16.じりじりとじれじれ




【終わりを望む独白】




 “終わり”を別の言葉に言い換えてみたい。


 まずは日本語から。無難に最後、最終、終局、終結、終末、おしまい。

 少し頭でっかちに、格好をつけてみて幕切れ、大尾、とどのつまり。思いつく限りこんなところだろうか。あ、そうそう、挙句の果て、も候補に入れておこう。少し調べてみるだけでも日本語の“終わり”には色んな言い方があるものだ。


 では外国語で“終わり”は?

 エンドから始まってピリオド……こちらの知識不足のせいで、全然種類が出てこない。言い方がカッコイイとだけ言ってみようか。カタカナにするだけで“終わり”がやけに着飾って見えるのは、日本人特有の偏見なのではないだろうか。 


 閑話休題、自分は“終わり”に固執している。Why? それは何故か?


 理由は簡単。自分が終わりを望んでいるからだ。

 いつから望み始めたか? ……今も鮮やかに思い出せる。尊敬して止まない舎兄に背を向けた日からだ。あの日、舎兄(元舎兄だろうか?)に背を向けた日の夕焼けはいつにも増して赤み帯びていた。熱さえ感じる夕陽を浴びながら、舎弟の名を返上。

 ショックのあまり絶句している舎兄に無情を貫き通し、背を向けて、後にした。


 あの日以降、自分の目に映る赤い夕焼けは寂寞としている。


 舎兄に背を向けたせいだろうか。

 いつだって自分の目にする夕焼けは物寂しい。何もかもが色褪せているのだ。少し前まで夕陽に思うことなどなかったのに。

 敢えて言うならそう、綺麗……だっただろうか。夕陽に綺麗だとはしゃいでいた頃があった気がする。もう、その時の感情を思い出すことも出来ないけれど。舎兄や仲間と過ごした楽しかった感情も、笑いあった日々も、何もかもを忘却してしまっている。


 自分でその記憶そのものに封をしているのだ。



「和彦さん。貴方がどう出るか楽しみにしてますよ――自分、覚悟をしていますから」



 舎兄を思い出し、彼を真似するように夕陽空に向かってニッと笑みを浮かべてみせる。多分自分の表情は夕陽と同じ、物寂しい表情となっているのだろう。

 あと何回、この夕陽を見て侘しい気持ちを抱くんだろうな。苦笑を零していると、「蓮(れん)」仲間に名を呼ばれた。

 嗚呼、行かなければ。踵返し、夕陽に背を向けて蓮は仲間の元に歩き出す。蓮のこと、清瀬 蓮(きよせ れん)は数週間前まで浅倉和彦の舎弟だった男だ。今は榊原のチームに身を置いている。




 ◇ ◇ ◇




「――ま……やま……た……や……田山! こらっ、起きないか田山!」




 ビクッ―!


 誰かの喝破が頭上から聞こえて俺の体はものの見事に跳ねた。

 嗚呼、誰だよもう……せっかく人が気持ち良く寝ていたっていうのに、耳元でギャンギャンと吠えてくれちゃって……安眠妨害もいいところだっつーの。その吠えっぷり、モトかタコ沢を思い出すぞ。今の俺はすっげぇ気だるいんだから、そっとしておいてくれよ。

 一度は上体を起こした俺だけど眠気が勝利して、またおやすみなさいモード。


「お……おい田山」


 後ろから光喜の声。

 シャーペンで背中を突っつかれたけれど無視。周囲の笑声やら囁き声やらが聞こえてきたような気がしたけれどスルー。わざとらしい咳払いにも目を瞑る。とにもかくにも眠いんだって。俺の安眠を妨害しないでくれ。昨晩はちっとも寝れていないんだから。


 思考がブラックアウトし始める俺を余所に、


「ったく……お前は手間を掛けさせやがってからにもう。苑田! 土倉! お前等も寝るな! 今、授業中だぞ!」


担任の前橋が大喝破していた。 

 そう、俺、田山圭太は現在進行形で授業中だということを綺麗さっぱり念頭から消して、おやすみなさいモードに入っていたのである。クラスメートの弥生やハジメと一緒にグースカグースカと寝ているものだから、余計に前橋の怒りを買ったことは言うまでもない。

