第32話 変
ミルザーム国の都はその国の丁度中心部からやや東よりにある。
僕たちは北東からミルザーム国へと入国した。都までには少なくとも大きな町を三つは越えなければならない。物資のことも考えると、数箇所の村を訪れる必要があったし、そのためにミオルの率いる魔物たちに補足されてしまったのだ。
「大きな町ってのはさすがに入るとまずいだろう。だから……」
ラングウェイとコラッドが都までの道のりを考えている。
僕が生まれ育ったのはラハドの町で、ミルザーム国の西よりにあった。この辺りに来た事はあまりないために土地勘は他の仲間たちと同じようなものだった。
しかし、ソードマン風のいで立ちをして見れば、僕は誰がどう見ても旅のソードマンにしか見えない。中身のほとんどそのままだと思っていたのだが、ラングウェイに言わせると僕はソードマンの中でも変わっている方なのだとか。
「よく分からん」
「だから、変わっていると言っているんだ。まあ、気にするな」
ミルザーム国の女は戦わない。女の戦場は家を護ることだと教わり育つからだ。だからアイリはともかくもミルティーレアは目立つだろう。ラングウェイとコラッドは変装さえすれば特に問題なさそうだった。変装をするには、それなりの装備が必要なのだが、僕らにはそれは問題とならない。変装に必要な服は向こうからやってくる。
「もしや、北神流か。噂に名高い鬼神ダンとはやはり北神流のダンのことだったのだな」
刀を抜いた輩がそう言った。ミルザーム国に入ってから、輩に会う事は少なかった。ほとんどが知恵を持った魔物に率いられた魔獣にばかり襲われていたのである。しかし、たまに輩が少数で襲い掛かってくることもあった。彼らは魔獣とは別行動をしている事がほとんどである。
僕は構えを崩さずに、しかし答えずにいた。
「ラハドの町は気の毒だった」
その輩は刀を構えると、寂しそうにそう言った。僕は答えなかった。そして、この輩の力量を見極めた。構えだけである程度分かるものなのだ。僕には一太刀も入れることすらかなわないだろう。
「おい、ダン」
いつ首を刎ねようかと思っていると、後ろからラングウェイが言った。僕の後ろにはミルティーレアに護られた形でラングウェイやコラッド、アイリが待機している。お互いに一人ずつ出し合っている奇妙な状況だが、ミルザーム国では戦いの際にこういう形になることは珍しくない。ソードマンは一対一での戦いを好むのだその理由だった。
最近はラングウェイの魔法による爆発音やコラッドの召喚するベヒーモスでは目立ちすぎるために、襲撃者の相手はほとんど僕がしている。そして、襲撃者の中で僕についてこられる者はいなかった。
「代ろうか?」
「いや、手だし無用だ」
輩の相手をするという事がどういうことなのか、ラングウェイたちには分からないのだろう。
「ふはは、その通りだ」
先頭の輩には分かっている。そしてその後ろにいる輩たちも分かっているだろう。
僕たちは、常に殺し合いたいのだ。より強い者に勝つことが、至上の喜びなのである。だから、この場合は僕には喜びは少ないが、彼にとっては生きて来た意味にも等しいのだろう。それが彼の全身から噴き出た冷や汗が物語っている。
ここで、彼は僕に殺される。それを後ろの輩たちも肌身で感じている。だが、助けようとはしない。それは彼が生きて来た意味を否定することに等しいからだ。さらには、彼らもその後に続くつもりなのだろう。恐怖とともに喜びが彼を支配している。
いつだったか、ラングウェイが待機中の輩を焼き払ったことがあった。僕はその時に襲ってきた輩の背中から刀を突き立てた。あれはよくなかった。
心に余裕がなければああなるしかない。お互いに余裕がなければ必死に生きるしかない。だけど、僕も僕の目の前に立っている輩も生きる事よりも大切なものを持っている。それを余裕というのかどうかは分からないが、生きる意味である。
僕は今死ぬわけにはいかない。仲間たちのために。
刀を合わせるわけにはいかなかった。渾身の一太刀を受け止める気概がないわけではないが、僕には先がある。
紙一重で避けた彼の刀は地面にめり込んだ。この一太刀に全てをかけていたのだろう。潔く、彼は負けを認めて微笑んだ。滑らせるように、彼の腕に沿って僕の刀は流れ出し、最後に輩の首を刎ね上げた。輩の首は刎ねられたことに気づかずに、体がふらついて傾いたところでようやく右下にずれ落ちた。一歩下がった僕と切ったはずの刀に返り血はつかなかった。血が、収まるのをまって、僕は輩の首を両手で拾い上げて胴の傍に寝かせた。
「次」
無言で後ろに立っていた輩の内の一人が進み出た。それによって他の輩は数歩引いた。
***
「ミルザーム国のソードマンは狂っているわ」
「ああ、そうだろうな。僕も輩もまともじゃないという事が各地を旅してよく分かったよ」
あまりにも異常な光景だったのだろう。アイリには刺激が強すぎたようだ。そして、死を受け入れるという事はこの女性にはできていない。だからこそ一生懸命に頑張っているのが輝いてみえるのだが。
「なんで、あんな悲しい生き方しかできないの」
「あれを悲しいと思うかどうかは本人たち次第じゃないのか。でも、僕はなんとなくあの生き方を悲しいと感じるようになった。昔の僕だったら、羨ましいとしか感じなかっただろうけど、今はあの輩とも酒と言葉を酌み交わしてみたかったかな」
僕の返答は意外だったらしい。アイリはそれにこたえる言葉を探しているようだった。
「貴方、変わったわね」
「君も同じことを言うのか」
コラッドにも言われた。僕は何が変わったというのだろうか。
僕を殺してみろ。僕に死を運んで来い。
かつてコラッドと出会った頃に僕が言った言葉がある。もしかしたら、このセリフを発した時の僕は生命に満ち溢れていたのかもしれない。死に場所をみつけるという目標に向かって一生懸命に生きていた。今は明確に目標が変わってしまっている。
しかし、と思う。僕は本当は何を目標に生きているのか。本当にミルザーム国と異界の侵攻を止めたいと願っているのだろうか。それとも……。
輩たちの墓を作ると、僕たちはまた南下を始めた。夜間に移動することは逆に襲撃に対応しづらいというのが分かったために、現在は昼間の移動がほとんどである。コラッドの召喚獣も、昼間の方が周囲の警戒がしやすいようだった。
そして南下を始めて最初の大きな町、エルアの町が見えてきたのは二日後のことだった。
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