14 私の部屋と魔法の練習
ここがキッチンで、書架室はあっち、なんて説明を受けている時に、ふと尋ね損ねていたことがあったのを思い出した。
「先輩、ジーモンさんってどんな人なんですか?」
先程から、岳都先輩とバシリー君の会話にちょこちょこ出てくる“ジーモン”。
誰なんだろうなぁ、と思いつつ、もっと他に気になることがあったので聞くタイミングを逃していた。
岳都先輩の協力者なんだろうなとは思うけど、どんな人なのかは私もイルマさんも知らない。
シュタインマイヤー公爵は、イルマさんを積極的に革命に参加させようとはしなかった。それをイルマさんは不満に思っていた。
きっと、父娘の思いやりがすれ違ってしまっていたのだろう。娘を危険な目に合わせたくない父。大変な父の負担を減らしたい娘。
いい家族だったのだなと私はしみじみと思う。
「あ、説明してなかったね。ジーモン–––––ジーモン=トイフェルは、パルフェット帝国の大商人だ。僕の協力者でもある」
「そうなんですか。でも、大商人ってことは色々危ないんじゃ……?」
皇帝が自分より力を持っている人を潰そうとするなら、ジーモンさんはとっくに亡き者にされているはずだ。
「ジーモンはね、他国との商売をする商人なんだよ。だから、下手に手を出そうとしたら、他国からの反感が来るんだ」
「そういう逃れ方もあるんですね」
「本当、ジーモンの悪知恵にはいつも助けられてるよ」
ははは、と穏やかに笑いながら岳都先輩は言うけど、そんなジーモンさんを取り込んでしまう岳都先輩もかなり恐ろしい。
そんな感じで会話をしながら歩いていると、岳都先輩はある部屋の前で立ち止り、
「で、ここが亜忍の部屋だ。隣が僕の部屋、その隣がバシリーの部屋だ」
と言った。
え、今、私の部屋って言った?
そんなもの貰えるなんて思ってもいなかったので、私はぽかんとしてしまった。
「私の部屋?」
「ああ、亜忍の部屋だ。そんなに驚くことだった?自分の部屋がないと何かと不便だろうし」
「いえ、いや、驚いたんですけど。向こうでは自分の部屋持ってなかったので」
「そうなんだね。この部屋は亜忍の好きなように使っていいよ」
そう言って、岳都先輩が部屋の扉を開けた。
中の内装を見て、私は思わず、わっ、と声を漏らしてしまった。
新品の机、ベッドにクローゼット。窓際のカーテンは淡い桃色。
質素な部屋だが、私のために全て用意してくれたのだろう。
「これ、まさかわざわざ?」
「未来は見えていても、いつ亜忍が来るか具体的に分からなかったから、少しずつ準備をしてたんだ。大体出来上がった頃に来てくれて助かったよ」
「……ありがとうございます」
私なんかにそこまでしてもらって、嬉しさ半分、申し訳なさ半分だ。
「それでだ、亜忍。魔法の練習、してみようか」
「魔法の練習、ですか?」
唐突に岳都先輩が言う。
魔法の練習、と言うワードに私は少なからずわくわくしてしまう。
「ああ、具現の魔法を使って、亜忍の好きな部屋にしてごらん。模様替えだ」
模様替え……。
だから、この部屋はこんなに質素なのか、と納得する反面、この質素な感じも気に入っていたので、もやもやする。
岳都先輩がせっかく準備してくれたのに、それを変えるなんて、と言う思いも少し、ある。
「僕は具現の魔法が使えないから、簡単なことしか教えられないけど、亜忍ならできる」
「……頑張ります」
「基本的に魔法の使い方は、どの属性でも同じだ。詠唱で理を変化させる。
だから詠唱は全て、『〜の理よ』で始まる。浄化の魔法は例外だけどね。あとは、個人の言葉の選択で、どんな風に理を変化させるのかを紡ぐ。それだけだ」
岳都先輩それだけ、と言うけど、かなり難しいだろう。語彙力がないと魔法なんて使えないじゃないか。
「それが難しいから、一般呪文というものが存在する。言葉の通り、世間一般的に使われるものだ。学校の魔法の授業でもこれを習う。
だけど、僕はこれは良くないと思う」
「どうしてですか?」
「魔法は使う人自身が、詠唱で世界の理に介入するんだ。その人自身の言葉じゃなければ、本来の力が発揮されない。それに一般呪文は、低位の魔法しかないから、高位の魔法を使うときに苦労する」
「そうなんですか」
岳都先輩の話を聞いて、頼りっぱなしは良くないんだな、と改めて実感する。
正しく魔法を使えるようになるには、それなりの苦労が必要。それは何事にもおいても同じか。
「じゃあ、やってごらん」
「丸投げですか?」
「僕には具現の魔法が使えないんだからしょうがないだろう?」
それもそうだ。
私は目をつぶって、どんな部屋にしたいかイメージを膨らませる。
出来るだけ、シンプルがいいな。でも、壁紙は少し変えたいかも。
どんどん、“理想の部屋”が脳内で出来上がっていく。
脳内で部屋のイメージが固まると、今度は理に介入する言葉を選び出す。
よし、できた。
「想像の理よ、理想の部屋を実現させよ」
呪文を唱える。そのまんまの言葉だけど、飾って逆に分かりづらくなったら、本末転倒だ。
私の詠唱で、部屋が段々と変わっていく。物が意思を持って移動しているようで、見ていて面白い。
改変にはそんなに時間はかからなかったが、なんとなく長い時間を見ているようだった。
「おお、いい感じだね」
変わった部屋を見て、岳都先輩はそう言ってくれた。
「ありがとうございます。でも、少しイメージと違うんですよね」
「最初だからな。完璧にできなくて当然だ。むしろ、できた方が怖いよ」
「そうですよね」
「うまく魔法が操れるようになったら、“理想の部屋”を再現するといいよ」
「そうします」
そうは言いつつも、私は今の部屋に満足していた。
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