第6章 予兆
第65話 事件発生 その1
渚沙が現地で作成しているナータの公式サイトのドメインは、もともと吉澤フミたちがだいぶ前に所有していたものだった。
渚沙が公式サイトを管理するまでは、渚沙が現地の情報を頻繁に日記の形式で更新していたフリーサイトを見て、人々はコメントを送ってきたり、ナータに会いに行きたいと問い合わせてきたりしたした。
日本人が、フミたちが管理しているサイトを見たという話は一度も聞いたことがなかった。内容がなく、ページ数が少なく、見た目も地味で冴えないせいだろう。そんな状態で、更新もされずに長年放置されていたのだ。
当初のサイトの管理者はフミの秘書、小室比呂子だ。彼女の怠惰な性格と無責任さ云々いう以前に、ナータに会いに来てもろくに英語もできず、情弱なフミたちが、ナータの公式サイトを運営することは不可能だろう。
ある時、寺院のスタッフから、更新されずに放置されているナータに関する各国のサイトはちゃんと更新するか削除するようにお願いしようという話になった。
渚沙は小室比呂子に連絡をとり、当てはなかったがとりあえず私が引き継ぎましょうか、と提案した。すると、フミたちは渚沙の申し出にすがるように感謝し「是非、お願いします」と即答してきたのである。
こうして、フミたちはサイトを放棄し、渚沙が受け継いだ。幸い、すぐに奉仕で協力してくれるというウェブデザイナーが見つかり、完全に新しいサイトに生まれ変わった。
二〇〇九年頃、フミが三、四人の弟子たちと共に、パチンコ屋を経営しているという女をトラタ共和国に連れて来た。山梨県在住、
七十代になったフミは、それまでの数年間はずっと大人しくしており、目立った問題行動を見聞きすることはなかった。それで、寺院のスタッフとして渚沙もフミたちと普通に接するようになっていたので、幾分組織づくりの手伝いをしようと考えた。
渚沙は、まず彼らがナータのために作る組織のウェブサイトを作ることを提案し、よろしければ手伝いましょうと伝えた。そして、渚沙が管理していた公式サイトと同じサーバーのアカウント内で、もうひとつ彼らの新組織のための新サイトを作ることに同意した。金村千佐子が喜んで全維持費を払うというので、彼女が書類上でドメインも含める両サイトのオーナーになった。
二〇一〇年の梅雨時。渚沙が日本に一時帰国していた時のこと。公式サイトのオーナー引継ぎの手続きをし終わるや、フミと金村千佐子が豹変した。
なんと、今まで渚沙がウェブデザイナーの協力を得て作っていた公式サイトは、自分たちのものだといい始めたのだ。標準程度の倫理観や理性さえないのかと呆気にとられた。フミの中で眠っていた妖怪がまた顔を出してしまったらしい。フミは、やはり狂っていたのだ。
狡賢でカルトのような輩に、ナータの公式サイトなど渡すわけにはいかない――と渚沙は内心焦った。しかし、まるでやくざを相手にしているようで、取り戻すことは不可能だった。
最初は、フミたちは、公式サイトを奪い取るつもりはなかったのかもしれない。しかし、渚沙が協力の手を差し伸べたにも関わらず、既に出来上がっていた公式サイトが突如欲しくなってしまったのだろう。それというのも、渚沙が管理するようになると人々がそのサイトをよく閲覧していたからだ。さらに、ウェブデザイナーのセンスがよく、魅力的だったからだろう。フミがサイトをのっとった事件を知り、公式サイトを見た人々は「これは欲しくなるわ」と溜め息をついた。
サイトが強奪された時、フミは金村千佐子を連れて海外に行っていた。どこの国かは尋ねなかった。その目的は、いつもの大金を費やすだけの下手なビジネスのためか、過去の「カルマ」を解消しに、過去生で縁のある地を訪れるとかいうくだらない妄想旅行のためのどちらかだ。ナータにいわせてもまったく無意味だという、スピリチュアル系の間で流行っているらしいこの「カルマの解消旅行」を、フミたちは本当に実行していたという。狂人とその狂人に振り回される人々の愚かさには、ただただ呆れるばかりである。
フミは金村千佐子に命令し、旅先のホテルの部屋から渚沙宛に携帯メールを打たせており、渚沙のほうはパソコンを使って返答していた。金村千佐子本人の意思らしき文面もあったが、途中でフミの
さらに、妖怪フミはこのやりとりの真っ最中に、日本にいる小室比呂子に連絡して命令し、トラタ共和国のナータの寺院にクレームをつけていた。驚いたことに、「渚沙がフミのサイトを自分のものだといい張っている」と嘘を吐いたのだ。そんなことは一言もメールに書いていない。実際には、狡猾で暴力的な狂人たちをこの時点で正すのは不可能だと信じて疑わなかった渚沙は、あっさりと身を引いたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます