第21話 修羅場勃発

『おお、来たのう』

『はい、まあ』


 『ゼウスの神眼』を発動させ、呼び戻した英雄に体を託した俺はまた精神世界へとやって来ていた。

 先ほどまで危機的状況に置かれていたわけだが、ここに来ると目に映るのは呑気にお茶を飲み耽るゼウスのじいさんと中継モニターのみ。

 まるでスポーツ観戦をしながら居間でまったりしている老人だ。当事者ではないとはいえ緊張感の欠片も無い。


『また色々と厄介な事態になっとるなあ。まさか隣国から魔族が大量に攻めてくるとはのお』

『やはり、バイフケイト国は生き残っていた魔族に国を乗っ取られたってことでしょうか』

『兵の中に人間が一人もいないと考えるとそう考えるのが普通じゃろうな。ワシが知る限りではリーベディヒ王国とバイフケイト国の関係は友好的じゃった。平和条約を破ってまで侵略しようとしてくるとは考えにくい。それよりも、』


 ゼウスのじいさんは中継モニターに手をかざすと、横にスライドさせ中継場所を変更した。

 映し出されているのは城塞のほうではなくディアが残った森側の方。

 兵士の半分近くが残りの兵士たちに容赦なく襲い掛かっており、その場は混沌と化している。


『この暴れている方の兵士たち、何かおかしいとは思わんか?』

『このタイミングで反乱を起こすっていうのもおかしいなーとは思いましたけど』

『左様。仮に彼らが反乱を企てているとしよう、だがこんなおかしなタイミングで起こすとは思えんのじゃ。先ほどまで魔族とも戦っていたんじゃし、彼らが手を組んでいるとも考えにくい』

『と、いうことは魔法猟団の男たちと同じパターンってわけですか』


 俺の指摘にゼウスのじいさんは指を鳴らして俺を指差した。

 「ご名答じゃ!」。言葉としては発しなかったが、右目をウィンクをしながら俺を指差すキメ顔のじいさんからはそんな意味が読み取れてしまう。

 やっぱり緊張感ないなあ……。


『彼らは前回と同じように何者かに邪気を植え付けられ操られてしまったと考えているのじゃよ。戦い方も先ほどまでの統率のとれたものと違い、荒々しいものに変わっておる。まるで中身が変わってしまったかのようにな』


 現場はディアと後から合流したのであろうムラサメが中心となり、操られているのであろう兵士たちを鎮圧させようと奮闘している。

 幸いあの二人も彼らに異変が起こったということは理解しているようで、命を奪わず彼らを気絶させて戦闘不能にさせるように戦っているようだ。

 彼女たちは強い。林道の戦いを見て俺はそのことを知っている。

 どうやら心配はいらなさそうで、一人、また一人とあの二人は兵士たちを戦闘不能に追いやっていた。流石だ。


『ふーむ……』


 しかし、ゼウスのじいさんはどこか気になるところがあったのか、前と同じように自分の顎髭をなぞるように手を当てている。


『何か気付いたんですか?』

『あの兵士たちから邪気を感じるのは確かじゃ。しかし、それとはまた違う邪悪な気配を感じるのじゃよ……』

『城塞の方にいる魔族でもなく、ってことですよね』

『うむ。その正体まではわからんが、他に何か邪悪なものがあの場にあるみたいじゃな。曖昧な言葉ですまんがのう』

『操られている邪気ではない、他の何か……?』


 中継モニターを見ただけではその何かについて知ることはできなかった。

 じいさんは正体はわからずともそれを感じ取ることができたらしい。

 俺はもうすぐ神眼の効果が切れて向こうに戻る。頭の片隅に置いておかなければならない情報だ。


『さてこちらは……と。おお、どうやら終わったみたいじゃぞ』


 再びじいさんは画面を横にスライド。元の城塞の方へと中継が繋がっている。

 あれだけ城門を突破せんとしていた魔族は全て蹴散らされ、国境門が障壁で覆われてバイフケイト国側からの魔族の侵入を防いでいた。

 この短時間で英雄がやったのだろう。強すぎるだろ。


『守護障壁で国境門を守ったか。あのリープという賢者じゃな、相変わらず強力な賢術じゃのう』

『あの……、賢術って何ですか? ルビィはリープのことを賢者って呼んでいたし、少し気になっていたんです』


 自己紹介を行っていたあの時、レティの”天才魔法使い”という肩書は理解できていたのだが、リープの”居眠り賢者”というのはよくわからなかった。

 おそらくリープは『賢者』という役職なのだということはわかる。

 しかし、『魔法使い』と『賢者』って何が違うのかがわからなかった。同じじゃないの?


