番外編 超純愛系 その1

 後世にわたり、神話として語り継がれるであろう生き神との特別な体験であるにもかかわらず、何度行っても悲惨な仮面旅行だったが、ナータが渚沙の胸をわずかにときめかせたことが二度あった。


 一度目は、隣州の歴史ある寺院の構内をみんなで探索している時だった。ナータが渚沙に寄り添って歩いてくれたのだ。一分と続かなかったけれど、人混みではなかったし、偶然ではない。

 ナータが人を祝福するために、頭に触れたり、肩に手を置いたりすることはよくあるが、意味もなく、触れるほど人に近づくことはない。それ以前に、ナータの周囲で『偶然』は起こり得ないことは、日々のみんなの経験から周知の事実なのだ。


 短い時間だったが、ナータが、「渚沙の気持ちを忘れていないよ、私も愛しているよ」といっているように感じられた。一途に自分を愛し、結婚を待つ渚沙への配慮なのだろうか?


 じつはこれまでに、何人かの日本人が不思議なことを渚沙に漏らしている。


 シャンタムしか知らなかった頃、バイト先の仲の良かった女子社員から「渚沙ちゃんなら、シャンタムと結婚できる気がする。他の日本人じゃダメだけど」といわれたのだ。

 何の根拠もなく、彼女は単純にそう感じたらしい。

 なんでそう思うのかちゃんと訊いておけば良かった。だって、私の性格って特別いいわけでもないし、美女でもない。なんの特殊能力もない。相手は超有名な生き神、世界のシャンタムなのに。だいたい年齢差を考えてよ。四十五も年上だ。どういうことなのか?


 また、夫婦でナータをよく訪れていた小笠原氏は、ある時こう口走った。

「ナータは誰かのことを好きになったりしないのかな。人間みたいに。たとえば……」 

 彼は深刻な顔で考え込み、渚沙に視線を移した。ナータが渚沙に特別な愛情を持っているように感じたらしい。渚沙には信じ難かった。


 数年後。

「まだ君はここにいるのか。結婚もしないで」大阪の弁護士は、ナータの寺院にやって来ると、ふうむといいながらあごに手を当てて渚沙を眺めた。

 そしてこういった。「いいかもしれない。君とナータはなかなかお似合いだ」

 結婚を意味しているように聞こえるが、弁護士には、ナータへの想いについて一度も話したことがない。それにしても、いったいどの辺りがお似合いなのだろう。肌の色、人種も違い、ナータの隣に並んでも絶対チグハグなはずだ。

 

 こうして、渚沙自身がまったく感じられないことを母国の人々から吐露され、嬉しくないわけではないが同時に戸惑った。

 普段、ナータは渚沙に対してとても厳しいので実感できないが、超清潔で純愛な恋人同士といえるのだろうか? デートもしたことないけれど。


 昔、風間杜夫かざまもりおと堀ちえみが主演していた「スチュワーデス物語」という人気ドラマがあった。二人は教官と訓練生という師弟関係にありながら、お互いに惹かれていた。

 ナータと渚沙の関係もそれに近いのかもしれない。多分ドラマ以上のプラトニックさだけど。指一本触れてくれない彼氏というか婚約者というか……。

 触れて欲しいという気持ちはあっても、どこかで男性を恐れている男嫌いの渚沙にとって、それは救いでもあり、ナータに対する絶対的な信頼の証にもなっている。日本での秘書時代に人間不信、社会不信で絶望したのもその点だった。


 最近になって、ナータは渚沙の男嫌いについて、渚沙から露骨に拒まれている西洋人男性の前でその訳を明かした。

「ナギサは昔、ことがあるのだよ。昔といっても、今生ではなく、過去の人生でだが。だからナギサはこんなふうなのだ」


 ……初耳だ。なんでもっと早く教えてくれなかったの、ナータ。あまりにもひどい男嫌いだから、みんなが私のことを変な奴って思ってるよ。なのに寄ってくるのが後を絶たないから不思議だけど。馬鹿だね、男どもは本当に。

 それにしても、いったいどのじいさんなのか。血縁関係のあるじいさんだったら最悪じゃない。それとも赤の他人のじいさん? どっちも気持ち悪すぎる。

 私は、今回の人生でその人と出会っているのかな。因縁が深そうだからその可能性が高いよね。もしやあの人? いや、この人かもしれない。何人か思い当たるけど、聞いてもナータは教えてくれないだろうな――そんなふうに逡巡しゅんじゅんしたが、渚沙はナータには何も尋ねないままでいる。どう考えても知らないほうがいい。


 渚沙が、身の固い男性や清らかすぎる生き神たちに惹かれてきたのも、どうやらその過去に起因するようだ。


 おそらく生き神に性欲はない。精神面に関しては超人でも、肉体はこの世のルールに従わせ、普通の人間と変わりないらしい。それに関して、「体が生理反応を示しても生き神たちは無視する」とナータが表現していた。


 ごく最近、神は超純粋、けがれなき性質なので、赤ちゃんや小さな子供のような精神状態に近いのではないかと渚沙は気づいた。赤ちゃんや小さな子はセックスについて考えたりしない。その点で、生き神も同じなのだと思う。

「子供は神」とナータはいうが、子供の純粋さが神のそれに等しいからだろう。


 今でも人気のある五千年前の生き神は、多くの牛飼いの女たちと肉体的関係を持ったと伝えられているが、ナータは、人間が自分の願望のために歪めた話だと説明している。

 一番のお気に入りだったとされる恋人や女性たちと一緒にいるその生き神は、常に二十歳くらいの美しい青年の姿で描かれている。

 しかし、ナータによると、牛飼いの女性たちと遊んでいた時期は、生き神が八歳から十二歳の間で、子供の頃だ。しかも、お気に入りの恋人と信じられている女性を含めみんな既婚者で、ばかりだったそうだ。人間の妄想はなんて勝手なのか。


 ナータを見ても得心がいく。彼の身近にいる女性は、渚沙以外はみんないいばかりなのだ。その渚沙も見た目は若いが、今や子供がいてもおかしくない年齢になりおばさんに違いない。いまだ未婚で頭にくるけど仕方ない。ちなみに、弟夫婦の一人娘には「渚沙姉ちゃん」と呼ばせて自己満足している。


 さて、より近くでナータに仕えることが常に許されている人は男性のみ。一時的であれば、たいてい太り気味の既婚女性や老女が許可され、性的な関係を想像するのが非常に困難なのだ。例の女相撲取りのような料理係がそうだったように。生き神の人事はその点においてきちんと配慮されているようだ。

 

 もしや昔、彼女たちと過去の生き神の間でこんなやりとりがあったのではないか。


「次の人生で、あなたの近くであなたのために働かせてください」

「私よりも年上の既婚者でもよいか」

 秘書や婚約者、他の美味しいポストはもう予約確定済みだからだ。

「もちろんかまいません。あなたのそばにいられるなら……」その人は無思慮に飛びついてしまう。

「わかった。その願い、祝福してしんぜよう」生き神は、保障付きで約束する意味を込め、両手を掲げて見せた。


 ――冗談抜きであり得る話だと渚沙は睨んでいる。

 神話には、神が人の無茶な願望を聞き入れるエピソードが頻繁に出てくる。神はそれらを祝福するが、その実現の仕方がけっこう痛い。実現後に神も被害を被りどうしようもなくなって、他の神に助けを求めたりするから目も当てられない。

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