24.浅倉チーム迷走中なう




 ◇ ◇ ◇




「――クシュンっ、ヘックシュンっ、ヘーックシュン! ……鼻風邪でもひいたかな?」



 さっきからくしゃみが止まらない。

 でも寒気も何も感じないし、喉の痛みも無い。風邪ではなさそうだ。

 ということは、さては誰かが俺の噂をしているな? どんな噂をされているかどうかはともかく、俺も随分モテるな。多分悪い意味で噂されているに違いないんだけどさ。女の子に黄色い悲鳴を上げられながら噂をされている、ということだけはないだろう。経験上。

 ズルッと洟を啜り鼻下を軽く指で擦る俺は、「噂されるようなことあったっけ?」寧ろあり過ぎて思い当たる節が見つからない。しきりに首を傾げていた。


 大した噂じゃないことを願いつつ俺は現実に思考を戻す。

 現在進行形で俺はいつものたむろ場(=倉庫)で集会に顔を出している。集会というよりも、各々状況を報告しあっている感じだ。

 先日、晴れて浅倉チームは『エリア戦争』の勝者になったのだけれど、こっちも随分手痛くやられた。それだけならまだしも、回の喧嘩の後味の悪さといったら……勝ったというのにちっとも喜べない。


 浅倉チームにいたっては沈鬱なムード一色だ。皆、お通夜に出る時のような顔をしている。

 また此処には敵対していた榊原チーム、正しくは元浅倉チームだった不良も何人か足を運んでいる。全員が揃っているわけではないけれど皆、浅倉さんに背中を向けた手腕のある不良達だった。彼等から“真相”を聴くために浅倉さんが自ら頭を下げて呼んだんだ。



――真相。



 それは榊原チームに寝返った彼等の真実。彼等はどうしても身を置かなければならない深い事情があった。

 曰く、内紛を起こした榊原は地位と名誉、そして日頃から浅倉さんのチームへの対応に不服・不満を持っていたらしく(折角実力のある不良が集っているのに名を挙げようとしなかったリーダーに鬱憤が溜まっていたんだろう)、ついに実力行使に出たらしい。


 主犯はまず自分と同じように浅倉さんに不満を持っている不良に声を掛けた。

 それだけじゃ数が足らないから、次に実力のある不良達を脅す。これは浅倉さんの戦力を弱めるための行為でもあったようで、ある奴は友達を、ある奴は兄弟を、誰にも知られたくない秘密を握られた奴もいれば、榊原に賛同した不良達にリンチ紛いなことをされて強制的にこっちに来るよう強いられた奴もいる。浅倉さんの知らないところで彼等は苦境に立たされ、榊原に屈服、本意じゃないチームの抜け方をした。


 浅倉さんの舎弟、蓮さんもその一人。

 彼等の話によると蓮さんは仲間内がリンチ紛いなことをされている発見。すかさず止めに入ろうとしたんだけど、人数が多過ぎて止め切れず、弱っている仲間を人質にチームを抜けてこっち側に入るよう強要された。

 浅倉さんの右腕であり、彼自身も少林寺拳法経験者だということもあって、最初から蓮さんは引き抜きの対象として見られていた。


 なにより蓮さんは浅倉さんの舎弟。

 誰よりも浅倉さんに精神的苦痛を与えられる人物でもあった。浅倉さんを慕っていた蓮さんにとってそれは苦痛で仕方が無かっただろうに、彼は仲間を助けるために条件を呑んだ。真実を伏せて浅倉さんの下を去るしかなかったんだ。


 だけど蓮さんの心は常に浅倉さんにあった。

 彼は思っていたそうだ。脅しと強制で出来上がった寄せ集めチームなんていつかはガタがやって来る。それを見越していた蓮さんは、水面下で同志を集めて自分達が“本当のリーダー”に対してできる最後の仕事をしようと提案。



『和彦さんを……残してきた向こうの仲間を勝たせよう。“エリア戦争”の勝者にするんだ。榊原チームを俺等で終わらせるんだ。それが俺等にできる唯一の詫びじゃないか』



――こうして蓮さんとその同志達は、表向きでは榊原に従い、裏では虎視眈々とチーム崩壊の穴をあけるために奔走。


 結局、俺達が勝てたのは手腕のあるヨウ達の力や団結、智ある作戦だけじゃなく、そうやって陰で動いてくれる“見えない仲間”がいたからだ。彼等がいなかったらきっと日賀野達という厄介な援軍を呼ばれて形勢逆転。負けていたかもしれない。否、負けていたのだろう。確証はないけれど断言できる。


