第35話 踊

 人ならざる者の動きだった。


「吹き飛ばすぞ!」


 瞬時の状況判断でラングウェイが爆発魔法を限界までの力で解き放つ。本来ならば小さな森一つほどならば簡単に消滅するほどの力に、それは耐えきった。逆にその魔法の余波を受けて仲間のうち、アイリとコラッドは後方に吹き飛ばされてしまっている。


「なんだ、こいつ!」


 その斬撃が一番近くにいたミルティーレアの大盾を大きくへこませた。多分、彼女の腕は折れた。衝撃をうまく受け流せなかった彼女はそれでもかなり後方へと後退した。



 エルアの町を抜け、都までの直線までには二つほど町があった。しかし僕らはその町に寄る危険を冒すことなく、大回りをしたのである。

 この案は一つの賭けでもあったけど、ミルザーム国の追っ手は僕らの足取りを完全に見失ったらしく、数日にわたって魔獣を見ることはなかった。


 しかし、森を抜けた所で何かに捕捉された。それはたった一体でありながら、かなり大柄の人型の魔獣という事は分かった。だが、今までに見たことのない魔獣であり、ミオルに寄生された輩に一部だけ似ていたが、異常に四肢の隆起したそれは初めて見る形だった。


「ミルティーレア!!」


 コラッドは吹き飛ばされながらも数体の召喚獣を呼び出していた。その数体が負傷したミルティーレアの周辺を囲む。


「ベヒーモス!!」


 さらには自分の守備はまったく考えていないのか、自身の周囲には何も召喚していないにもかかわらず、コラッドの召喚した最強の巨獣がその何かに襲いかかった。


「邪魔ダァァァ!!!」


 しかし、その何かが吠えた。同時にその手に握られた巨大な刀の形状をした金属性の武器がベヒーモスを両断する。あの、コラッドの召喚したベヒーモスをだ。そのままの勢いで周辺の召喚獣たちをなぎ払うと、それが吠えた。


「ダァァァァァァン!!!」


 それは僕の名を叫ぶ。背筋が凍るような、壊れた声で、しかしながらその目は僕を捕らえて放さなかった。悲しみと喜びが入り交じったかのようなその目を見て、僕は何故か心が踊った。


「化け物め!」

「鬼神ダァァァン」


「もしや、ミオルに寄生されているのか? それでいて、自我を保っていると?」


 全力の魔法を放ったラングウェイは肩で息をしながらも、誰もが納得のいく仮説を立てた。言われて見れば、そのような人型の魔獣で、刀を使っている。あの巨大な武器を刀と言ってよいのであればだが。だが、よく見るミオルとは装いが違う。部分的に寄生されていると言えば分からなくもないが。



 輩か、ならば礼をつくさねばならない。何故かそう思った。僕が刀を中段に構えると、それも動きを止めて刀を下段に構えた。


「ダンという、名を…………名を名乗られよ」

「…………ウラル…………西星流」


 西星流のウラル、聞いて思い出した。エルアの町で止めを差し損ねた輩である。それが、ミオルに寄生された状態でまたしても僕の目の前に現れた。さらには負った傷はすでに完治し、その動きは尋常ではないほどに化け物じみている。


「…………ユクゾ」


 ウラルは巨大な刀を構えると、間合いを詰めた。抜刀術を得意とする西星流の構えは鞘に入れた状態か下段が基本である。

 重力に逆らわない上段からの切り落としはもちろん威力が高い。対して下段というと、威力がないかわりに軌道がつかみにくい。

 その不利を、ウラルは筋力で補った。


 それがもし、刀でなければ対処できていなかったのではないだろうか。巨大な刀の一閃を、なんとか避けた。

 今までに見たことのない速度でくりだされた刀が鼻先をかすめる。ウラルが刀ではなく、他の武器を使っていたならば、僕はこの世には存在しなかっただろう。それほどの動きであり、刀だったからこそ反応することができた。


 抜刀術の速度の恐ろしさというのは体に染みついている。北神流にも少ないが抜刀術の技が存在した。その速度はどの構えよりも早く、代わりに受けには回りにくいとされていた。