『賢者は魔法使いの上位職みたいなものだと考えればよい。賢者には魔法使いには扱えぬ秘術【賢術】が使えるのじゃ。威力・効果共に魔法とは比べ物にはならぬほど強力なものがな』

『あの障壁も賢術ということですか』

『そうじゃな。しかし、あの規模のものとなると相当消耗してしまったはずじゃ。彼女は当分あの賢術は使えんよ』


 じいさんの言う通り中継で映っているリープはレティの膝で眠ってしまっている。 

 なるほど、それで”居眠り賢者”か。


『む、どうやら今回はこれまでのようじゃな』

『もう時間ですか。まだ色々と聞きたいことはあるんですけどね……』

『まあそれは次の機会に持ち越しじゃ。戻ってもうまくやるんじゃぞ』

『はい。ではまた』


 シンの右目から炎を模した光が消えると同時に、俺の精神世界での意識も途絶えた。 



   ◇   ◇   ◇



 これが俺の精神世界での出来事。

 既に英雄の体へと精神は戻っており、戦いが終わった城塞に俺は立っていた。


「これで城門側はなんとかなったわ。後は森側に集まっている兵士たちの同士討ちのほうを見に行かないと」

「ああ、それなら……っとと」


 『ゼウスの神眼』の発動代償は体力消耗の激しさ。

 俺は一歩踏み出そうとしたらつい足をふらつかせてしまい、そのままサラに頭から抱きついてしまう。

 サラは一瞬体を強張らせるが、すぐに俺を受け入れた。


「ひょおっ!? シ、シン!?」

「ぐえ、あ……いや、違うんだこれは……!」


 顔が飛び込んだ先でサラの柔らかいものに当たる。

 服の上からでもわかるそのマシュマロのように柔らかいクッションぶり。これが何かなんてすぐにわかった。

 それに気付いた俺はすぐにサラから離れようとするが、あろうことかサラは俺の頭を両腕でガッチリホールドし始めた。


「もー、シンったら! いきなり大胆はなことするよねー。どうしたの、疲れちゃった? よしよし」

「お……おい、サラっ! ぐえっ」


 ふおおおおおおおおおおやめろおおおおおおおおお!!!!

 こんなドテンプレなラブコメ展開を俺は求めていない! というか完全に事故っただけなのになんでサラは受け入れちゃってるの。

 ちょ、待っ……力強いなおい。消耗しているのもあるが抜け出せないんだが。当てられているせいで息できないし。

 あ、これやばいかも……………………。

 

「えへへ~。シン~~♪」

「………………」

「はいはい、離した離した。アンタシンのこと殺す気なの?」

「あっ、もー……」

「…………ぷはっ」


 流石にヤバイと思ったのかルビィが俺を引き離し、尊い一つの命を救ってくれた。

 あー……マジで死ぬかと思ったぜ。

 女性の胸に飛び込んで幸せすぎたとかそういうのではなく、リアルに命を危険を感じることになるとは。

 よくラブコメ物で巨乳の女の子に顔を思いっきり埋めているシーンあるけど、あれ実際にやったら息できなくて死ぬんじゃないか?

