13.彼等は別の未来の“俺達”
◇
――オワタんだぜ。真っ白な灰になった。燃え尽きた。
ちなみにこれは、俺自身が終わったわけじゃなくて、話し合いが終わったって意味だ。
ようやく話し合いに一区切りついて、今、多大な安堵が胸を占めている。
いやぁ、がむばったよ俺。テンパりにテンパりながら不良さん方に商店街の細かい道を説明。ノートを破り取ったページの切れっ端に軽く図を書いて、たどたどしいながらも説明をしたんだから。不慣れな説明の後は合同で戦法を出しあった。
戦法を立てるのは喧嘩慣れしてない俺にとって苦戦そのものを強いられたようなものだけど、そこは桔平さんが手伝ってくれたから上手く話し合いが進んだ。
ガチ話。不良相手に頑張ってよく司会進行を務めたよ、俺。表向きはぎこちなくて、内心緊張のガッチガチ。口腔の水分は見事に飛んで唾さえ出ないほど乾き切っていたけど、どうにか終わった。疲労通り越して疲弊したんだぜ。
皆で出し合った戦法と話し合い内容を舎兄に報告した後、俺は休憩とばかりに倉庫の外に出た。
すっかり空は夜模様。
残念なことに俺の住む町は都会だからそんなにホシは見えないけど、月の顔はちゃんと窺える。
今日は半月のようだ。半分に割れたお月さんがぽっかりと地上を見下ろしている。まるで人工の明かりよりも自分の方がナチュラルに優しい色をしているんだぞ、と人間に訴えながら地上を照らしてくれているようだ。あたたかい光を放っていた。
反面、お日さんが顔を隠してしまったから、夜風は冷たい。骨の髄を凍らせるような寒冷は纏っていないけど、肌の熱は徐々に奪われていく。二の腕を擦れば、軽く冷えていた。
「こんなところで何しているんだ、荒川の舎弟。えっと名前は……」
背後から飛んでくる声。
振り返れば、ヨウとは正反対の髪の色、赤髪に黄のメッシュを入れている桔平さんが歩んで来た。
「おっつー」俺の右肩に手を置いてくる桔平さんは、改めて俺の名前を聞いてくる。田山圭太、名乗った後、舎兄に付けてもらったあだ名を口にして後者で呼んで欲しいと微笑を向けた。肯定の返答を返す桔平さんは、「さっきはテンパっていたな。ケイ」可笑しそうに笑声を漏らしてくる。
「必死だったつーの? 超笑えたんだけど。慣れていないだろ?」
そりゃあ、生徒会長並みの仕事を押し付けられたんだ。テンパらないわけないだろ! 慣れていない? ああ、勿論慣れていないさ。目立つ仕事は全部日向男子に任せてきたんだからな! ……情けない? どうとでも言うがよい。それが俺なりの生き方でい!
心中で反論、表向きで誤魔化し笑いを浮かべる俺に、「だけど頑張ってたじゃん」お褒めの言葉を向けてくれる。
「不慣れっつーのは見ていて分かった。それでも自分のやるべきことしようとしていた。お前の熱意は伝わってきたぜ。ケイ」
片頬を崩してくる不良に目尻を下げる。
「あんなにも舎兄に期待されちゃ、頑張らないわけにもいかないですからね。頼まれたことはしっかりこなさないと……、それが舎弟のやるべきことだと思いますし」
すると桔平さん、「どんくらい経つんだ?」舎弟歴を尋ねてきた。
そういえば桔平さんは浅倉さんの舎弟だったなぁ。ということは同じ舎弟として歴が気になるかんじ? 俺もちょい気になるから、即答した。まだ一年も経ってない、と。
「三ヶ月は経っていると思いますよ。俺は日賀野達と本格的に対立する前からヨウの舎弟でしたし」
「てことは、先輩だな。こっちはまだ二週間も経っていないんだ」
わぁお、予想外。
不良ともあろう桔平さんの方が舎弟歴が短いなんて。それまで浅倉さんは舎弟を作らなかったのか? 桔平さんの横顔を見つめていると、此方の心情を見透かしたように桔平さんが口を開いた。
「俺は二代目」
冷気を纏っている風が吹き抜ける。互いのブレザーが靡き、音なく揺らめく。
「和彦さんにはちゃんと舎弟がいたんだ。今は向こうにいるけどさ」
桔平さんが苦々しい笑みを浮かべ、静まり返る空気を裂く。
ちゃんと舎弟がいた。今は向こうにいる……じゃあ浅倉さんの舎弟は分裂する際に舎兄の元を離れて行っちまったのか? 瞠目する俺に対し、「良い奴だったんだけどな」向こうに行っちまったと彼は悔しそうに唇を噛み締める。
「和彦さんとタメで、舎兄を心底慕っていた気の良い奴だったんだけどな。今も信じられないよ。あいつが、榊原についちまうなんて」
分裂する際、浅倉さんの舎弟は榊原についた。
裏切りと言ったらそれまで。けれど桔平さんは、「理由があったんじゃないかと思うんだ」その舎弟のことを未だに信じている節が見受けられる。
