17 黒髪でお出かけ

 翌日。私は、岳都先輩と2人きりで町を歩いていた。

 バシリー君は、定期報告で実家に帰っている。


「まずは、ジーモンの店に顔を出そうか」

「そ、そうですね」


 初めて歩く町は、やっぱりドキドキする。ドキドキしている理由は他にもあると思うけど。


 中世のヨーロッパという感じの街並みで、赤煉瓦の建物が並び、タイルで道が整備されていた。出店もかなりの数並んでいて、活気に溢れていた。

 で歩っている私はかなり浮いている。


 何故、私が黒髪黒目の姿–––––“陣上亜忍”の姿だ––––––をしてるかと言うと、この商業区でもかなり“イルマ=デューク=シュタインマイヤー”の名前と姿は知られているからだ。

 イルマさんは積極的に貴族区から外に出ていて、商業区は勿論、平民区や貧民区にもかなりの頻度で通っていた。

 イルマ=デューク=シュタインマイヤーという人格がいなくなった今、無闇にイルマさんの姿で歩くわけにはいかない。少なくとも、陣上亜忍わたしがレガトゥースとして、公表するまでは。


 これは、岳都先輩の提案だ。

 別に反対する必要もないので、覚えたての魔法で、私は“陣上亜忍わたし”の姿を取ったのだった。


「栄えていますね、商業区」


 皇帝が最悪だの、革命だの言っている割には、ここの商売は活発そうに見えた。


「ここは、貴族区に近い商業区だからね。平民区に近い所だとかなり酷い状態だよ」

「格差があるんですね」

「身分社会だから、仕方がないと言ってしまえばないんだけどね。それでも今の状態は酷い」


 唇を僅かに噛みながら、岳都先輩は言った。


 パルフェット帝国は、国内も壁で区切られている。皇帝一族の暮らす皇族区、貴族たちの屋敷がある貴族区、商売を目的とした商業区、平民たちの住む平民区、そして奴隷や犯罪人たちが住む貧民区にだ。

 身分証がないと、自分の住んでいる区から出ることができない。許可証がないと、貴族区や皇族区には立ち入ることができない。


 国内でも、かなり行ける場所が限られているのだ。

 レガトゥースはどこの国に所属していても自由に行き来できる。(これはどこの国でも同じだ。国際間で取り決められたレガトゥースの特権なので、パルフェット帝国だけが反対することはできない)


「あれはもしかして、ガクト様では?!」

「隣を歩いているお方はどなたかしら?」


 私が色々とイルマさんの記憶を思い出していると、そんな声が耳に入る。ほとんどの人が、歩いてる岳都先輩を立ち止まって見ている。

 岳都先輩は(元皇太子の体が)イケメンだし、レガトゥースということもあって、知らない人はいないと言ってもおかしくないほど、名が知られている。


 そんな彼の隣を歩く、平凡な私。

 余計人目を惹くのは、しょうがないことなんだろう。


「見たことない方ね。黒髪って珍しいわよね?」

「ええ。そもそも黒髪は神聖なものだもの」

「じゃあ、あの方は素晴らしい方なのね」

「きっと、ガクト様の手助けをしてくださるのよ!」


 ひそひそと嫌味を言われるのではなく、勝手に神聖な人にされてしまった。

 確かにこの世界では黒髪は稀であるため、神聖なものとされているが、ここまでとは。


 魔法で変身する上で大事なのはイメージもそうだが、“違和感”がないことも重要なのだ。だから、私は陣上亜忍わたしの姿を取るのが1番いいのだ。

 だから、黒髪になってしまうのは仕方がないこと。そう割り切っていたが、今の現状は予想以上の注目を集めてしまっている。


「大丈夫?」

「え?」

「いや、変な噂が流れているから」


 岳都先輩が私の様子を見、周りの声を聞いて、声をかけてくれる。


「いや、ここまでとは予想してなくて……」

「確かに僕たちにとって黒髪は身近なものだから、ここまで騒がれると違和感があるよね」

「はい……。岳都先輩は平気そうですね?」

「慣れたからね」


 しれっ、という岳都先輩はかっこよかった。

 色々な苦労があっただろうに、それを気にしてないところが凄いと思う。


「慣れるものなんですか?」

「うん。町を歩くごとに注目を集めるとね」

「大変ですね」

「亜忍もこれから大変だぞ」

「え?」


 岳都先輩が笑顔で恐ろしいことを言った気がした。


「レガトゥースと公表すると、一気に注目が集まるからね。しかも、イルマ嬢の姿だ」

「……私には荷が重いです」

「大丈夫。慣れるよ。それに、僕がついてるから」


 何でもなさそうに岳都先輩が言うので、どきっとしてしまう。

 そのビジュアルでそう言うのは反則だと思う。


「……ありがとうございます」

「あ。ついたよ。ここがジーモンの店だ」


 そんな会話をしていると、ジーモンの店に着いたようだ。

 貴族の家とまではいかないものの、かなりの大きさがあり、装飾などもかなり手が込んであった。

 一般庶民だった私は、思わず後ずさってしまうくらい、豪華だった。


「ここ、ですか?」

「ああ、ここだよ。この豪華さは驚くよね。主に貴族を相手にしてるから、最低限綺麗にしないといけないからってジーモンは言ってたけど、それでもね」

「最低限じゃないと思います……」


 普通の高校生だった私たちには分からない感覚だ。


「こんなところで立っていても仕方がないし、入ろっか」

「はい……」


 どぎまぎしながら、私はジーモンの店に足を踏み入れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る