第88話 出て行け、渚沙 2

 シャンタムの団体の代表者アディたちがこんな心の狭い人々だったとは――。


 大勢の前で出て行けといわれながら渚沙は呆れており、妙に平然としていた。渚沙は「わかりました」とアディに返事をすると、少しも動揺せずにその場を去った。自分でも不思議なくらいだ。


 純粋な気持ちで、震災で打ちのめされている日本のために奉仕をする機会が欲しかっただけなのに。自分がそれほど知られている存在だとは思っていなかった。

 アディは、渚沙がシャンタムの信奉者たちを、ナータのところへ奪っていくとでも思ったのだろうか? 過去の数々の事件と出来事のせいで、スピリチュアル系日本人には来て欲しくないと普段から思っている渚沙が望むことではない。をしている多くの浮ついた輩とは違い、正統派の聖者ナータについて健全に活動している彼らには敬意を抱いていた。ゆえに、彼らがナータのところに来る必要は全くないし、もし、彼らがナータの元にぞろぞろとやって来たとしたら、その他のおかしな連中が一緒にくっついてくることが目に見えている。渚沙にそんな野望はない。


 シャンタム・ボランティアセンターを出て駅に向かいながら、渚沙は不敵な笑みを浮かべた。渚沙はトラタ共和国のいたずらな二人の生き神のゲームに参加させられている自分に気付いていたからだ。

 いかにもあの二人らしい。ちょっとハードだが、実はこういうゲームは初めてではない。過去二十年の間に何度も経験している。このくらいのことで参っていたら、一日たりともナータやシャンタムのところにはいられない。

 おそらく、おとなしくしていた渚沙の存在を知らしめるために、アディは大声を上げなければならなかったのではないか。生き神たちの意志で。その目的は渚沙が更新しているナータの言葉、日本に対する警告をもっと多くの人たちに伝えるためだろう。


 アディは、全国に百箇所以上あるシャンタム・ボランティアセンターに渚沙の出入りを禁止したようだ。縁があったのは日本本部のこのセンターだけだったし、別のセンターに顔を出そうとは微塵も思わない。そんなことをすれば、余計にナータや渚沙のことが目立って、SNSを覗きにくる人たちが増えるだろう。アディにはそんなこともわからないのだろうか。どんな形でも、ナータの警告が伝わればいいのだ。



 さあ、これから私はどこへ行くのでしょう? 渚沙は相変わらず平然としながら自らに問うた。雪子から滞在先を変えて欲しいと頼まれていたので、すぐになんとかしなくてはならない。


 右膝が痛んでびっこをひき始めた渚沙は、やっと駅に辿り着いてとりあえず電車に乗った。そして、ナータのところにたまにやって来る、都心に近いJ町に住む川西かわにしメグミのことを思い出した。乗換駅の渋谷で彼女に電話してみると、渚沙が帰国していたことにまず驚いていたが、「狭いけれど、どうぞ泊まってください」とすぐに返事をくれた。

 東京は路線が複雑でまったく分からない。秘書時代、自分の行動範囲であったというのに、今では毎回迷うくらいさらに複雑に変化している。行き方を聞いてみると、メグミの住まいは、なんと雪子の住んでいる町のM駅からたった三駅隣にあったのだ。


 その日、三月十三日は日曜日で、雪子のマンションに戻れば、雪子と晴臣の両者と顔を合わせなければならない。渚沙のほうはケロリとしているが、雪子に気まずい思いをさせてしまうだろうと考え、その足で直接メグミのアパートに向かうことにした。翌日の月曜日に、雪子と晴臣は通常通り出勤するというので、留守中に雪子のマンションに必要な荷物を取りに行くことに決まった。大きなスーツケースは雪子が送ってくれるという。足を痛めていたので非常に助かる。雪子はいつものように親切にメールで応対してくれ、好きな時間にとりに来て鍵を指定の場所に置いて行ってくれればいいから、と伝えてきた。それでその日、渚沙はそのままメグミが住んでいるJ町の駅で降りた。

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