 彼らの真相を知り、感傷に浸ってしまう。

 こうやって事情を聴くことはとても簡単なんだけど、此処までたどり着くのに随分時間を要した。

 だって向こうのチームに属していた不良達が頑なに口を開こうとしなかったから。事情を問い詰めても、口を揃えて「負けは負けだから」、弁解をするつもりは毛頭もなく、有るがままに現実を受け入れるの一点張りだったんだ。


 それは凄まじかった。教えて欲しい、負けた、教えて欲しい、負けたのやり取りが延々繰り返された後、痺れを切らした浅倉さんが土下座をして頼み込んだ。まさか浅倉さんが持ち前の自尊心を投げ捨ててまで頭を下げると思わなかったらしく(向こうは度肝を抜いて止めさせていた)、彼等はとうとう根負けして重い口を開いてくれた。

 本当に真実を語る予定はなかったみたいで語り部になる時間は長く、慎重に言葉を選びながら自分達の身の上に降りかかった事を教えてくれた。

 すべての真実を知って、今、俺等は何も言えないでいる。ほんっと……後味の悪すぎる勝利だよ。向こうも抜けることは本意じゃなかったようだし、なにより裏で俺等に力を貸してくれてたんだぜ? 勝ちに酔えるわけないじゃないか。


 何が悪かったんだろうな。

 榊原の不満か? 確かに榊原は間違った。仲間のあり方と、自分の考えを伝えるやり方を間違った。

 けど回避できる手立ては幾らでもあった筈だ。原因を突き詰めると榊原をそうしてしまう……不満に気付けなかったことだろう。話を聞く限り、榊原もチームについては真剣に考えていたみたいだ。ただやり方を間違ったんだ。間違っちまったんだ。見失っていたんだろうな、本来の仲間のあり方に。


 嗚呼、今回の喧嘩は喧嘩に勝って一件落着じゃない。

 これから浅倉さん達はどうしていくんだろう。それによって俺等協定を結んでいる荒川チームの動きも変わってくる。都合のことイイコトを思えば、ハッピーエンドな展開になってくれないだろうか。

 このままじゃお互いがお互いに終われないじゃないか。お互いに傷付け合って、でも実は浅倉さん達に心はあって、皆を勝たせようと仲間達が奔走していた。真実を知りながらも、裏切ったから、勝利したからの名目で敗者に制裁を……ンなことできるわけない。


 そんなの報われないじゃないか。



「……ヨウ」



 俺はリーダーにこの状況の打破策を求める。

 「無理だ」部外者の俺にはどうすることもできねぇ、ヨウは人の訴えを斬り捨てるように即答してくる。

 不満げに相手を見据えるけど、リーダーの姿勢は変わらない。


「あいつ等の問題を俺等が引っ掻き回してどうする? これはあいつ等の問題。浅倉達が解決していくしかねぇんだよ。俺がしゃしゃり出てもお節介にしかなんねぇ」


 ご尤もだけどさ。

 俺は渋々と相槌を打って、向こうの様子を傍観することにした。傍観する以外にどうすることもできないよな。

 ちなみに俺達は邪魔にならぬよう倉庫の端に身を置いて様子を窺っている。此処は俺達のたむろ場だけどな……空気は読むよ。うん。今はツッコまないよ。うん。


 向こうには浅倉さんや涼さん、桔平さん、俺等と共に闘った浅倉チームメートの戦友(喧友?)に、榊原チームの不良(でも心は浅倉さん達寄り)。

 行動の中心人物になった蓮さんの姿はそこにはない。負傷した彼は入院までいたってないんだけど頭を三針、右腕の骨にもヒビが入って病院通いになったらしい。それに蓮さんは浅倉さん達に呼ばれようと顔を出すつもりはないようだ。実は俺、さっき向こうチームの不良達の雑談を耳にしちまったんだ。なんでも蓮さんは仲間内にその心境を明かしているようで、合わす顔がないと苦言しているらしい。