 でもその時の俺は爆睡という二文字で、完全オフモードに入っていたのだった。




「ふぁ~……シズじゃないけど、起きているこの今瞬間ですら眠いや。ケイも眠たそうだね」


「そりゃ……四時過ぎまで電話したり、メールしていたらなぁ。ねっむっ」


 授業後、延々と前橋に説教を食らった俺(と弥生とハジメ)はようやく解放され、かったるい体育の授業を受けている最中だ。

 ちなみに授業の内容はバスケ。連係プレーがすこぶるメンドクサイ球技だ。幸いなことに、授業の最初の方だからか、男女に分かれ二人組を作ってパス練するのが主。今日は試合をしないと担当教師が告げていた。


 説教のおかげ様で遅れてしまった俺は、ものの見事に余りものグループへと追いやられる。

 だけど大丈夫。同類のハジメがいるから! あいつと組んで形だけ真面目にパス練をしている。形だけな。遅れた分際でありながら、不真面目に体育館の隅の隅っこで超至近距離パス練している俺達は昨晩について語っていた。内容は勿論、『エリア戦争』のこと。


 俺達がこんなにも寝不足なのは、昨晩チームの打ち合わせがあったからだ。

 一旦は今日は此処まで解散! の流れだったんだけど、ちょいと俺達のチームだけで話すことがあったらしく、リーダーが皆に電話やメールを送っていた。俺もそれを手伝ったよ。超絶眠かったけれどさ、俺だけ寝るわけにもいかないじゃない! 一応舎弟だぜ? 寝落ちしたことがヨウ信者のモトの耳に飛び込みでもしたら……想像するだけでも恐怖だ恐怖! ヒッ、きっと鼓膜が破れるくらいにぎゃんぎゃん吠えられるんだ。あいつの兄貴愛には恐れ入るもんな。


 ヨウは親と喧嘩して二日間、俺のところに泊まっている。親がいる間は家に帰る場所がないと知った手前、追い返すことなんて俺には到底できない。両親も泊まりには甘い。落ち着くまで家に居れば良いとあいつに言ったら、申し訳なさそうに笑みを向けられた。変なところで気を遣う奴だよ。不良のくせに。


 閑話休題、連絡を取り合うリーダーの側らで補佐をしていた俺は絶賛寝不足である。

 起床時間もやばかったし(母さんいなくて助かった)、普段じゃ絶対やらない授業中の居眠りもしちまったし、説教は食らっちまうし。寝不足やら説教やら、踏んだり蹴ったりだ。無論、非は俺にあるんだけどさ! ごめんちゃい、前橋。お前もこんな生徒を持って苦労するな! 俺だったらこんな生徒、ぜってぇ打(ぶ)ってるぜ!


「なあハジメ。お前が計算する勝算ってどれくらい?」


 ポン。

 ハジメにバスケットボールをパスして問い掛ける。

 現時点での勝算を知りたいと思ったのは“なんとなく”の気持ちからだった。少しでも明確な“勝ち負けの答え”が欲しかったのかもしれない。

 

「ンー。五分五分ってカンジだね。そりゃ僕等には腕っ節の強い奴等が多いけど……問題は数だよ。数」


 ポン。

 パスを返してくるハジメは正直に答えてくれる。

 曰く、戦力の問題よりも相手にする数の問題らしい。なにせ、三チームを相手に挑むのだから、そりゃあ数が多い。特に榊原チームは数でも力でも圧倒している。悪戦を強いられるには違いない。想像するだけでも気鬱になるのは俺だけだろうか。普段の俺ならそりゃもう、できることならごめんなさい。田山は無理です逃げますトンズラします。平謝りしながら戦闘を放棄するさ。土下座してでも逃げるを選ぶね! 普段なら!


