第36話 作戦開始
「……また、戻ってきたんだな」
シンの右目に紫色の炎を模した光が宿る。
それは『ゼウスの神眼』を発動した証。
正真正銘本物のシンがその場に戻ってきた何よりの証拠。
「わかる、わかるぜ。今何が起きているのか、俺が何をするべきなのかを」
シンは一旦目を閉じ数秒間思考した後、何かを理解したかのように見開いた。
辺りを見渡す。レティ、ルーナ、ソーラが敵の攻撃からこちらを守っており、自分の側には今か今かと指示を待つサラたちの姿。
真がシンの思想を理解していたように、シンもまた真が思い描いていた内容を自然と理解したのだ。
「三、二、一の合図で行くぞ。ソーラ、準備はいいな」
「ああ、いつでもこい!」
シンは背中に背負った鞘から剣を抜き、体の前に構えた。
それを見たサラ、ディア、リシュも同様にいつでも戦闘を開始できるように剣を構える。
「三」
魔法猟団たちの攻撃は手を止めることなくこちらへと襲い掛かっている。
こちらの動向を窺うことなく、ただひたすらに魔法結晶を飛ばし続ける。全てレティたちのバリアに弾かれようともまるで発射台のように無心で何度も、何度も。
「二」
右方向を守っているソーラが腰を少し下ろし、いつでも駆け出せる態勢に入る。
「一」
シンの持つ剣を淡い光が包み込み、その姿を変えていく。そして、
「行くぞッ!!」
合図と共にシンたち四人とソーラは右六十度方向へと駆け出した。
進む先は木草が生い茂っている。無造作に長く生えた草に足を取られ、思うように走ることはできない。
それでもソーラはシンの作戦通りに伸びた草を掻き分けながら自身のユニーク・アビリティ『ネオ・ボルケーノ』で炎の障壁を展開し続けながら前に進む。
それに追いつくように後方のシンたちがソーラの炎の障壁の内側へと駆けてきた。
「サラ、ディア、リシュ!!」
「『フローラル・ギフト』!!」
「『疾風乱斬』!!」
「『トリシューラ』!!」
シンたちが前に出ると共に残り百二十度の位置に立っている魔法猟団の者たちから狙いを変更された魔法結晶がいくつか移動する先へと放たれていく。
それからシンたちを守るのがその前を遮るソーラの炎の障壁。
これで横からの攻撃はシャットアウトされた。
残るはその現在シンたちが踏み込んだ右六十度の範囲にいる者たちの攻撃。
無論その範囲にいる者たちは五人に向けて魔法結晶を集中砲火させる。
背後が隙だらけなソーラ、別の役割のシンを除いた三人はその魔法結晶から二人を守るのが仕事だ。
例え大人数といえども三つに分断された内の一つの人数分ならば彼女たち三人でも撃ち落とすことができるはず。そう真は考えてこの作戦に打って出た。
サラが重点的にソーラを守り、ディア、リシュの二人がシンへと迫る魔法結晶を次々と撃ち落としていく。
「よし、いいぞみんな。邪気を振り払え『アイギスの盾』よ!」
その声と共にシンが手に持っている光に包まれていた剣が『アイギスの盾』へと姿を変えた。
次の瞬間、シンはその盾を高く投げ上げる。重力を無視しているのか宙に浮かんだ『アイギスの盾』はシンの思う描く高さから落下してこない。
「闇を浄化せよ女神のアテナの光」
盾から眩い光がその前方に立つ者たちへと放たれる。
魔法結晶を撃つため木陰に隠れず表へ出てきてしまっていた魔法猟団の者たちはその光を直接浴びてしまい、黒い煙を上げながら苦しみもがいていく。
この光は邪悪を払う特殊な光。直接人体に影響を与えずに邪気のみを消滅させることができるのだ。
シンが右へ腕を振り払うような動作をすると、それと連動するように『アイギスの盾』も向く方向を変え、前方から右方向へ薙ぎ払うようにその光を放射していく。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
邪気によって操られた者たちの断末魔が密林に響き渡った。
『アイギスの盾』は右六十度のいた者たちを全てその光で照らし、邪気を浄化させたのだ。
煙を出しつくし、彼らは続々とその場に倒れていく。あの時と同じように彼らを操っていた邪気が払われたのだろう。
「右は終わりだ。ソーラ、リープたちの元に戻れ」
「終わった? おっけー!」
シンたちは態勢を立て直すため一旦元のポジションへと戻る。
今度はソーラとレティが役割を交代。リープとツヴァイを守る役がルーナとソーラに代わり、前方へと出る壁役がレティへ。
「行けるかレティ」
「もちろんっ!」
「行くぞッ!」
レティが前に駆け出した。残る左六十度の方向からの攻撃からシンたちを守るためバリアを左に向ける。
そして、同じようにレティをサラが守り、残る二人がシンをサポートする。
「『アイギスの盾』、アテナの光を放て!」
皆が襲い来る魔法結晶を撃ち落としている隙に再びシンが『アイギスの盾』を上空へと投げ上げる。
先ほどと同様に盾が一周し、放つ光が中央六十度にいた者たちを全て浄化させた。
ジュウウ……と何かが焼ける音がする。おそらく彼らに憑りついていた邪気が聖なる光によって焼かれている音だ。