 気持ちは痛いほど分かる。

 もしも俺が彼だったら、申し訳のなさあまりに二度と姿を現すことはできないと思う。仲間に背を向ける行為は、それだけの罪に当たるんだ。俺も仲間に背を向けようしたことがあるから、彼の気持ちはよく分かる。


 真実を聞いて、どれほど時間が経っただろう。

 誰一人言葉を発することもなく向こうのチームは皆、ダンマリとジベタリングをしている。

 勝者が敗者を揶揄することもなければ、敗者が勝者に負け惜しみを言うこともない。ただただ真実を知る側、知られる側、双方の間に深い溝ができていた。皆、空気の重さに圧死しそうな顔をしている。


「こりゃあ、俺の責任だな。リーダーとして、仲間のことをちゃんと見ていなかった。俺にすべての責任がある」


 ふと倉庫内に響く浅倉さんの声音。

 静寂を裂くように膝を叩いて腰を上げた浅倉さんは自分のせいだと責を素直に受け入れ、まず共に闘った仲間達に頭を下げた。そして今度はやむを得なく向こうのチームに行ってしまった仲間達にも頭を下げた。リーダーとして。

 両者驚く浅倉さんの応対だったけど、「榊原の奴にも悪いことしたな……」浅倉さんは沈鬱な表情で言葉を重ねる。


「前々からあいつの不満はちょいちょい聞いていた。けど、ただ聞くだけでチームの意見として取り入れなかった。結果がこれだ。あいつの行き過ぎた暴走は俺の責任でもある。おめぇ達には辛ぇ思いさせたな。本当に悪く思っている」


 暴動を起こして、チームに亀裂を入れたのは榊原。

 だけどそれは榊原一人のせいじゃなく、自分の責務でもあると浅倉さんは強く主張。そして皆に言う。お前等の責任じゃない……と。勝者にも敗者にも同じ言葉を手向けた。

 仲間同士で傷付け合わせた契機は自分にあるんだって……強く訴えて謝罪をしていた。


 「けど悔いたって一緒だ」何も生まれやしないし、前にも進めない。後ろに下がるばっかだ。浅倉さんは謝罪を止めて、仲間達に綻ぶ。



「俺について来てくれた奴等には感謝している。けど、水面下で俺等のために働いてくれた……おめぇ等にも感謝している。俺はもう一度、ついて来てくれた仲間とおめぇ等、両方の仲間でありたい。今度は自覚を持ってリーダーをしていこうと思う。できることならやり直しを希望したい」



 浅倉さんの一句一句が、まるで重い空気を取り除いているようにさえ思える。


「エリア戦争の勝者になった俺達は、『廃墟の住処』をテリトリーにするわけだが、今のままじゃはっきり言って人手不足だ。今回は荒川の手を借りてここまできたわけだが……」


 軽くなっていく空気の中、「いつまでも荒川達に頼っていてもなぁ」迷惑を掛けるだけだと苦笑い。

 『廃墟の住処』は己の陣地にしたい土地として有名な場所。もし次に狙われでもたら、また苦戦を強いられてしまう。最悪大負けして苦労して手に入れたテリトリーを奪われかねない。それは回避したい。


「勿論、おめぇ等の意志に任せるけどなぁ」


 強要するつもりはない。 

 けれど、自分について来てくれるなら、もう一度……今度は水面下じゃなくて堂々と仲間として自分に手を貸して欲しい。浅倉さんは元榊原チームや今の仲間達に願い申し出て、「どうだ?」意志を確認。独断じゃなく、皆の意見も尊重することをちゃんと忘れていない。浅倉さんなりの成長だろう。

 すると現在のチームメートからは賛同する笑みが零れた。リーダーがそう決めるなら、自分達は従うまでだと返事をしている。満足気に綻ぶ浅倉は、「最初はギクシャクすると思う」けど上手く纏めてやるさ、リーダーとして。向こうチームにも安心させるように目尻を下げた。


 俺は光景に胸が暖かくなる思いがした。 

 気持ちがあれば何度だってやり直せるのだと教えてくれる光景だった。確かに双方、傷付け合ったかもしれない。だけど、こうやって気持ちが通じているなら、何度だって仲間になれる。何度だって友達に戻れるんだよな。一光景に勇気付けられる俺がいた。


