「飯くれ」と「うるせえ」しか言えない、この時期 (ゴーウェイ!)




 おかえり ヘルモクラテス バイバイ楽園


 ママのプレゼントは 花園に放り捨てた


 いまさらもう 戻れない 夢見るだけの季節



 笑えよ ヘルモクラテス 大人になれよ


 未来を恐がるなよ 人生が始まったよ


 今日からほら その手で 夢を叶えるんだろう




 <作詞作曲 ACORNどんぐり★JAPAN & ヘルモクラテス>





 アンコールの曲の余韻に、まだアンプがギンギン震えている。最高の気分だ。


 あちこちの木の梢や草むらの茂みの陰から 拍手に似た物音がする。

 観客たちの身動きする気配がして、また焼きたてのパンの香りが漂った。


 ドングリJAPANのメンバーと俺は、手を振ってステージを降りた。

 エルガーさんの歌は聴いてる体が燃えあがるような迫力だった。 

 ああ、今夜は楽しかったなあ。



 バスケットに山盛りのクロワッサンが届いた。

 ずんぐりした米俵みたいな生き物が、手押し車に乗せて来たんだ。


「うわ。うまそうだなあ」


「協賛してくれたパン屋からの差し入れだ。へるピョンも食えよ」


 俺はメンバーから、へるピョンと呼ばれるようになっていた。

 野ネズミたちは自分と同じ大きさのクロワッサンを一瞬で食べてしまう。

 俺もひとつ口にいれた。バターの香りがふわりと甘く、焼きたての小麦の風味が豊かだった。生地に混ぜ込まれた木の実がコリコリと香ばしい。


「うわあ。このパン、すげえ美味しいなあ」


 俺が思わずつぶやくと。


「美味しいですかあー? 今日のクロワッサンはドングリ入りなんですようー!」


「へえ。ドングリかあ……」


 米俵がうれしそうに鼻面を寄せてきたんで、俺は息を引いて後退る。


「カピバラだ! カピバラがしゃべった!」


「いまさら、なに驚いてんだよ!」


 メンバーたちが腹を抱えて笑っている。



 ――ここって、どこなんだっけ?



「すばピョン! 超良かったよー!」


 興奮した妹が両手を広げて飛びついて来た。


「うわ! ゾンビ! なぜ、ここに!」


「誰がゾンビだ!」


 襲いかかるゾンビのえりを、噺家はなしかみたいな変な和装男子がつかんで捻って脇に転がす。すごい技だ。目が合うと、親しげな頬笑みが返ってきた。


「わたくしがお連れしたんです。はじめまして。雪ノ下ゆきのしたと申します。つぼみさんのカウンセリングをさせて頂いております」


「あ、どうも! つぼみの兄の、津雲つくもすばるッス」


「昴さんがお一人でこちらに入っていかれたので、つぼみさんが心配されまして、わたくしに相談されたんですよ」


 自分の頬が朱くなるのがわかった。


「すみません。うちの妹が迷惑かけて。てか俺ッスね」


「いえいえ。わたくし、もともと、このライヴを聴きに来る予定だったものですから。どうぞお気遣いなく」


 ――何者だ。この人。

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