曰く、傍から見ればベストコンビだったそうだ。何をするにも一緒で、喧嘩をさせれば阿吽の呼吸で相手を蹴散らしていた。ハリボテコンビには到底見えなかった。浅倉さんは舎弟を可愛がっていたし、舎弟も浅倉さんを馬鹿みたいに慕っていた。
そんな姿を見ていたからこそ、信じることが出来ないのだと桔平さんは言う。
「今は和彦さん、ああやって笑っているけど……分裂直後は随分と落ち込んでたんだ。特に舎弟との決別は心底堪えていた。そんな和彦さんを支えたくて、俺は自分から舎弟に志願した。初代とは比較にならないくらい実力不足だってことは承知の上。でも見てられなかった。あんなにも無理に笑う和彦さんを」
チームに負担を掛けないように笑っていたけれど、痛々しくて見てられなかった。
素直に落ち込んでくれた方が良かったのに、浅倉さんは桔平達の前で気丈に笑っていたと言う。
「もしもアイツがこっちに残ってくれていたら……そう思わない日はないんだ。そんなにも脆かったのかな、舎兄弟の絆。結局は他人。何かあればスッパリと切れる縁なのかもな。ダチと縁を切ると同じようにさ」
俺は右の人差し指と中指をすりあわせる。掛ける言葉が見つからない。
「だから、お前等を見ていて励まされた」
一呼吸置き、桔平さんが口角を緩ませる。
驚き返る俺は、「え? 俺等を見て?」思わず聞き返した。
「だってお前等ってさ。仲間は勿論、舎兄弟の仲がすっげぇ深そうじゃんかよ。当たり前のように仕事を任して、それをやってくれる。それに応える。強い信頼を垣間見た気がする。お前と荒川は異色コンビって聞いていたし、目の当たりにしてそれは頷けた。でも上手くやってるじゃん。三ヶ月以上も続いているなんてスゲェことだよ」
お前等みたいに仲が深かったら、舎兄と舎弟が敵対することもなかったんだろうな。物寂しそうに言う桔平さんだけど、そんなことないと言いたかった。でも言えなかった。彼の胸に抱く希望を壊してしまうような気がしたから。
俺はダンマリになって夜空を仰いぐ。半月と顔を合わせながら、ぐるぐると物思いに耽る。
あの時、日賀野が俺を舎弟に誘ってきた……そう、利二が止めてくれなかったら、あの日あの時あの瞬間。
もしも俺がヨウじゃなく日賀野を選んでいたら。ヨウの舎弟を一蹴して、日賀野の手を掴んでいたら、俺とヨウは今の関係を築けなかった。
こんなにもチームメートと仲良くなれなかっただろうし、ヨウ信者のモトが俺を舎弟だと認めてくれることもなかっただろう。キヨタが俺を兄分だって慕うこともなかった。ワタルさん、シズ、ハジメ、弥生、響子さん、タコ沢……それにココロ。皆ともこんな風に過ごすことなんてできなかった筈だ。
ただ、もしも俺が向こうのチームについていたら、健太と絶交宣言を交わすこともなかった。
(俺がヨウの舎弟を捨ていてたら、浅倉さん達のようになってたのかなぁ。ヨウ達と敵対してたのかなぁ)
だとしたら、浅倉さんとその舎弟さんの姿は“別”の未来の俺達を見ているよう。
別の道を選んでた俺等の未来を、今こうしてまざまざと目の当たりにしている気分だ。
◇
同時刻―――。
「べつに桔平との関係に不満を抱いてるわけじゃない。寧ろ、桔平には感謝している。こんな俺を慕って支えようとしてくれてるんだからな。けど舎兄として俺が不甲斐なかったからぁ、ンなことになっちまったんじゃないかって常々後悔している。おりゃあ、お前さん方のようになりたかったよ」
「浅倉……」
ヨウは浅倉と倉庫隅の壁に背を預け、他愛もない談笑をしている真っ最中だった。
一区切りついた話し合いから、どういう流れで舎兄弟の話になったのか。その過程は憶えていないが(向こうから話を切り出してきたのは確かだ)、たった今ヨウは浅倉の心情に耳を傾けている。聴くに堪えない話だった。
仲の良かった舎弟が離れて行ってしまった。しかも敵対している、だなんて。
「舎弟には苦労掛けてばっかりだった」
苦々しく笑う浅倉は、精神安定剤代わりの煙草をゆっくり吸い、同じペースで紫煙を吐き出す。
吐き出された真っ白な紫煙は空気に溶け消えていった。
「思い返せば、俺の思いつき行動に何度、手を焼かせたか。両手足の指じゃ足んねぇ」
手を焼かせる度に仕方が無さそうにへらへら笑ってうたけど、内心じゃ憤ってかもしれねぇな。
昔話にもならない、ちょっとした思い出に花咲かせる浅倉。変わらぬ動作で煙草を吸っては紫煙を吐き出す。変わっていくのは吸っている煙草の長さだけ。次第次第に短くなっていく煙草の先端部を見つめていたヨウだが、ふっと視線を逸らし天井を仰いだ。
等間隔に並んでいる古い照明灯たちが無愛想に自分を見下ろしている。内、一つは今にも消えてしまいそうだ。発光が弱々しい。
