38 リッドの記憶と不思議な声

 気がつくと、私は記憶の波の中にいた。

 映画のフィルムのように連なっている記憶たちは、複雑に絡み合い、つながり、ひとつの形を保っていた。


「これ、リッドの記憶だ」


 見覚えのある記憶の数々。

 それは、前にリッドに記憶を覗かせてもらったときに見たものばかりだ。


 家族と幸せそうに暮らすリッド。

 母と姉を失ったときのリッド。

 父と兄が狂っていく姿を見るリッド。

 淀みに取り憑かれてしまったリッド。

 レガトゥースに、紅葉ちゃんに助けられ、強くなるリッド。


 様々なリッドの軌跡が、この空間を循環している。


「このどこかに、リッドがいるの……?」


 今の“マルグリッド=デューク=ゼーバルト”と言える人格が、淀みに追いやられたリッドが、どこかにいるはずだ。

 過去という記憶に、リッドは囚われているはず。


 でも。


「どうやって、探せばいいんだろう?」


 そもそも、私は私の特有魔法アルス・マグナについて、よく知らない。

 他人の記憶を見ることができる、知ることができる、それくらいの魔法かと思っていた。

 誰かの記憶に潜り込むことができるなんて、知らなかった。


 使えない特有魔法アルス・マグナだと持っていたが、そうでもないのかもしれない。

 派手な魔法ではないけれど、使い道はありそうだ。


「お願い、特有魔法アルス・マグナ。私にリッドがいる場所を教えて」


 記憶に関することなら、大抵のことはこの魔法はできるかもしれない。

 そう思った私は、手を組んで、祈るように魔法を発動させる。


 ぽわぁ、と淡くて優しい光が、私の手を包み込む。

 その光が分裂して、ひとつの道を作っていく。まるで、リッドのいる場所に案内してくれるように。


 この先に、リッドがいる。

 確信した私は、迷わず光の示す方へ歩き始めた。



 * * *



「この記憶って……」


 光が導いた記憶は、リッドとイルマさんが共にいる記憶だった。

 記憶の中のリッドは、とても幸福そうに笑っていた。


 この記憶は、リッドが一番幸福だと感じたものなのだろう。

 だから、リッドは囚われている。

 幸福と言う名前の鎖に、囚われている。



 ――――この記憶から、リッドを引き剥がすのは、果たして正しいことなのだろうか?



 私の中にそんな疑問がよぎる。


 幻とはいえ、これはリッドにとって幸福なものに違いはないのだ。

 今はいない、イルマさんと共に過ごせる、大切な時間なのだ。

 これが、彼女の幸せだった記憶なのだ。



 ――――それなのに、その幸せを奪った張本人とも言える私が、それをまた、奪ってしまっていいのか?


 そういう考えはやめようと、イルマさんを奪ってしまった罪悪感をあまり持ちすぎないようにしようと、そう決めたはずなのに、それでも浮かんできてしまう。

 リッドの幸せそうに笑う顔を見ると、なおさらその気持ちが強くなる。


 …………私は、どうすればいいの?


 このまま、リッドを放っておいたら、彼女は完全に淀みに呑み込まれてしまう。そうなってしまえば、私は彼女の人格ごと、浄化しないといけない。

 だからといって、この幸福な彼女を引き剥がすことなんて、私なんかがしていいのだろうか?


 リッドとイルマさんが、笑う記憶を見ながら、もんもんと考え続ける。

 このままじゃ、優柔不断な私に答えが出せないことを知りながら、それでも逃げるように考え続ける。


「……わからない」


 ぽつりと漏した声。

 記憶の波にあっという間に吸い込まれていく。


『貴女は、自分に自信がなさすぎよ』


 吸い込まれていったはずだった。

 だけど、その声に答える声があった。


 ――――私にそっくりな声だった。


「……誰?」


 その声の主は、なんとなくわかっていた。


『私にはもう未来はないけれど、リッドにはまだ未来さきがある。彼女にとって、今は苦しいし、これから先も苦しいかもしれないけど、それでもリッドには、未来に抱ける希望がある』


 声は私の質問を無視して、一方的に話を続ける。


『リッドを救ってあげて。彼女は強い。生きていけるわ、私がいなくたって』

「でも」


 私は救った責任をとることができない。


『覚悟を持ちなさい、陣上亜忍。逃げてばかりじゃ駄目よ。何も始まらない。彼女を救って、恨まれても、責められても、嫌われても、それでも貫き通しなさい。

 と、そう思い続けなさい。

 それが、貴女が彼女にとれる責任だから』

「…………それで、いいの」

『貴女がやるべきことは、貴女の贖罪は、そういうことでしょう? 世界を救う魔法使いレガトゥースとしてやるべきことは、そういうことだと思うわ』

「…………貴女は、それを望んでいるの」

『レガトゥースとしての、自覚と誇りを持って。貴女なら、セカイを救う力を持つ貴女なら、できるはずよ。頑張って』


 結局、声は私の声を無視して、話を進め、そして勝手に終わってしまった。

 もしかしたら、私の声は相手に届いてないのかもしれない。


「私の、やるべきこと」


 声が言っていたことは、正しいと思った。

 私には、自覚と責任が足りない。レガトゥースとして、必要なものがまだ足りていない。


 だけど、それでも、私は前に進むと決めたはずだ。

 イルマさんの想いを引き継ぐために、頑張ると決めたはずだ。


「リッドを淀みから救うこと」


 私が今やるべきことは、それだ。それだけだ。


「私は、リッドを救う」


 自分に言い聞かせるように言い、深呼吸をする。


 リッドを救う。

 私のために、エレノーのために、イルマさんのために、皆のために。

 そして何よりも、リッド自身のために。


 だから、リッドの幸せな記憶の中に、私は入る。

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