 僕の師匠は受けを重視していた。北神流が最強であるのは、受けを基本とした反撃術にどの流派も対応できないからである。


 つまり、ウラルがどんな速度でどんな巨大な刀をどんな力で振るおうとも、それをかわした僕はかわした動作すらも反撃の一撃に加えることができるように、鍛えあげていた。


 地に沈み天を見上げるように刀を避けた僕は逆にウラルの方へと距離を詰めていた。ウラルは一閃で重心が前のめりになっている。刀が通り過ぎるのと同時に腹筋に力を入れて上体を起こし、さらには捻りを加えてウラルの指を正確に狙った。


 ウラルは四肢の筋肉をミオルに寄生された状態で、いびつに盛り上がりを見せている。だが、関節などの基本的な構造は人のそれである。だからこそ西星流の刀術をそのまま使うことができていた。

 対して、俺は幼少期に大人を負かすために編み出した技を、幼少期の体の小ささをなくしてからは一度たりとも使えなかった技を二十数年ぶりに使った。


 刀の柄にまで刃が到達した感触とともに、巨大な刀を持っていた指が二つ飛んだ。握力が落ちたのだろう。ウラルの巨大な刀がぶれた。


 無理な体勢を治すように後方へと跳躍する。そのままウラルが体ごと押しつぶしてきたら避けられないからだ。だが、ウラルはそのような素振りは見せなかった。あくまで、僕に刀を使って勝ちたいらしい。


「ググ……」


 指が二つほどなくなったことで刀をうまく扱えないのだろうか。だが、これほどの執念で僕を追ってきたウラルがそう簡単にあきらめるはずなどない。僕がウラル首を飛ばすまでは、諦めることはなく、ウラルは僕に首を飛ばされるのを待っている。もしくは僕の首を飛ばすのを楽しみにしているのかもしれない。


 高揚感が僕の中を駆け巡る。僕はこのために生きて来たのではないかという錯覚すら覚えかねない勢いだった。


 次は、どうする? 指のなくなったその手でどう刀を振る? そしてそれをどう返せば僕はその首を落とすことができる? 刀はどうこたえてくれる? 僕はどうすればよい? どうすれば喜びを表現できるか?



 世界には僕とウラルとそれぞれの刀しかいなかった。



「ダン!」



 しかし、その世界から僕を引きずりだしてくれたのはアイリの声だった。彼女はラングウェイの魔法の余波で後方へ吹き飛ばされていたが、怪我は負っていなかったはずだ。そして、腕を負傷したミルティーレアに回復の魔法をかけ終えたところだったらしい。


 彼女はそれ以上の言葉を発しない。だけど、僕にはアイリが何を言いたかったか理解でき、そしてその言葉に感謝した。


「自分をもっと大切にして。お願いよ」


 かつて僕の戦い方を見てアイリはそう言った。だから僕は仲間を大事にする過程で仲間が大事に思ってくれている僕も大事にできるかもしれないと思った。

 だけど、今、それを忘れかけていた。


 世界には僕とウラルだけではなく、仲間もいる。それに他の人間も、それ以外も。



 自然と、視線がミルティーレアに向いた。あの腕は治ったとしても大盾は修理しなければ使いものにならない。

 そして、逆に言えばミルティーレア以外があの斬撃を受けていたとすれば誰かが死んでいた。


 誰かが、仲間の誰かが死んでいた。


 それを考えた時に僕の中の高揚感は消え去った。喜びを感じている場合ではなかったのだ。

 強き者と戦うことに喜びを見出していたソードマンであるダン。それは今の僕ではなく、僕にはかけがえのない仲間がいたのであり、それを失う所だった。そしてそれは僕にも当てはまる。僕が死ねばアイリは泣いてくれるだろうが、僕はアイリを泣かせたくなかった。



 世界が広がると、自然とウラルの隙が見えた。

 もう、迷いもしなければ容赦もしない。こいつは僕の仲間にとって危険なやつである。


 刀を、握り直した。

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