第46話 崩

 欲張りだとコラッドが笑うような気がする。あいつは前にも僕が弱くなったと喜ぶようなところがあった。もう笑うことはないのだろうけど、きっと笑ったに違いない。


「もう、これであのいまいましい光を受けることはない」


 コラッドの頭部をつきつけて、エイジが僕に言ったのはそんなセリフだった。コラッドの死をつきつけられた僕は、コラッドが死の間際にエイジを騙しおおせたという事を知ったのである。それはもちろん、力の差を考えるとミルティーレアではなくてコラッドがフェニックスを召喚するのが正しい行いだという先入観があるからだった。

 しかし、コラッドはミルティーレアにフェニックスを召喚させることを選んだ。この選択を、エイジは理解することができなかったのだろう。


「愛と欲の違いというのが分からないんだ」


 声に出してもまだ分からなかった。僕は最適解の外で刀を構えている。最適解は刀を置き去りにして棒を拾いにいけと言っていたはずだったけど、僕は刀に拘った。拘りを愛と表現し、結果を欲だと決めつけた。そして、欲が満たされた僕は生に対しての執着を失いつつある。


 黒竜王エイジの顎は僕をかみ砕こうとしている。棒があれば逃れることは可能だったのかもしれない。刀が動きをけん制してくれていたのかもしれない。だけど、僕は刀とともに逝くことを予想し、選んだ。


 後ろに飛ぶ。そうすることで、僕は僕を囮として使うことができる。相も変わらずに刀が刺さっていた所からは大量の血が噴き出していた。そのうち、この黒いトカゲは生命活動を終わらせるだろう。その前に、もう一つ僕はこいつを利用してやろうと欲をかいたのだ。その代償は僕の命になるかもしれない。だけど、僕の命は仲間の愛よりも軽く、人類の未来の方が大事であるとまで考えていた。


 僕がこんな事を考えるなんて思わなかった。自分の命を捨てるというのは幾度となく考え、捨てずに意味のある死をつかみ取ろうともがいた。


 エイジが息を吸い込む。僕を道連れに冥土まで行くつもりだろうか。その目標である僕の後ろに、門があることには気づいていない。



 刀を構えた。最後に共にあるのはこれがいい。


 灼熱が吐かれた。僕は、あえてかわそうとはしなかった。





 しかし、僕の体が焼かれることはなかった。全てを覚悟したのだが、エイジは僕を焼き尽くす前に力尽きたのだ。



「まだ、生きなければならないのか……」


 虚無感とともに、コラッドの頭部をミルティーレアに届けなければという思いが沸き上がった。そして、なんとかして門を破壊しなければと思う。


 エイジの灼熱の息吹の残骸がそこら中で燃え続けていた。思ったよりも簡単に火はつき、門が燃え上がる。あれほどの覚悟をもっていたにもかかわらず、やけにあっけないと思った。こんなに脆いものを壊すことに躍起になっていたのかと思うと笑いすらこみ上げる。



 まだ、僕が生きる意味はあるのだろうか。そう思うとともに仲間の顔がうかんだ。コラッドはこんなになってしまったが、まだ他の仲間は生きているかもしれない。僕はコラッドの頭部を丁寧に布に包むと、西へ向かって歩き出したのである。



 ***



 しかし、そこで僕を待ち受けていたのは残酷な現実だった。


「ダン、ミルティーレアがな……」


 ラングウェイはなんとか魔法を使って僕を探し当ててくれた。誘導されて追い付いた先で見た光景は、完全に心を壊しきったミルティーレアだったのである。


「はは……はは……」


 乾き始めたコラッドの頭部を叩きながら笑う彼女を見て、僕の中でも何かが壊れていきそうだった。


「近々、異界の魔物たちとの最後の戦いが始めるだろう。その時にフェニックスがいなければ人類に勝ち目はない」

「門はもうないというのにか? 異界の王も、仕留めたんだ」

「それでも、すでにこの土地に集まっている異界の魔物の数は相当のものになっている」


 ミルティーレアの笑い声が耳に残る中で、アイリが僕の手を握って言った。


「貴方だけでも生きててくれてよかったわ」


 それはアイリの本心だろう。僕はコラッドの死を受け入れることもなくただ歩いてきただけだった。その愛を示してくれたコラッドのためにできることなんて考えもせずに、死のうとした。生を手放そうとした。ここにいるのはたまたまである。


「これは、僕が求めた愛じゃない」

「ダン……」


 何故、こんな事になった。どうして道を外れてしまった。


 僕は刀だけを見ていた時には迷うことはなかった。迷うということは苦しいということで、それを愛だという表現で塗りつぶして、僕は欲にまみれた。欲に逃げた。



 楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと……全てがこの旅の中にあった。そして失ったもののために楽しくて嬉しいことはもう帰ってこないのだろう。迷うことなく進むこともないかもしれない。


「リヒトの所に戻るのだろう? ミルティーレアは今はあんな状態だけどフェニックスの召喚ができるかもしれない」

「彼女にこれ以上の苦悩を背負わせるつもりなのか?」


 ラングウェイの言うことは正しい。だけど、僕は仲間であるミルティーレアにこれ以上苦しんで欲しくなかった。


「コラッドの生きた意味を、コラッドが何をしたかを意味あるものにできるのは彼女だけだ」

「それはお前のためでもあるものな」


 心にもない言葉が口から出る。ラングウェイは国に残してきた大切な人のために旅をしている。すでに彼の荷物の中にはその大切な人を治すための薬の材料というのが入っていることを僕は知っていた。そしてラングウェイはそれを持って国に帰るという選択肢があるはずなのに、大切なひとが起きた時に世界を平和にしておきたいと言って僕らと一緒にいる。そんな彼に酷いことを言った。


「ダン、お前の口からそんな言葉が出るとは驚いた」


 だが、ラングウェイは僕に対して怒りを顕わにすることなくそう言った。全てを見透かしたかのような言葉に、僕はたじろいだ。


「なんで、こんな事に……」


 僕は全てを呪いたくなった。仲間が一人死んだだけであり、異界の王を仕留め門を破壊し、これ以上の混乱を防止したはずだった。何故、仲間が一人死んだだけでこんなにも絶望が僕らを包むのだろうか。

 すでに壊れかかっていた心は、仲間たちが全員で支えてくれることでなんとか保っていた。いや、依存していた。そして、それが悪いなんて言うつもりもなくなっていた。


「リヒトを、……リヒトを助けないと」

「ああ、そうだな」



 コラッドを埋葬すると、ミルティーレアはさらに精神を崩壊させ始めたようだった。感情の起伏が激しくなり、泣き喚いたかと思うと急に黙り込むことを繰り返した。そんな彼女をアイリが優しく励まし続け、僕とラングウェイが守りながら西へ向かった。



 ***



 戦場を目にしたミルティーレアはいきなり駆け出した。


「戦え!」


 コラッドの仇を思い出したのだろうか。フェニックスを召喚させると、異界の魔物の群れに突っ込んだ。


「ラングウェイ!」

「彼女は任せろ!」

「私もついていくわ!」


 ラングウェイとアイリがミルティーレアの跡を追う。僕も彼らと共にいるべきだろうか。それともリヒトの許へと向かうべきだろうか。



 だが、視界の端に捉えたのはミルザーム国軍の陣営だった。そして、そこにいたのはあの天才軍師アノーとよばれる人物、かつての僕をどん底へと追いやった張本人だった。

 いつの間にか、僕の足は戦場とは別の方向へと向いていた。

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