「申し出は凄く嬉しいです。和彦さん」


 向こうチームにいった不良から声が挙がる。 

 ひとりの不良が代表として、立ち上がり浅倉さんに歩んでいた。その不良は彼の前で立ち止まり、まずは礼を告げる。

 次いで送った言葉は好意は受け取れないという謝罪の言葉。頭を下げて、リーダーの願いを丁寧に断った。過去を水に流し仲間として受け入れて再結成を望んでいるというのに、彼はその気持ちすら拒む。これには語り部も傍観者も絶句するほかない。流れ的には再結成になると思っていたというのに。

 「なんでだよ」堪らず口を挟んできたのは桔平さんだった。お前等のことは許しているのに、そう率直に気持ちをぶつけると、謝罪をした不良が微苦笑を零す。


「今の俺達に戻る資格はないんだ。桔平」


「ンなことねぇよっ、だってお前等は」


 言葉を遮るようにかぶりを横に振り、不良は同志である元榊原チームに視線を流す。


「此処にいる連中は皆、そう思っているさ。弱かったばっかりに榊原の言いなりになっちまって。結局、手前の弱さが祟って裏切りの道しか選べなかった。ずっとこのまま言いなりで終わるのかと覚悟を決めたほどだ。けど、そんな時に俺達を声を掛ける男がいた。それが蓮だ」


 曰く、蓮さんが中心となって引き抜かれた仲間に呼びかけ、反旗を翻す機を狙おうと何度も訴えたという。

 臆病風に吹かれていたために榊原に逆らうことすら恐怖し、最初こそ誰も首を縦に振らなかった。が、蓮さんは諦めずに同志を集めようと行動を起こし、ついに彼等の心までも動かしたという。


「すべては貴方の舎弟のおかげでした。和彦さん。さすがは貴方の舎弟です。蓮は、貴方から離れてもなおチームと舎兄を思っていた」


 彼がいなかったら脅しに屈して従順なチームメートとして成り下がっていたのだと不良は肩を竦めた。

 「だから」蓮がいないこの場で自分達が戻ることなど許されないのだと不良は話を続ける。誰よりも行動を起こし、その一方で誰よりも苦悩していた蓮の姿を知っている。終わりを望み、チームに決着をつけると覚悟を決めていた“リーダー”なしに自分達は戻ることなどできやしないのだと彼は主張した。


「本音を言えば、和彦さんの気持ちは受け取りたい。ですが蓮が今の、俺達のリーダーです。蓮の意思が此処に無い以上、気持ちを受け取ることはできません」


「……蓮は今、どうしてやがる? あの日以来、ちっとも連絡が取れねぇんだ。顔すら合わせてくれねぇし」


 浅倉さんの問い掛けに、向こうの顔が顰められる。


「終わりを手にした蓮は、ただただ無気力と化しています。あんなに俺達を誘導していたくせに役目を終えた途端、ぜんまいの切れてしまった人形のように生気がなくなってしまいました。誰が声を掛けても生返事ばかり。正直、今の状態は危ないです。放っておけば何をしでかすか……」


「昔からあいつは責任感が強ぇからな。よし、おりゃあ今すぐにでも蓮に会いに行く。あいつを説得させて、蓮を含んだおめぇらを連れ戻す。それで文句はねぇだろう? あー、おりゃあガタガタと過去をねちっこく言うのは億劫なんだ。さっさと終わらせてチームを再結成させたいんだよ」


 過去に縛られている元チームメート達に、「てめぇ等の悔やみは俺の悔やみでもある」だからこそ一緒に過去を清算していこうと歯茎を見せて綻ぶ。

 これには話し手となっている不良も不意を食らったようで、「そんな貴方を今でも尊敬していますよ」と力なく笑っていた。どことなく泣きそうな顔を浮かべていたのは俺の気のせいとしておこう。


 別の不良が浅倉さんにこう申し出た。蓮を救って下さい、と。

 誰よりも自責の念に駆られている蓮さんは、エリア戦争後、まったく食事を取っていないそうだ。負傷した身の上だというのに。


「こんなことを言うのはおこがましいようですけど、きっと蓮を救えるのは和彦さんしかいないと思います。エリア戦争後は俺達にすら心を見せなくなっているんですよ。あいつ」


「そりゃ、やっべぇな。そうなった蓮は誰の話も聞こうとしない。ああくそっ、こりゃあ長期戦か? 望むところだっ、あいつを説得してみせらぁ! 待ってろ畜生が! あいつは俺の舎弟だ。サシで話してやるよ」


