第43話 元国際線CAのとんでも誤訳
自称聖人フミのボランティア秘書小室比呂子。種類は異なるが、彼女もまた、自分のボスに負けず劣らずの問題児だ。
彼女がフミと共にナータの寺院に滞在中、ナータの前や様々な場面で英語の会話をよく理解できずに
たとえば、こんなことがあった。
「渚沙が、あるドイツ人を誘惑して肉体関係を持ったために、彼の妻が自国で泣いている」と小室比呂子が誤訳していたことがわかった。
実際は、自営業を営むそのドイツ人訪問者の妻が、ドイツで難解な仕事の対処に独りで追われて嘆いているという話をナータがしていたのである。
トラタ共和国に滞在中の夫のほうは、少し前に渚沙にちょっかいを出そうとしていた。その話も同時に、みんなの前でナータと渚沙から暴露されてしまったのだ。
この時の小室比呂子の誤訳は、なんと十年以上経ち、フミが渚沙に向って上から目線で「あなたが彼と何をしていたか知っているのよ。奥さんが泣いてたっていうじゃない。黙っていてあげるけど」と口にしたので判明した。
フミは、自分は何でも知っている、誰のことでもお見通しだと大口を叩く割に、たいていの事柄に情弱だ。渚沙の男嫌いはトレードマークといってもいい。小中高の旧友全員が未だに忘れていないし、渚沙に目をつけ近づこうとする西洋人の男どもが、渚沙から容赦無しに痛々しく
たとえ好きでも、他人の夫とどうにかなることは渚沙に限ってありえない。尻軽な連中と一緒にしないでほしい。あなたたちの周りには普通にいるんだろうけれど、とフミたちにいいたかった。
だが相手は、いっても仕方のない重病人、自称全知全能のフミと英語力ゼロの
フミは同じ調子で、ナータが自分だけに重要な話をすべて打ち明けていると主張した。しかし、ナータがフミたちにする話の内容は当たり障りのない、他の訪問者でも知っている事務的なものだけだ。
じつは、日頃からナータが大人の問題児たちに使う手段のひとつなのだが、個別の精神治療の時間には、子供相手のレベルの冗談が九割を占める。本人たちは、ナータから気に入られているのでお茶に呼ばれた、くらいにしか思っていない。
ナータは、フミのグループメンバーやフミの秘書がいる中、特別にフミに対して日本語を使って笑わせ、子供にするようにお菓子や果物をたっぷりあげる。そうやって、フミの暗い心の歪みに光を当て、硬いエゴの石を必要最小限溶かすのだ。緊急精神治療には、その方法が一番効力を発していた。
ナータと会った時だけは、フミの引きつり顔も即自然な笑顔になるからさすがだ。それだけでなく、グループ全体の
それを壊すのはいつもフミだ。数週間するとまたエゴがむくりと顔を出し、自称グルは暴れ出す。弟子たちは簡単にフミに洗脳されるので、また陰湿なカルトグループに逆戻りしてしまう。
そんな時、ナータによって別の精神治療が行われる。フミがトラタ共和国にいるかいないかは関係ない。今度は「げんごつギフト」というエゴ崩しのショック療法が施される。
ナータは、重病人には長期戦で治療を行う。いくら生き神でも魔法のように人間を変えることはしない。できてもしないのだ。なぜなら、すべての人が自分で努力して自己変革をしなければいけないからだ。生き神は、彼に依存したがる怠け者に努力させるのである。
「神は
ナータのこの言葉から、神が人間にどんなことを望んでいるかがわかる。現地の貧困者への奉仕活動も同じ方針で実施されている。ナータは、単に人々の生活が楽になるように、お金を与えるようなことはしない。貧困者が自立できるようなサポートを常に心がけているのだ。
余談だが、ナータから日本の生活保護費について尋ねられたことがある。
「トラタ共和国では、貧困者に幾らかの補助金を出している。生活に最低限必要なちょっとした物を買える程度の額だ。政府は人々を怠け者にしたくないからね。日本ではどうなっているのか」
渚沙は、知っている生活保護受給者の顔を思い浮かべながら短めに答えた。働けるのに、他人の税金で遊び暮らしている人たちがいると。それに対し、ナータは特に何も言及しなかったが、その前のセリフから日本のやり方には明らかに賛成していないことがわかる。彼は日本の現状を承知しているから渚沙に敢えて訊いたのだ。渚沙はこの話をSNSで公開した。
さて、フミたちがナータの寺院に来るようになって何度目のことだったか、彼らの常習的奇異な行動に関連するルール、マナー違反について改めるように渚沙が伝えたことがあった。それまでに、ナータやボランティアたちから繰り返し指摘されたことだったのだ。彼らの反応は驚くほど反抗的で横柄だった。時に、永住者がルール・マナー違反者に話をしなければいけないことがあるが、西洋人や他の日本人の場合、みんな素直に謝る。
自分が偉大な人物だと主張したがる人間というのは、精神性の優れた人や偉人たちが非常に謙虚であることを知らないのだ。
渚沙は、ナータから「日本人の振る舞いには、あなたに責任がある」といわれていたのだが、フミたちに関しては手に負えない重症患者の集団として距離を置き、ナータに任せるしかなかった。
ある日、フミが数人の弟子たちと共に二人の新顔を連れて来た。先の理由で、渚沙が自分からフミのグループのメンバーに近づくことはないのだが、数日後、新顔のうちの一人が半べそをかきながら渚沙に話を聞いて欲しいと、相談してきた。
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