138 セレスタへ
◆ミナト視点
船の舳先に、陽光にきらめく港町が見えてきた。
岬の先には双子の灯台。同じ色の煉瓦で統一された家々。風光明媚を絵に描いたような港町だ。
「うわ、なつかしいなぁ」
私はおもわず声を上げた。
「なつかしいって……ミナトがセレスタを出てからそんなには経ってないだろ?」
私のそばにいた赤毛鼻ピアスの青年冒険者がそう言った。
隣には同じく赤毛の背の高い女性戦士もいる。
(そういえばそうか。エルミナーシュの試練で無間地獄にいたから時間の感覚が狂ってるな)
私が魔王に覚醒するための試練を受けているあいだ、外部の時間は進んでいなかったらしい。
「イシュタさんとジッタさんがまだいてくれて助かったよ」
キエルヘン諸島に漂着した私たちを追って来てくれてた彼女たちは、魔王城エルミナーシュ浮上後もあの島に残っていた。
「いや、いきなりどでかい城が空に浮かぶわ、世界のへその潮流が大荒れになったと思ったらきれいさっぱりなくなるわ……。すまんが、ミナトたちの捜索のことなんか頭から飛んでたぞ」
ジットさんがそう言った。
「あたしは心配してたんだよ? なにせ、相乗りしてきたグリュンブリンが、ミナトを見るなり襲いかかってそれきりだったんだから」
イシュタさんは後ろをちらりと見る。
船には私の他に、グリュンブリンも乗っていた。
希望の村の人たちのうち、セレスタに送られることを希望した人たちも乗っている。
「あはは……まぁ、いろいろあって、いまは味方かな」
グリュンブリンは静かに水面を見守ってる。
こうして落ち着いてるとやはりとんでもない美人である。
金髪碧眼の長身美女で槍使い。まさに戦乙女って感じだ。
なお、ボロネールのほうは魔王城で留守番だ。
(留守番って言っても、大変だろうけど)
世界のへその大渦潮がなくなった。
この海に面する諸都市・諸国家はすぐにでも調査に乗り出すだろう。
そうした調査船団を魔王が支配する海域から追い返す。
それが、「留守番」の仕事である。
(オケアノスやクラーケンならダース単位で使役できるから、戦力的には問題ないけど)
目下の懸案は、「魔王国」の人口が少なすぎることだね。
いくら四天魔将が二人、それに「双魔王」である私とアルミラーシュさんがいると言っても、人手がなければできないことだってたくさんある。
希望の村の元住人のうち、帰るあてのない人の中には、魔王への恭順を申し出てくれた人もいた。
ただ、いまのところは数人でしかない。
考えにふける私に、イシュタさんが言った。
「あたしはグリュンブリンがオケアノスとクラーケンをやすやす撃退するのを見てるんだけどさ。そんなグリュンブリンにガチで狙われて生き延びたどころか仲間にしたってのはどういうことさね? しかも、様子を見てると、なんだかグリュンブリンがあんたの下についてるみたいじゃないか」
「あ、あはは……そのうち事情は説明するよ」
「話せないことかい?」
「ううん。たんに信じられないような話な上に、話し出すとものすごく長くなるから。
セレスタに着いたら、評議会の議長さん――ハリエットさんに報告すると思うけど、その時に一緒に聞いてもらえばいいかな。イシュタさんたちも、ハリエットさんから依頼を受けたんでしょ?」
「ああ、うん。そうだ、そのことで謝らないとだったね」
「謝る?」
「ほら、レストランであたしらとミナトが話してたことが、マダムに筒抜けになってたことさ」
「ああ……」
イシュタさんとジットさんに持ちかけられた情報交換に応じてレストランで会食したら、その内容がレストランのオーナーであるハリエットさんの耳に届いていた。
ジットさんが、顔をしかめて言った。
「あれは俺がうかつだった。上客しか来ない店だと思って選んだんだが、まさかマダム・ハリエットがすでに手を回してたとはな。ったく、抜け目のないババアだぜ」
「そんなこと言ってると、またマダムの耳に入るんじゃないかね?」
「おっと……」
ジットさんがあわてて周囲を見るが、さいわい船員の姿はない。
「ミナトには迷惑をかけちまった。しかも、ミナトの乗せた船がオケアノスとクラーケンに同時に襲われ、ミナトは船を逃がすために囮になった言うじゃないかい。こりゃほっとけないってんで、ミナトたちの救難隊に弟の首根っこ捕まえて志願したってわけさ」
「そういうことだったんですか」
だとすると、イシュタさんとジットさんは、オケアノスとクラーケンがいることが確実の海域に、危険を押して乗り込んできてくれたことになる。
「なんだか、かえって悪いことをしちゃった気がするな」
「気にするな。あのまま放っておいたんじゃ、あたしの気が済まなかったんだよ。ま、同乗者のグリュンブリンはなにやらミナトと因縁があったみたいで、助けに行ったつもりがかえって危ない目に遭わせちまったのかもしれないが」
「結果オーライなので、気にしてませんよ」
「そう言ってくれると助かるよ。もし、あたしらで力になれることがあったらなんでも言ってくれ」
え? いまなんでもするって……いや、なんでもない。
「それなら、そのうちお願いをすることになると思います。でも、貸し借りみたいなことはあまり考えず、イシュタさんの判断で決めてくれればいいですから」
「まったく、ミナトはいい子だねえ」
いや、魔王なんですけど。
話しているうちに、セレスタの港が近づいてくる。
セレスタの誇る大型船が複数停泊できる港には、何隻もの軍艦が並んでいた。
それぞれ緊張した面持ちで荷積みと警戒を行なってる。
「あはは……ここからが正念場だね」
私はイシュタさんたちに気づかれないよう、そっとため息をついたのだった。
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