 そっか。

 蓮さんは舎兄に背を向けたことを相当悔やんでいるんだな。

 事情を聴く限り仕方が無かったことだと思う。仲間を助けるために、向こうのチームに行かざるを得なかったのだから。事情は十二分に理解できる。


 ……だけど俺は蓮さんの気持ちも痛いほど分かる。似たような経験したからこそ、彼の気持ちが手に取るように分かるんだ。 

 浅倉チームの行く末を心配する一方で、蓮さんの心情が気掛かりで仕方が無かった。今の状況下じゃ蓮さんは浅倉さんの話を素直に聞いてくれるとは思えない。大丈夫かな。懸念を強める俺がいた。


  


 一週間後、俺の心配は見事に当たってしまう。 

 協定チームの俺達にチームの近況を報告しに来てくれた浅倉さん曰く、チームの状況は変わらず。

 向こうの中心人物になっていた蓮さんと会い、話し合いに持ち込もうとしても蓮さんは一切応じてくれないそうだ。真相を聞いたと言っても、「俺はあんた達を裏切って抜けたから」の一点張りで、さっさと立ち去って行くそうな。


 とにもかくにも浅倉さん達を避けまくっているらしく、姿を見つけ出すのにも苦労するという。家に行ってもまったく会ってくれず、彼を追い駆け回す日々になっているとか。

 これじゃあ話し合いどころか、顔合わせだけで時間の大半を要する。浅倉さんは現状に、ほとほと困っているらしい。


「長期戦になるとは分かっていたが、出鼻からこれじゃあな。蓮は一度そうだと決め込んだら、頑固になる奴だ。責任を取って身を引こうと思っているんだろうが……俺の気が済むわけねぇだろうが。ったく」


 苦虫を噛み潰したような顔を作って語ってくれた浅倉さんは、まず舎兄弟問題として解決していこうと考えているらしく、同じ立ち位置にいる俺とヨウに相談を持ちかけてきた。どうすればいいのか、を。

 今の舎弟・桔平さんとも十二分に話し合ってはいるんだけど、打破策が見つからないらしくお手上げ状態なんだって。


 うーん。どうすればいいのか……と言われても、こればっかりはなぁ。

 これは浅倉さんや桔平さんの問題じゃなくて、蓮さん自身の心の中の問題だと思う。舎兄弟とかチームとか、そういうものじゃなくて、蓮さん自身が自分の起こした問題を許せるかどうかの問題だと俺は思っている。口に出すことは無かったけれど、俺はそう考えていた。


「しかし蓮って奴を仮にチームメートに戻したとしても、舎兄弟はどうするんだ? テメェ等」


 素朴な疑問をヨウは投げ掛けた。

 ご尤もだ。仮に蓮さんがチームに戻って来てくれたとしても、舎兄弟の件はどうするんだろう。

 桔平さんを舎弟から外して、蓮さんに舎弟に戻ってもらうのが妥当なんだろうけど……桔平さんは桔平さんなりに頑張っていたと思う。だからって桔平さんが舎弟のまんまで、蓮さんがただのチームメート、じゃあ蓮さんが心苦しくなるんじゃないか?

 同じことをヨウも思っていたらしい。「今のままじゃ不味いだろ」どうするのだと、浅倉さん、桔平さんに尋ねていた。


 すると浅倉さんと桔平さんは柔和に綻んできた。それについてはもう考えてあるようだ。


「おりゃあ、一方的に蓮に舎兄弟を解消されちまった。あいつが許してくれるならもう一度、奴の舎兄になりたい。でもって桔平は、誰よりも傍で俺を支えてくれた。こいつも舎弟の枠を外すつもりはない。別に舎弟はひとり、なんてルールねぇしな。これからのことを考えると副頭とは別に俺を支えてくれる奴等が必要だ。特に桔平や蓮みたいな奴が俺には必要だからな。おりゃあ、最初から舎弟を二人持つと決めている。舎弟は舎兄の後継者だの背中を託すだの言われてる存在だけど、おりゃあ、舎弟ってのは舎兄を支えてくれるありがてぇ存在だって思っているよ。桔平も承諾済みだ。な?」


「ええ、俺は一向に構いませんよ。新旧舎弟として蓮とうまくやりたいと思っています」


 きっとうまくやれるだろうと誇らしげに笑う桔平さんの肩に手を置き、こういうことだから大丈夫だと浅倉さんが片目を瞑る。


「後は蓮がどう思ってくれるかだが……舎弟の件じゃうまくやっていけそうだ」


 衝撃が走ったのは俺達舎兄弟の方だった。


 舎弟を二人持つ。

 そ、そういう考えもあったのか。いや、確かに舎弟は一人、だなんてルールは何処にもない。寧ろ不良漫画ではひとりの親分不良が多くの舎弟を率いている。ああ、なんてこったい! 俺達の舎弟問題もそうすれば普通に解決したんじゃ!