 でも、今回ばっかしはそうもいかない。渋々泣く泣くオロオロとしながら戦闘してきますよ。しちゃいますよ。できる限りのことはしますよ……泣きたい。勝算、五分五分なら尚更、泣きたい放り出したい逃げたい! 俺に腕っ節があれば話が別だけど、非力田山には勝率五分でもきつい。

 はは、俺もいい加減に観念という二文字と覚えた方がいいみたいだなぁ。すんなり観念して、広い心で喧嘩を受け入れる。そんな聖人になれたらいいなぁ。

 おりゃあ、普通の人間だ。無理なものは無理! 聖人田山にも、Z戦士田山にも、スーパーサイア人田山にもなれそうにないんだぜ! かめはめ波なんて会得できたら、不良を倒すどころか地球を救えちゃうんだぜ!

 

「な? ハジメ。俺達、Z戦士にはなれないよな? 気円斬とかどーやって会得するよ!」


「……ケイって時々話がぶっ飛ぶよね。一体全体何の話?」


 おっとしまった! また俺としたことが……田山ワールドを作り上げていたようだ。

 しかも俺の中だけで作り上げてるもんだから、相手には通じない。アウチ! そんな不審な目で俺を見ないでくれ、ハジメ!

 軽く咳払いした俺は、トントンッとボールを床について、もう一度ハジメにパスする。いい音を出してキャッチする相手がナイスパス、と声掛けをしてきた。返事をする代わりに話を続ける。


「ハジメの頭脳がフルに使われる喧嘩になりそうだな。力の配分といい。喧嘩するタイミングといい。どうしていくかは、ハジメに掛かってると言っても過言じゃないや」


「随分とプレッシャーを掛けてくれるよなぁ、ケイって。僕の力なんて高が知れてるよ」


 自分を卑下するハジメの笑みは自嘲帯びている。


「馬鹿。ハジメはそれだけ実力があるってことじゃんか。俺よりか遙かに喧嘩歴は長いだろ? ……まだチームを抜けようと考えていたりするのか?」


 彼の笑みが深くなる。他人事のように「さあね」

 間髪を容れずに否定をして欲しかったのだけど、ハジメにとってはやっぱり自分の非力がネックになっているみたいだ。それに関しては俺だって同じなのに……根っこから自信を喪失しているから、ハジメは馬鹿なことを思い続けるんだと思う。気持ちが分からなくも無い。

 片隅で思案をめぐらせながら、俺はハジメに明るくおどけ口調で言う。


「いいじゃん、力がなくたって。世の中インテリ不良ってのもモテると思うぞ? 今回の喧嘩で弥生にズバッとカッコイイところを見せられるチャンスじゃんか!」


 「ンなッ!」動揺したハジメはボールの軌道を誤り、壁へとボールをぶつけてしまう。

 なんでそこで弥生が出て来るんだと飛びっきり動揺してくれるハジメに、「べつにー」性悪な俺はボールを拾いながらにやり。いやさ、ヨウに同じような事でからかわれたなら、俺も誰かにしてやりたいじゃん? だからターゲットをハジメに絞った。


 ハジメ、不良だけどわりとからかいやすいんだ。

 最初こそ不良だから! で、一線を引いていたけど、喧嘩のことで同じ悩み抱いていると分かった。更に他の面子に比べて比較的におとなしめな性格だから遠慮せずに物申す事が出来る。ハジメも俺に遠慮なく言ってくるんだ。ちょっとしたからかいはご愛嬌だろ!


「いやさ、二人って前々からイイムードだと思って。リア充だよなぁ。羨ましい」


「煩いな。よく話す程度だよ……それにケイだってリア充みたいだけど?」


 にやにやっと笑う俺に、食い下がり様な形で反論しようとしてくるハジメ。

 おっと、それ以上のことを言おうとしてるな? そうはいかないぜ。俺だってこの手のことでは、からかわれる側になったら免疫力ない。このまま一太刀を浴びせられちまったら完全不利になっちまう。


「やーよーい」


 俺は打破策として体育館隅っこでサボっている弥生を呼んだ。

 「何?」友達と和気藹々と駄弁っていた弥生が、俺に呼ばれたことで弾かれたように顔を上げた。おいでおいでと手招きをすると破顔を浮かべて駆け寄って来る。


「けっ、ケイっ!」


 白々しく弥生を呼ぶ俺にガンを飛ばしてくるハジメの目は、お前まじふざけるなオーラが漂っている。だがしかし、俺はそんな怒りなど知らん! 今の俺はチクリ魔だぜべいべ!

