32 空気読めない女再び
魔術士ギルドを出たのは、まだ昼前のことだった。
「二層を目指すにはちょっと遅いかな」
かといって一層で狩りをしてもたいした収穫はないだろう。
買取所のシズーさんに持ちこむ分のレアドロは十分にあるから、これ以上拾っても持ちきれない。
「魔法のバッグとか、インベントリ的なものがあればいいのに」
持てる所持品の数が少ないとか、RPGだったら絶対叩かれる。
せっかくハクスラ要素があるのに、少ない荷物をやりくりして戦うホラーアクションのような所持数制限なんて、ゲームデザインが破綻してる。
まぁ、ゲームじゃないんだけど。
「しょうがない。今日はお休みして、情報収拾しようかな」
私はダンジョン前の出張酒場に入った。
「お、嬢ちゃんか。いつものでいいか?」
「うん、よろしく」
すっかりなじみになった海坊主風マスターに注文を伝え、奥まった席に座った。
「――あら? ミナトじゃない」
いきなり声をかけられギクリとする。
振り返ってみると、そこには二十代くらいの派手な感じの赤毛の美人がいた。
「レイティアさん。こっちに来てたんですね」
「ええ。新しいパートナーが見つかったものだから」
レイティアさんは、隣に立つがっしりした鎧姿の男性戦士をちらりと見た。
戦士は寡黙な人らしく、私に「うす」とだけ言ってだまりこむ。
「戦士二人ですか?」
「いえ、魔術士が一人いるわ」
「男性?」
「そうよ。興味ある?」
「いえ⋯⋯」
なんとなく、レイティアさんなら男性を揃えるんだろうなと思って、つい余計なことを聞いてしまった。
(ゴブリンに⋯⋯その、酷い目に遭わされてたけど、立ち直ったのかな)
見た目通りタフな人なんだろう。
「でも、盗賊士がいないのよね。一層はあまりエグい罠はないっていうけれど、迷路があるならマッピングは必要じゃない? いい人がいないか盗賊士ギルドに仲介を頼んでるんだけど⋯⋯」
そう言いながら、レイティアさんは私のことをちらちらと見る。
(うう⋯⋯)
レイティアさんは、私が盗賊士であることを知っている。
(このひと、なんか苦手なんだよなぁ。なんていうか、いじめっ子気質っていうか、自分が中心じゃないと気が済まないタイプっていうか)
アゲアゲの女ジャイアンって感じかな。
私は、とりあえずとぼけてみることにした。
「そうなんですか⋯⋯あははっ、大変ですね」
「笑いごとじゃないわよ。あなたみたいな優秀な盗賊士がいればいいんだけど」
「きっといますよ。私なんてまだひよっこですから」
「ひよっこがあんなに強かったらわたしの立つ瀬がないでしょうが」
微妙な緊張感の漂うテーブルに、私の頼んだ料理が運ばれてきた。
「あらおいしそう」
「すみませんが、いただきます」
「これ、一個ちょうだいよ」
「あっ」
楽しみにしてた揚げ団子を!
「へえ、おいしいじゃない。メニューにはなかったと思うんだけど」
「⋯⋯⋯⋯」
平然と言うレイティアさんに、私は言葉を失った。
そこに、海坊主マスターがにゅっと顔を出してくる。
「――嬢ちゃんは常連だ。そいつは常連にしか出してないんだよ。数が少ないからな」
「ええっ⁉︎ じゃあ、わたしも常連にしてよ!」
「ふん、人さまのメシをつまみ食いするような手グセの悪い女には出さねえよ」
「なんですって!」
レイティアさんとマスターが喧嘩を始める。
そこで、私はぎょっとする。
レイティアさんの背後で、例の寡黙な男性戦士が剣の柄に手を伸ばしていたのだ。
(ちょっと、それはマズくない⁉︎)
私が腰を浮かしかけたその時――
「やっと見つけたわ、レイティアさん」
聞き覚えのある声が、酒場の入り口からした。
レイティアさんが振り返る。
「あら、あなたは盗賊士ギルドの」
「シズーです。紹介のあったフリーの盗賊士の件ですが、候補がダンジョンから戻って来たので、ギルドで待ってもらってます」
現れたのはシズーさんだ。
場の状況を把握してるらしく、私にそっと目配せしてきた。
「ふぅん。
でも、いまいい人が見つかったのよね」
そう言ってレイティアさんは、あろうことか私の肩に手を置いた。
「うえええっ⁉︎」
と、おもわず変な声が出てしまう。
「そうなのですか?」
シズーさんが、やや心配げな顔で私に聞いてくる。
(こ、断らなきゃ!)
これ、はっきり言わないとズルズルいくやつだ!
これまでの人生で何度となくそんなことがあったからよくわかる。
私は意を決して言った。
「あはははっ! ごめんなさい、レイティアさん。私、パーティは組まない主義なので」
「あら? あなたにとってもいい話だと思うんだけど。盗賊士一人じゃ、いくらあなたでも戦力不足でしょ? 不測の事態にも対応できないでしょうし」
(ダメだこの人!)
めちゃくちゃはっきり言った(当社比)のに全然伝わってないよ!
そこで、シズーさんが割って入る。
「悪いけど、ミナトには盗賊士ギルドから頼みたいことがあるのよ。だから、レイティアさんにご紹介はできないんです」
(シズーさん、神!)
フォローを入れてくれたシズーさんを、私は心のなかで拝み倒す。
「なによ、頼みごとって。ミナトをわたしのパーティに入れて、その依頼をわたしに頼めばいいじゃない」
レイティアさん、まだ引き下がるつもりがないようだ。
「⋯⋯ミナトへの依頼については別件だから、詳しいことは答えられないわ」
さすがのシズーさんも、言葉を濁す余地がなくなってきた。
微妙な空気に、周囲の客もこっちの様子をうかがってる。
いい加減空気読めよ、と誰かがつぶやいたのが聞こえた。
地獄耳なので。
「じゃあ、その依頼が終わったらミナトをわたしのパーティに⋯⋯」
「ミナトさんはさっき断られてましたよね?」
「あ、うん。あはははっ! レイティアさんと組むのがイヤとかじゃなくて、そういう主義なだけだから。気を悪くしないで」
「そ、そう⋯⋯そういうことならしかたないわね」
ようやくレイティアさんが引き下がる。
背後にいた男性戦士も、剣の柄から手を離した。
「では、レイティアさん。候補の方が待ってますので」
シズーさんに促され、レイティアさんとそのお連れが店から出ていった。
私はどさっとテーブルの上に突っ伏した。
「あ~、疲れたよう~」
魂が抜けた顔でつぶやく私の前に、マスターが揚げ団子をそっと差し出してくれた。
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