「よ、ヨウ! 今からでも遅くないぞ。弟分達を舎弟にしちまえ!」


「そ、そうだな。うっしゃ、俺もこれから舎弟を増やす! モト、キヨタ、おめぇ等は今日から俺の舎弟だ!」


「うぇえええ、俺っちケイさんの舎弟がいいッスよ!」


「お、オレもそれはちょっと……」


 遠慮する後輩達に迫るものの、各々首を横に振って遠慮されてしまう。

 どうやら俺達ではうまくいかないようだ。浅倉さん達だからこそうまくいく解決策らしい。まる。


 さてと、馬鹿も程ほどにして話を戻す。

 向こうの舎兄弟に俺等から助言をすることはできなかった。安易に案を出せるわけでもないし、部外者が口出しをしても……な? 本当は何か打破案を出してやりたかったけど、俺達自身も良策を思いつくことができなかったんだ。 

 結局その時は何も助言できずに、話が終わってしまった。俺達に出来ることは向こうのチームが上手くいくように、と……ただただ成り行きを見守ってやることぐらいだった。




 あくる日。

 『エリア戦争』後の対応と協定について簡単に話し合うために、俺と舎兄と副頭は向こうチームのたむろ場に赴いていた。

 別に俺はついて来なくても良かったんだろうけど……ほら、舎兄が行くなら舎弟も行かなきゃいけないみたいだし(そんなルール誰が決めたんだよ!)。できれば留守番したかったけど、モトが煩いしな。交差点四つ角の某ビル二階ビリヤード場を訪れるために、そのビルに入り、狭い階段を上ると歩調を変えないままビリヤード場の扉を開けてお邪魔します。


 同時に、「おい待てって蓮!」「話だけでも聞いて下さい!」「蓮!」大声、怒号、制止、様々な声が一室を満たしていた。

 どうやら、荒川チームは超バッドタイミング極まりない時に訪れてしまったらしい。等間隔に並列しているビリヤード台の向こうで帰ろうとしている蓮さんと、それを止めに入る不良達が目に映った。見たまんま修羅場だ。


 帰ろうと躍起になっている蓮さんの姿は痛々しく、頭には包帯、左頬にはガーゼ、右手にはギブスが嵌められている。全治三ヶ月以上の怪我だろう。大騒ぎになっている向こうの話を耳にする限り、榊原チームに表向き寝返った仲間達が蓮さんを強制的に此処まで連れて来たようだ。塞ぎ込んでいる蓮さんを見ていられなかったのだろう。せめて浅倉さんと話だけでもするよう促している。

 浅倉さん自身も話を聞いてほしい一心で、帰ろうとしている蓮さんを止めていた。出入り口に向かう蓮さんの前に回って、両肩を掴んで、まずは落ち着けと優しく言葉を掛けている。


 だけど向こうは気持ちが昂ぶっているのか、「退け!」話すことなんてないのだと手を払って舎兄を押し退けていた。


「蓮っ、ンの頑固者! 話を聞けって言っているだろ! こっちはやり直したいっつってるんだよ!」


 こっちに向かって来る蓮さんに、桔平さんが声音を張る。

 「勝手にすればいい」冷たく返す彼の言葉には茨が纏っていた。元仲間達を再び“浅倉チーム”に入れようが、彼等がチームに入ろうが自分には関係ない。好きにすれば良いのだと肩を竦め“自分は戻る気などない”と言葉を足す。