 「なあにケイ?」ニコニコと笑顔を零してくる弥生に、俺はさも困ったような顔で「ハジメの奴。ありえないんだぜ」早々にチクリを開始。


「弥生。ハジメを叱りつけてくれよ。俺達があんなにも熱弁したのに、こいつったらまだチームを抜けるうんぬんで悩んでいるんだ」


 サッと弥生の表情が変わる。

 ぎこちなくハジメが視線を逸らす中、「俺達の友情が通じないんだぜ?」俺は嘆きながら肩をすくめた。

 すると彼女は相手に有無言わせずズンズンと狼狽している不良の前に立つ。


「ハジメの馬鹿!」


 目と鼻の先で怒声を上げられ、ハジメは目を白黒にさせた。

 石像のように硬直する不良相手に怒られたい? あっそう、そんなにも怒られたいんだ。満面の笑顔、でも目がちっとも笑っていない弥生がじりじりと距離を詰め寄る。あまりの剣幕にハジメは逃げ腰気味である。

 おい不良、そのへっぴり腰はなんだい? 思いっきりヘタレモードだぜ! そんなヘタレのことハジメは矢継ぎ早に弁解を述べ始める。


「えっとこれは、ケイの陰謀で!」


 おやおや人聞きが悪いじゃあーりませんか。ハジメ。


「何が陰謀だよハジメさん。俺はお前のことを『エリア戦争はハジメの頭脳がフルに活かさせるよな』って褒めたよな? なのにお前ときたら『僕の力なんて高が知れてるよ』とか言ってさ。挙句の果てに『もうダメだ。ごめんケイ』なんて俺に詫びを」


「最後に捏造が入っているから! 僕はそんなこと一言も「高が知れてるって言ってたのは?」ああーっと……前者は言ったよーな違ったよーなー、いやでもっ、イタッ、弥生! イタイって!」


 俺の手から素早くバスケットボールを奪い取った弥生は、「天誅!」ハジメに容赦なくぶつけてギャンギャン文句垂れる。



「ハジメのばかぁあああ! その卑屈根性叩き直してやるんだから! あ、待ちなさいよ! 馬鹿っ、ばかー!」



 弥生から逃げるハジメは俺の肩を拳で叩き、「覚えておけよ!!」この借りは絶対に返すと悪態を吐き捨てた。

 「待ちなさいって!」ボールを片手に走る弥生は、ハジメに狙いを定めながらあーだこーだと悪口(あっこう)をついていた。授業中にも関わらず、体育館の隅で青春鬼ごっこの始まりだ。


「どーしてそう卑屈になるのハジメって! 自分に自信持ちなさいよ! 私を助けてくれたじゃんか! いつも助けてくれるじゃんかー!」


「そ、それとこれとは……喧嘩と弥生はチガッ……、イッタッ! 弥生、頭部狙いはナシ! ナシだから!」

  

 あらあら、まあまあ、微笑ましいことですこと。

 言葉の節々にノロケが入っちゃっているような気がするし……なんだよ、付き合っちまえってんだリア充め! お前等なんかな、付き合っちまったらなぁ、スッゲェお似合いだと思うんだぜ畜生! 羨ましいよバーカ!


 完全に蚊帳の外に放り出された俺は、壁際に腰を下ろし、立てた膝に肘を置いて傍観者になる。 

 何度も不良にボールをぶつけてはそれを拾い上げる弥生、逃げ惑うハジメ、ほんと良いコンビだよな。

 お互いに恋心に気付いているのか、やや意識をした鬼ごっこをしている。卑屈になりやすいインテリ不良には弥生みたいなムードメーカーが必要なんだろうな。弥生はいつだって仲間内の鬱々とした空気を散らしてくれる雰囲気作りの名人だから。


