第42話
「〈ラピッドウィンド〉・《ワンドレス》!」
再び、戦闘が始まった。
クレイマン達はパワーはある代わりに動きが鈍い為、寄られる前に着実に一体一体を倒していく。
さして時間も掛からず、俺達は第二波を撃退できた。
が、
「はぁ……はぁ……また入って来た。本当に何体いるんだよ、あいつら」
「も、もし『イキモノ小屋』にいた皆が暴走してるなら……最低でも、七十体はいるっス……」
第三波、第四波、と退けていく中で、流石に俺達にも疲れが出てきた。
《ワンドレス》も一発一発の威力が落ちてきているし、トリスタンの動きにも若干キレが無くなってきている。
……七十体以上か。
さすがに少し、厳しいだろうな。
――俺達二人だけ、だったなら。
「……! 来た!」
突如クレイマン達に起こった異変に、俺は待ってましたとばかりに指を鳴らした。
クレイマン達に付いている一つ目の光が、徐々に赤色から黄色に変色していく。
「イズ! トリスタン! 壇上に戻るぞ! ……学園長!」
「ええ、わかってるわ! さぁ、三枚目の『カード』を切るわよ!」
学園長が高らかに言い放つのを待たず、俺達はクレイマンの群れに背を向けて走った。
「ヒナツ! 大丈夫っ? 怪我とか、してない?」
壇上に上がると、すかさずネヴィーが駆け寄って来る。心配そうな顔が、すぐ横に現れた。
「あ、ああ、大丈夫……ちょっと疲れただけだよ。それよりも、次はお前の出番だ。頼むぞ」
「う、うん……が、頑張る! だから、ヒナツ……私のこと、ちゃんと見守っていてね?」
勿論、と俺が頷くと、ネヴィーが安心したように息を吐き、それから覚悟を決めたように壇上の中央へと歩いて行った。
……さてと、いよいよ真打ちの登場だ。
「…………ふぅ」
中央まで移動したネヴィーが小さく深呼吸し、瞑想でもするように目を閉じる。
数秒の後、再びその美しい空色の瞳が現れた瞬間、ネヴィーの周りの空気が明らかに、変わった。
二階席の新入生達が、壇上の教授や上級生達が、学園長やイズ、俺さえも、講堂にいる全ての人の視線が、壇上で静かに佇む一人の白銀の少女だけに釘付けになっていた。
彼女の華奢な体躯はどこか儚げで、消え入りそうで、少しでも触れればもろくも溶けてしまう雪のようでありながら、纏う雰囲気は凛々しく揺るぎなく、幽玄にして厳かだった。
照明の消えている薄暗い壇上で、ネヴィーの周りだけが、淡い光に照らされているようにすら見えた。
本人は快く思わないだろうが……、
【氷鏡の戦女神】とは、つくづく的を射たあだ名だと思う。
講堂中の全員が、今までの騒がしさが嘘のように口を噤み、壇上の少女の一挙手一投足を食い入るように見つめる中、遂に、ネヴィーがゆっくりと杖を取り出した。
既に講堂の後ろ半分を埋め尽くしているクレイマン達に真っ直ぐに杖を向け、いつだったか、ロザラインと対峙したあの時のように、凄まじい量の魔力を、恐ろしいほど複雑に、けれど精巧に練り込んでいく。
やがて、ネヴィーの杖が眩い光を放ち出した。
彼女の口から、呪文が紡がれる。
そして――
「――――〈カラド・ボルグ〉」
――時が、止まった。
瞬きする暇も無いほど、一瞬の出来事。
ネヴィーの周囲に無数に顕現した剣身の細い「氷の剣」が、次には彼女の杖から吹き荒れた猛吹雪に舞って飛んでいき、クレイマン達を蹂躙した。
「……………………は……ハハッ…………こいつは、凄いや」
ついさっきまで蠢いていた侵入者達は、一体残らず「氷の剣」に刺し貫かれ、微動だにしない。
まるでそこだけ時間の流れに取り残されたように、全ての物の動きが凍り付き制止する座席部分を俯瞰して、俺はもう、精々乾いた笑いを漏らすくらいしかできなかった。
※ ※ ※
俺がこの学園の入学試験に落ちた日、つまり【用務員生】生活初日の夜、初めて「イキモノ小屋」に行った時、親方はおやっさんと一緒に「学園長から言いつけられた、クレイマン達のややこしい調整」とやらをしていた。
あの時は色々ムカついていて気にも留めていなかったが、
「まさかあの時の調整に、こんな形で助けられるとはなぁ」
学園長が揃えていた「カード」の三枚目は、改ざんされた魔術式を更に改ざんする工作だった。
学園長の指示で親方とおやっさんが、魔力を送り起動した瞬間から周囲での『展開機』による魔術発動を封じる効果を、一定時間後に打ち消されるように細工していたのだ。
この「一定時間後」というのがミソで、トーリー氏の思惑通り暴走はするが、いざ講堂へ乗り込んでいくらもしない内に、クレイマン達は「魔術士の天敵」から「動く的」に逆戻り、という寸法だったらしい。
「言い訳できない状況を作る」とは、こういうことだったんだな。
「フフン! 驚いたでしょ? これで私がいかに『デキる女』か、やっとわかったかしら?」
「ええ、心底驚きましたよ。学園長って、ちゃんと仕事してたんですね」
「ヒナツ君、なんて辛辣なっ! お姉さんは悲しいわっ!」とかなんとか小芝居をしている学園長を無視し、俺は死屍累々――と言っても倒れているのは人形だ――の講堂を見やった。
クレイマン達の襲撃は既に止み、学生達も一部の野次馬を除き大半が講堂から引き揚げていた。
彼らもとんだ災難だったろう。後日再開催されるゼミ紹介は無事に終わることを祈るばかりだ。
「お疲れ様、ヒナツ。終わった、ね?」
「ま、一応はな。ネヴィーこそお疲れ様。大活躍だったじゃないか、さすがは学年一位だな」
隣に立つネヴィーの頭を労いとともに軽く撫でると、ネヴィーが嬉しそうにはにかんだ。
まぁ、もし最初からこいつが出張っていたら、大活躍どころか一人で充分だっただろうけど。
「さて、いよいよ大詰めね! ここから、あのオジさんを追い詰める為の証拠を――」
「あ、学園長。そのことなんですけど……俺達、さっき既に重要な証人を見つけましたよ」
小芝居を切り上げてそう張り切る学園長を手で制し、俺は言った。
「あら? そうなの? 随分仕事が早いのねぇ。で、その証人っていうのは?」
学園長の言葉に、俺とネヴィーとイズが同時に顔を動かす。
その視線が集まる場所には…………口を噤んで俯いている、ロザラインの姿があった。
「えっと、彼女が何か、知っていると言いたいのかしら?」
「はい。…………ロザライン、もう一度、話を聞かせてくれないか?」
俺が声を掛けると、ロザラインは表情を硬くして、けれどやがて観念したように口を開いた。
「……この度の事件は、わたくしが……お父様に命じられて引き起こしたことですわ」
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