「話もしないで決めつけてんじゃねえぞ阿呆が。黙って去ることが美なのか? あ? ならその考えに焼き入れてやらぁ!」


 プッツンいった桔平さんが口汚く表に出ろと喧嘩を売る。

 「お、お前がキレてどうするんだよ」仲間内からツッコまれると、「るっせぇー!」蓮をぶっ飛ばさないと気がすまんなんぞと叫んでいた。仲間を思うがゆえの感情だろう。

 隙を見た蓮さんが早足で俺達の脇をすり抜ける。「あ、蓮!」涼さんが呼び止めても聞く耳を持たず、部屋から飛び出してしまった。彼の表情を盗み見てしまった俺は言葉を失ってしまう。切迫した面持ちの中に確かな雨模様が宿っていたから。


「行っちまった。また逃げられたか。仕方がねぇ。俺、追い駆けて来るから。おめぇ等は……荒川達じゃねえか。ダサイところ見せちまったな」


 浅倉さんが俺等に気付いて声を掛けてくる。

 ヨウやシズが応対している中、俺は得体のしれない何かを感じていた。親近感を覚えていた。なにより気持ちに急かされていた。

 本能が言っている。このままじゃいつまで経っても、チームは上手くいかない。時間だけが刻一刻と過ぎていく、と。蓮さんがみんなの言葉を拒絶している限り、きっと関係は平行線を辿る。それじゃあ駄目なんだ。蓮さんは此処で逃げちゃ駄目なんだ。


 でも蓮さんは逃げるだけの理由を持っている。きっと誰にも吐けない感情に怯えている。

 どうしてかな、気持ちが痛いほど分かる。分かっちまうんだ。



「あ、おいケイ! てめぇまで何処に行くんだよ!」



 ヨウの呼び止めを背に受けながら、俺は感情のままに蓮さんの後を追い駆けた。

 浅倉さんよりも早く追いついて話をしないといけないと思ったんだ。


 二段越しに段を跨いで、一気に階段を駆け下りると、負傷した赤髪不良の姿を探す。残念なことに今日の俺は丸腰。愛チャリは自分達のたむろ場に置いてきたから追い駆ける手段は俺の足以外ない。

 「どっちだ」大通りを見渡し、蓮さんの姿を探す。思いのほか、彼はすぐに見つかった。目立つ髪の色とギブスのおかげだろう。

 重い足取りで雑踏に紛れる彼の背を追い駆け、追い抜き、前に回る。ぼんやりと宙を見つめていた蓮さんと視線がかち合い、「あ?」なんだよお前と言わんばかりに睨まれてしまった。が、急いでいる俺には関係ない。


「俺と来て下さい。早くしないと浅倉さんが来ます」


「はっ? おまっ、なん……聞けよおい!」


 腕を引っ掴みんで駆け出す俺に蓮さんが大きく動揺。

 それでも律儀に足だけは動かしてくれるため、こっちも誘導しやすい。通行人という障害物を器用に避けながら、俺は困惑している蓮さんとひたすら走る。浅倉さん達が簡単に見つけることのできない場所まで。


 とある丁字路の信号前で足を止める。揃って上がった息を整えていると、「お前。まじなんなの?」蓮さんから訝しげに視線を流された。まともに喋ったことのない彼を、後先考えずに誘導してしまった手前、俺は言い訳に悩んだ。親しい仲ならまだしも俺達はほぼ初対面。下手なことを言えば、俺は一発食らわせられるだろう。

 しかーしおまえっ、まじなんなの? と言われたら、答えてあげるが世のため。人のため。俺のため! 腕を組み、俺は唸り声をあげて彼に返答した。


「へい、カノジョ。俺と遊ばない? みたいなノリです」


「は?」


「つまり、その、ナンパしに来ました」


 シーンと沈黙が俺達の間に下りる。

 いや、他に言い分が見つからなかったのだからしょうがない。うん、痛いことを言った自覚はあるよ。だからそんな痛い目で俺を見ないで下さい、蓮さん。俺だって人間、ハートを持ってますんで傷付きます。


「どーせ暇でしょう? いいじゃないですか。俺にナンパされて下さいよ。これでも初ナンパなんですよ、俺?」


 微妙な空気を砕くように俺はニッと相手に笑いかけ、「田山圭太。ケイでいいですから」と自己紹介をする。

 すると圧倒されていた蓮さんが小さく噴き出した。「初ナンパが俺か?」しかも男をナンパだなんて、お前の趣味わっかんねぇ。おどけてくれる彼の笑顔は素なのだろう。俺も笑みを返して彼と共に笑った。


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