 出逢った当初からそうだった。

 俺が初めて不良の喧嘩に関わって成り行きで弥生を助けたあの日、俺は弥生に笑顔で礼を言われた。花咲くような、その眩しい笑顔に照れてしまった。女の子に心から感謝なんてされたことがなかったから、余計嬉しかった。

 今までの片恋パターンから言えば、フツーに弥生って俺のタイプだと思う(不良を抜かしたら、の話だけど)。


 ああいうムードメーカーはとてもノリが良いから、調子乗りの俺にとって凄く親しみやすい。

 今までの俺は明るくてノリが良い、気兼ねなく、それでもって喋りやすい子は好きだった。お喋りが好きな子と話せば自然と話も弾むし、楽しいし、面白くて愉快だ。女の子の飛びっきり素敵な笑顔を見るとトキメク。弥生はドンピシャそういったタイプだった。

 このままいけばきっと俺は普通に彼女に惚れ込み、そして気持ちも告げずに(フラれるのが目に見えているんだぜ!)、イイオトモダチでいましょうパターンに流れておしまいだったことだろう。自分でも予想につく展開が今までの俺だった。


 だけど今回惚れてしまった子は全然タイプが違った。

 おとなしくて、お喋りが好きかといえばそうでもなく、健気で良い子だけど末永くイイオトモダチでいましょうな地味子ちゃん。親近感を抱くだけの女の子だった。それなのに、俺はいつの間にかこんなにも相手のことを意識している。


 そもそもどうして意識をし始めたんだろう。

 なんで俺はあの子のことをこんなにも考えるようになったんだっけ? 気持ちが傾く大きな契機なんて一抹もなかった筈なのに。チームのムードメーカーではないけれど、彼女はいつもチームメートに気配りをする縁の下の力持ちさんだった。

 俺はその姿を知っている。喧嘩後は皆のために飲み物を買いに行ったり、誰かが怪我をした時のためにいつも救急道具を持っていたり、仲間の安否を確認できるよう誰よりも携帯を常備していたり。俺が日賀野にフルボッコされた時も、率先して手当てをしてくれた。親近感を抱いているあの子から。そう、親近感を彼女には寄せていた。

 

 ふと、彼女の言の葉が脳裏に過ぎる。



『私、不良じゃないからこそ分かるんです。ケイさんの苦労。不良じゃないと、結構周りからとやかく言われますよね。それでもケイさんは屈することないから……私、ヨウさんにも憧れてますけど、ケイさんにも憧れているんですよ。私、ケイさんのようにもなりたいです』



―――ココロはさり気なく皆の良い所を見てくれている。


 俺も例外じゃない。見ていないようでココロは俺の内面をちゃんと見てくれていた。俺のことを遠くから見守ってくれていた。

 彼女をどうして意識したのか。それは小さなちいさな日々の積み重ね、なのかもしれない。例えば、たむろ場にやって来た彼女と挨拶を交わしたこと。何気ない会話をしたことと。優しく手当てをされたこと。励ましを貰ったこと。過ごしてきた平凡な日常や時間が積み重ねって、だんだんと惹かれるものになった。俺は彼女をいつの間にか異性として見ていた。


(惹かれている、か)


 目を閉じれば、脳裏に蘇る。

 その子の困った顔、驚いた顔、泣いた顔、はにかんだ顔、それに花咲くような笑顔。 


 なんだよ俺、あんなにもヨウに恋なんてしていないとか、認めていないとか、おざなりの気持ちだとか、弁解していたくせにばっちりと意識をしているじゃんか。

 ココロに想い人がいても、こんなにも……だって思っているじゃんかよ。事実から逃げようとしても、否定しても、自分の気持ちに目を逸らそうとしても、思いの丈は強くなる。分かっていても想いを告げたくなるのは、なんでだよ。阿呆。


「あーあ、ぜーんぶヨウのせいなんだ。俺、そんなつもりなかったのに。アイツが余計なことを言うから……あっちぃな」


 小さなちいさな独り言を漏らす。

 幸いなことに、体育館は一際賑わい声で室内を満たしているから、俺の声は誰にも聞こえなかった。ついでに馬鹿みたいに高鳴っている俺の鼓動も、俺以外の誰にも聞こえていない。きこえていないんだ。


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