第49話 自分の意思のない人々

 渚沙は北海道から東京へ飛び、トラタ共和国に戻る前に、約束通りフミの弟子ふたりに会った。いずれにしろ、トラタ共和国へは成田空港から出航しなければならなず、いつも一週間ばかり関東の旧友の家に泊っているのだ。


 フミの弟子たちは、医療関係施設で働いたり主婦をしていたりする三十代くらいの女性だった。

 ふたりとも、フミたちと一緒にナータの寺院に来たことがあるという。多分、一番大人数おおにんずうで来ていた頃だろう。グループだと、ひとりひとりの顔をいちいち観察しないので、渚沙のほうはまったく覚えていないが、あちらは渚沙のことをすぐに認識した。

  

 東京の下町の小さな甘味処かんみどころで甘いものを口にしながら、三人でとりとめのない話をしていた。

 ふと渚沙は、「トラタ共和国にはまたいらっしゃらないのですか?」と、ふたりに尋ねた。

 すると、ひとりが「フミさんからお声がかからないので」といった。

 それを聞いて、渚沙はぐらりと頭が揺らいだ気がした。

 もうひとりも、そうなんですよ、とうなずいている。


 自分が行きたければ、ひとりででもふたりででも行くことはできないのだろうか。ふたりは極普通の人たちに見えたが、フミからコントロールされている洗脳された人々なのだ。

  

 どちらかが渚沙にこういった。

「あなた、変わりましたね。良いほうに」

 突然、上から物をいうトーンになったので、渚沙の目が点になってしまった。

 つまり、昔は悪かったということらしい。まあそんなに自分の性格がいいとは思っていないけれど。


 それにしても、だ――。言葉を交わしたことがない、接したことがない人に対して、なぜあなたは変わったといえるのだろう。

 渚沙が、今笑顔で接しているからそんなことをいうのか。たしかに昔は、人を利用し、地獄部屋で陰湿なことをするフミたちを笑顔で見ることはとてもできなかった。普通の人間だったらそうではないのか。だからといってにらみつけたりもしていない。なるべく顔を合わせないように、十分距離を置いていたのだ。

 どうやら、彼女らはフミから渚沙の悪口をたっぷり聞かされていたようだ。牧田聖子もいっていた。地獄部屋の説教の時間に、フミが渚沙や他人の悪口をいうのは恒例だったと。フミのことなので、まったく気にはならなかったが。


「それはありがたいことです」と渚沙は一応返事をしておいた。

 ふたりの女弟子は、自分たちが不健全なスピリチュアルグループに属しているとはまったく認識していないようだ。フミには、ひとりの人間として敬意を払える面もあり一目置いているが、グルとしては、未だに受け入れられない。それは未来永劫ないことだ。渚沙が自分で変わったと思えるところはない。

 

 それはともかく、この東京の面会で、フミは弟子たちに自由を与えず、また弟子以外の者たちに対しても、フミの了解がなければトラタ共和国に行ってはいけない、聖者たちに会いにいってはいけないと信じ込ませていることがわかった。やはりフミの中の怪物は眠っていないのだ。

  

 そういえば、フミのグループが動くとき、フミ自身は毎回必ずトラタ共和国にやって来る。絶対に、彼女なしでは誰もナータに会いに来たことがない。

 美容師の事件以来、前科者の秘書小室比呂子や「格の高い弟子」数人のみが同伴し、一番精神治療を必要としている重病人たちが聖者たちのところを訪れることは、理にかなっているとも思える。そしてたしかに、他人を騙し、自分の弟子にしようと試みることはやめた。現地のボランティアにも積極的に参加していることから以前よりも、フミたちはまともに見えたが……。

  

 にもかかわらず、時々内部かられてくる内弁慶うちべんけいのフミの支配的な偽グルの振る舞いとエゴは、少なからず他の日本人たちにとって有害なのではないかと渚沙は考えた。なんとか数人の弟子たちだけでも、フミの洗脳から救えないだろうか――渚沙はあることを思いついた。

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