「レティそのまま下がって大丈夫だ。後は俺たちだけでもなんとかなる」
「うん、わかった。気を付けてねみんな」
残るは左六十度のみ。既に横からの妨害を気にする必要はない。
壁役のレティはルーナたちのもとへと下がり、残ったシンたち四人は攻撃を防ぎつつ同じように『アイギスの盾』から放たれる光を放射させた。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「これで、浄化は完了だ」
左から右へと光を薙ぎ払うように放射、全ての者たちに光が当たり邪気を焼き払っていく。
それを確認したシンは宙に浮く盾を手元に呼び戻し、元の剣の姿へと戻した。
煙を出しきり最後に立っていた者がその場に力無く倒れると、それが作戦終了の合図となってシンたちは一斉に張り詰めていた緊張を解いた。
真の考えた作戦が成功したのだ。
「よし、これで終わりね。総出で動いたら案外なんとかなるものね」
サラが剣を鞘に収め、ふぅと一息吐いた。
レティたちもバリアの展開を止める。魔王を倒すほどの実力を持つパーティの面々だが、流石に息は上がっているようだ。特に魔法結晶を撃ち落とし続けたサラ、ディア、リシュの三人はそれが顕著に表れている。
「流石に絶えず攻撃を防ぎ続けるというのは、堪えるな……」
「無理な作戦を押し付けてすまなかったな。お前たちのおかげでみんなから邪気を振り払うことができた」
その場で膝をついて息を整えるディアにシンは手を差し伸べる。
それを見たディアはフッと笑いその手を握り返した。
「礼には及ばない。仲間なのだから当然のことだ。力を合わせそれぞれ役割を果たすことがパーティとしての戦い方だろう」
「ふっ、そうだな」
「おーい、ツヴァイさん元気になったよー!」
レティが手を振りながらシンたちを呼んだ。
その後ろではリープの回復賢術による治療が終わったのか体を起こしているツヴァイさんの姿がある。
どうやら無事に成功したようだ。
「すまなかったなシン、みんな」
「……良かった、本当に」
有言実行を果たしたリープの表情は明るい。彼女は安心したのかその場にへたり込んでしまっている。
駆け寄ったシンにツヴァイが肩を貸してくれと指で合図を送ってきたので、シンはツヴァイの肩に手を回そうとした。
その時だった。
「っ……!?」
シンがツヴァイに触れようとした瞬間目に映る世界全てが紫色を帯び、シン以外の人物全員の動きが止まったのだ。
触れようとしていたツヴァイの体はまるで立体映像の様になっており、触れることができなくなっている。
「なんだ、何が起こったんだ……?」
ツヴァイだけじゃなく、サラやレティたちに触れようとしても映像が乱れた様なエフェクトがかかるだけでそこには実体が何もない。
シンは辺りを見渡した。
先ほど邪気を払った影響で倒れている魔法猟団の者たちも同じような現象が起きている。
おそらく、今この空間で実体があるのはシンのみ。
「……何者だ、俺に何か用があるんだろ」
と、思われたがシンはこちらへと向かって来る何者かが歩く音、そして手を叩く音を聞き逃さなかった。
「流石だよ英雄。この数でも傷一つつけることができないとはね」
「……お前は」
やがてその者が木草の陰から姿を現した。
姿を現すや否やその男はトレードマークのマントを翻し、前髪をキザっぽく掻き上げる。
「ムラサメ……!」
「活動お疲れ様です英雄。……いや、我が忌々しき恋敵シン・テオラ」
彼がよく見せていた残念な感じのナリは影を潜め、その場に立つは復讐に燃える一人の男。
何やら用があると今朝早くから屋敷を出た彼がこんな密林の中に姿を現している。
フローラ家、国王に仕える身であるはずの彼がシンを見る目は同じく平和を志す者の目ではなく、完全に敵を見る目だ。その目からは殺意すらも伝わってくる。
「これはお前がやったのか? このおかしな空間も、邪気を植え付け人々を操っていたのも」
「あれからこの世界にほとんどいなかったはずなのにそこまで知っているのか。なぜだかは知らんがまあいい」
「何を言っている。俺の質問に答えろ」
ムラサメは口角の端を少し上げ、懐からある物を取り出した。
それは紫色と黒色が入り混じった光を放つ不気味な石。ムラサメはその石をシンに見せつけるように前に突き出す。
「やったのは僕だ。と、言ったらどうする?」
「ムラサメ、貴様……!」
シンは一旦鞘に収めた剣を再び抜いてムラサメがいる方向へと突き出した。
こいつはもう仲間でもなんでもない。ハーレーどころか国王すら裏切った男はシンの中ではもはや止めなければならない者以外のなにものでもないのだから。
「僕は今ここでお前を倒し、ディアちゃんを手に入れる……!」
それを見てムラサメも剣を抜いた。
彼の目的はシンを倒すことではなく『ディアを手に入れること』。その最大の弊害となるシンを排除することは彼の中で至極真っ当なことと化している。
そして、戦いの火蓋が切って落とされるのであった。
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