 展開自体はラッキースケベそのものだったのに、「実際にやってみた」で地獄を見るとは思わなかったよ、まったく。

 これもハーレム系英雄さんの体に入ってしまった者の宿命か……。


「ありがとうルビィ、助かった」


 俺は足がふらついてまともに立っていられないのでその場にへたり込む。

 命の恩人であるルビィへ礼を言おうとそちらへ顔を向けると、


「………………」


 すごく鋭い目つきで睨まれていた。

 いや、角度的にゴミを見るような目で見下されている感じと表現した方が適切だろうか。


「じー……」


 その横でリープを膝枕しているレティもジト目をしながら俺に何か言いたげな表情をしている。

 なにこれ、味方がいないんだが。


「待ってくれ、今のはわざとじゃないんだ。ユニーク・アビリティ使ったせいで足がふらついて……」

「ふーん、それであの展開になるとか流石は女をはべらせまくってハーレム作ってるシンって感じするよね」

「……クズ」


 俺は必死の弁護をするも、二人に軽くあしらわれてしまう。

 ハーレムを作ったのは俺じゃないからそっちはいいとして、ルビィのストレートな罵倒で俺の心は深く傷ついた。


「む、こちらも終わっていたのか。……どうしたんだ?」

「おやおや、修羅場かな?」


 森側の件が終わったようでディアとムラサメも城塞へと戻ってきていた。

 二人とも階段を上がって早々目に飛び込んできた俺たちの一悶着に困惑している様子。

 

「お嬢様、なぜそこで体をクネクネとくねらせているのですか……?」

「えへへ~。シンがね、私の胸にいきなり飛び込んできたのよ~!」

「なっ……!?」


 おい。


「シ、シン貴様! ふしだらだぞこんな屋外でそんなこと! なんてはしたない……うう……」

「あーあ、ディアちゃんそういうことに弱いところは昔から変わらないね」

「うるさいっ!!」


 昨日屋敷で逃げ出した時の様に顔を真っ赤にしてその場にしゃがみこんでしまうディア。

 両手で顔を覆い、耳まで真っ赤になりながら自らの世界に閉じこもってしまっている。


「ちょっと待ってくれ。これ事故だから。本当だから。信じてくれよ」

「ほ、本当なのか!? 本当にお前はお嬢様の胸を目当てに」

「違うから!! 事故が本当って意味だから!!」


 真っ赤になったディアは首をブンブン横に振り続けており、まともに俺の話を聞いてくれる様子はない。

 サラは体をくねらせ自らの世界へ、レティは膝枕をしながらこちらをジト目で見つめている、リープは熟睡、ルビィは相変わらずゴミを見るような目で見下し続け、ディアは暴走中。

 ……残るのは、


「ムラサメ、お前ならわかるよな、俺の気持ちを」

「ウィ、自然とハーレムを作ってしまい女を泣かせる英雄様だったらこのくらいは朝飯前じゃあないのかい?」


 笑顔でそう答える残念な男ムラサメ。

 こいつ……俺に味方しない気だな。


「ははは、とりあえず英雄が誤っているんだからもう許してあげたらどうかなみんな。彼も悪気があって起こしたわけではないようだし」

「うう……そうだよな、そうなんだよな」

「はぁ、とりあえずこの町で起こった事を国王に報告しておかないとマズイんじゃない? 戦争を起こされたってことでしょこれ」


 今度は頭を抱え出したディアはもうあまり役に立ってくれなさそうなので、それを見かねたレティが話を切りかえてくれた。

 良かった、あの話題が終わる。

 

「なぜだかはわからないが同士討ちを始めた兵士たちは気絶させて特殊な檻に放り込んでおいたよ。馬車の運転手共々町長に預けてきた」

「攻め込んで来た兵士たちが魔族だったってことも報告しておかないとね。リープが眠っちゃってゲートは使えないし、明日またここを出ないとかな」

「ああ、そうしよう。もう夜も遅いしな」

「よし、じゃあ僕は町長に足を手配できないか相談してみるよ」


 ムラサメはそう言うとすぐに階段の方へと駆けて行く。

 残された俺たちはとりあえず今日の宿泊予定の場所へと向かうことにした。

 俺は眠ってしまったリープをおんぶし、レティに手伝われながら階段を降りて城塞を出る。

 この町に来てからまだ数時間。既に町は真っ暗だ。

 最悪の事態は免れたわけだが、ゼウスのじいさんが言っていた邪悪な気配を含めて気が抜けない展開が続きそうだな……。




「えへへ~~シン~~」

「いい加減アンタは戻ってきなさい」

「痛いィ!?」


「いつまでやってんのよ。もうシンたち戻っていったわよ」

「ええ!? ちょ、待ってシーン!!」

「ったく、あんなのに宣戦布告されたのね私。……というかシンってあんなに露骨に慌てる姿を見せる奴だったかしら?」

 


 

 

 

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