「他人事に思えねぇ。俺等もそうなっていたのかもしれねぇしな」
ポツリ、ポツリ、と零すその言葉にすかさず反論が返ってきた。
「何を言っているんだぁ? 荒川、お前はしっかりと舎兄としてやってきてンじゃねえか。あの地味くんと三ヶ月以上も続いているんだろ? 嫌味かよ畜生」
肩を小突いてくる浅倉に違うと否定。
けれど遮るように向こうチームのリーダーは言うのだ。今の現実がすべての結果なのだと。
彼は言う。そっちにはそっちの苦労があっただろう。水面下で対立したかもしれない。
しかし、今こうして信頼し合っているではないか。タイプの違う人種同士が噂立つほど名を挙げている。傍目から見ても羨望を抱く絆の強さ。それは舎兄であるヨウの実力であり、大した器なのだと浅倉は語り部に立つ。
「おりゃあ、お前のリーダーシップを見守って素直にスゲェと思ったよ。個々人の能力を理解して、あんなにもチームを纏めることができるなんて……さすがだと思った。判断もさながら、皆の意見を取り入れるその姿も天晴れアッパレ」
「俺個人の力だけじゃねえ。周囲の力あってこそだ」
「手前の身の程度を知っている。それを卑下悲観することなく、受け入れることでお前のリーダーシップはより磨かれている。そんな気がする。荒川と俺は同じ立場に立っているが、決定的に違うところがある。それは仲間に自分を認めさせる力の差だ。お前は俺よりも確かに、その力がデケェ。きっとお前にはそれだけの魅力があるんだろうな。惹かれるものがあるっつーの?
例えば、お前の下を仲間内の誰かが離れていこうかどうか迷いを見せる。その時、離れるか・留まるか、思い悩んで悩んでなやんで、ふと思い出す。お前さんの魅力を。俺にはそれが欠けていたから、舎弟を含む仲間内の半分以上が去って行ったけれど、お前さんの場合は決定的な魅力が発揮されて仲間を引き止めるんだ。お前さんの外貌がイケている、そんな高が知れた魅力じゃない。
内面的な魅力がお前さんの中には秘めてあって、いざって時に魅力が大きく輝くから仲間はお前を慕う、リーダーって認めてるんだな。それだけお前の仲間意識への姿勢が強かったのかもしれないな。
噂には聞いてるぜ、荒川庸一は喧嘩に対して一点の曇りも容赦もねぇが、その一方でスゲェ仲間思い、仲間のために奔走するってさ。極悪非道舎兄弟ってのも噂には聞いてたんだけど、そりゃ間違いのようだ。
ま、俺も悲観バッカしてらんねぇや。離れて行った仲間に嘆くんじゃなく、残ってくれた仲間のために喜んで一肌も二肌も脱ごうと思う。リーダーってのはそういうもんだ。チームを纏めるだけがリーダーじゃねえ。仲間を守れねぇリーダーはただの能無し。おりゃあ、リーダーをそういう目で見ている」
「仲間を……か。そうだな、守れねぇリーダーなんざ、ただの肩書きリーダーだろうな……浅倉、俺は最近よくこう思うんだ。たった一人でも俺について来てくれる奴がいる限り、俺は俺の役割を真っ当しよう……ってな」
「かぁあー。イケメンくんが言うと絵になるなぁ。俺が言っても絵どころか下書きにすらなんねぇや」
おどけ口調で笑う浅倉は助言してきた。自分のようになるな、と。
末路に待っているものはきっと後悔と自責の念の大河、それに溺死しそうな苦しみを味わうと彼は告げてくる。真摯に受け止め、「気を付ける」一笑を返して見せるヨウだったが、心中は穏やかでなかった。
もしもの未来が脳裏に過ぎっては消えていく。
嗚呼、もしもあの時、舎弟が自分を選ばずヤマトを選んだ未来があったら……自分達はどんな関係になっていたのだろう。
舎弟は友達を人質に取られ、こっちの舎弟になれと脅された。要求を呑んで大人しく向こうの舎弟に成り下がっていたら……事情を知らない自分は理不尽に憤りを噛み締めたり、恨みを抱いていたりしたかもしれない。
そして事情を知り、後悔という辛酸を味わっていたに違いない。
結局、舎弟のケイは友達を逃がし、相手にフルボッコされることで自分と友達の仲を守った。自分を裏切れないからと、畏怖の念を抱きながらも果敢にヤマトと対立したのだ。そのことで彼はヤマトに対して極端に苦手意識、トラウマを抱いてしまったようだが。
(あの時、もしもケイが向こうを選んでたら俺等……フツーに対立してたんだろうな)
少しならず舎弟が離れて行ったことに嘆き、程なくして自分は新しい舎弟を作っていたかもしれない。
容易に想像できる別の未来にヨウは苦笑してしまう。結論から言ってもしもはやっぱり“もしも”、ただの仮想なのだ。分かってはいても想像せずにいられない。別の未来を。
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