11.田山圭太の青い春
◇
思えば、不良以外の人間をチャリの後ろに乗せたことなんてなかった。
敢えて例を出すなら、弟をチャリの後ろに乗せたことかな? こうやって俺と同類の異性を後ろに乗せるなんてお初もお初。人生初めての経験だ。真っ向から吹く、生ぬるい風を顔面で受け止め、両手を握り締める。ハンドルを握る手が汗ばんでいた。
これは緊張のせい、というより、変に意識しているせいだろう。
俺の体を気遣う細い手が優しく両肩を掴んでいる。それだけで俺の胸は言いようのない熱を帯びた。
比例して絶対に事故を起こさない。彼女を落とさないように気を付ける。なるべく振動は押えるといった気遣いが脳裏を掠める。普段なら絶対に思わないことだ。同乗している子が単なる女の子だったら、俺はこんな気遣いを抱かないのかもしれない。答えは風の中だ。
暖かな日差しを浴びている穏やかな街並みを眺めながら、懸命にペダルを漕いでいると、「気持ちがいいです」通り過ぎていく風にのせた声音が俺の鼓膜を打つ。
後ろを一瞥すると黒髪を靡かせて、あどけない面持ちを作っているココロが眦を和らげた。
「ケイさん、運転お上手ですね。全然揺れないですもん。私、もっと揺れるものだと思っていました」
それはですね、俺が意図的に気を遣っているからなのです。とは、口が裂けても言えない。
「こんなもんだよ。今はなあんにもないから、普通に運転しているけどさ、喧嘩の時になると荒れ方が酷いんだ。モトに運転荒いんだよ! って文句を言われちまったし」
「そうなんですか? こんなにも気持ちがいいのに……想像すらできません。ヨウさんが羨ましいです。よく、ワタルさんが言ってますよ。『いつもチャリの後ろを独占してずるい』って。その気持ち、凄く分かります。気持ちがいいです」
ワタルさん……あの人は単に楽したいだけだろ。風の気持ち良さに心躍るような可愛い性格じゃないしさ。
「乗り心地がいいなら良かった。モトみたいに文を句言われたらどうしようかと思ったよ。あ、到着だ」
横断歩道向こうのお目当ての文具屋がある。
のんびりと道路を渡り、目的地の店の前にチャリをとめた俺は、早速彼女と店に入る。
ずらっと棚に陳列されているペンシルやノート、可愛らしいシールを目にしつつ、俺達はルーズリーフを手にした。そのままお会計を済ませるだけで良かったのだけれど、ココロがシャープペンシル置き場で足を止めたために俺も足を止める。
欲しいものでもあるのかな? 尋ねると、「振るタイプが欲しいんですよ」と彼女。
「でも機能付きって高いですよね。あ、これも800円だ。ケイさんはどういうシャーペンがお好きなんですか?」
「俺はシャーペンよりボールペン派だからな。もっと言えば鉛筆派、あれが一番書きやすいや」
「お習字の影響ですか?」ココロの問いに、うんっと俺は頷く。
伊達に短い半生を習字に捧げてきたわけじゃない。毛筆硬筆は嫌ってほどさせられた。おかげで一番、手に馴染む筆記具は鉛筆なんだ。
彼女は興味津々に耳を傾け、俺の話に相槌を打った。おもむろに俺の右手を取ると、「大きなペンだこができていますね」それだけ沢山書いてきたんでしょうね、と綻ばれた。不覚にも耳に熱を持ってしまう。
あぁあああうっぜぇええ、意識する俺ほんっとうにうぜぇえええ! その手が小さく柔らかいでござんすね、と思った俺、爆死すればいいのに。
「ケイさん?」
ひとりで身悶えている俺を不思議そうに見ていたココロだった。
文具店を後にすると、近場のコンビニに足を踏み入れる。追試組のおやつを購入するためだ。
本当はスーパーの方が安上がりになるんだけど、新商品の豊富さはコンビニの方が勝る。どうせなら活気付けるお菓子を買ってやろうとコンビニを選択した。どうせ皆で折半するんだ。ちょっと高めになっても大目に見てくれるだろう。
店内に入ると、「いらっしゃいませ」聞き覚えのある声音が聞こえてきた。
カウンターに視線を流すと、地味友の利二が揚げ物をつけている。そうか、此処はあいつの働いているコンビニか。狙って入ったわけじゃないけれど、足は自然と友達の働くコンビニを求めたみたいだ。
俺は軽く手をあげて利二に笑い掛ける。向こうも目尻を下げてきた。勤務中だろうから、これ以上の挨拶は控えておこう。
ココロも利二の存在に気付く。
「以前、ケイさんと喧嘩した方」
軽く驚いた様子だった。
そういえば俺と利二が大喧嘩した時、ココロもいたな。今更羞恥心が込み上げてくる。カッコ悪いところを見せちまったな。喧嘩したことに後悔はしていないけれど、ココロに見られた事実には気恥ずかしさが出てくる。
誤魔化すように俺はカゴを取って飲み物売り場に向かった。
「あ、待って下さい」
ココロが急いで後を追い駆けてくる。
しくった、ココロを走らせた! 俺の馬鹿野郎。もっと気遣えよ……と、まあまあ、そんなことを思う俺乙である。ナニ変に意識してるんだよ!
(ココロが手を握ったりしてくるから、余計に意識しちゃっているんだろうな)
勿論これは責任転嫁だ。
「五木さんでしたっけ、あの方。ケイさんのお友達ですよね?」
心中で溜息をついている此方の事情なんて露一つ知る由もないココロは、向こうのレジで接客している利二に視線を送っていた。
同校生の同級生、クラスメートなのだと俺は返事する。
「下の名前は利二。チームのために、間接的な情報役を買って出てくれているんだ。俺達の味方だよ」
「そうなんですか。じゃあ、お仲間になりますね」
後で挨拶しないと、ココロは律儀なことを言う。
ほんっと礼儀正しいよな。そういうところがこれまたかわ、いい……とか思ってない。思ってないんだからな! な!
「でもお仲間なら、私達にお顔くらい見せてくれても良いのに……ちゃんとお話したいです」
肩を落とすココロに俺は一笑零した。
「さっきも言ったように利二は直接的な仲間じゃないんだ。あくまで情報提供程度。あいつ、直接不良と関わりを持つつもりはないみたいだから。えーっと、それにしても、みんな何がいいんだろ。勉強に集中できそうな飲み物……珈琲か。無難に。目が覚めるだろ」
「ワタルさんは炭酸が良いと思います。いつも炭酸しか飲まないので……コーラが好きなんですよね。シズさんは甘い物が好きだからカフェオレでしょうか」
棚からコーラとカフェオレの入ったペットボトルを一本ずつ手に取る。
「それから……」ココロは皆の好きそうな飲み物を手早くカゴに入れ始める。ココロ、皆の好みをよく把握しているな。よく皆に気を回しているからだろうな。カゴの中に商品を放り込む彼女を恍惚に見ていると、カゴの取っ手部分に手が掛けられた。
「へ?」間の抜けた声を出す俺に対し、「重たいでしょう?」自分が持つと彼女が申し出てくる。
ちょ……いやいや此処は俺が持たなきゃいけない雰囲気だろ。
もしもココロに持たせてみろよ。響子さんにばれでもしたら……。
『ほお? 可愛い妹分のココロに持たせた、だぁ? いい度胸だな、ケイ! アンタ、表に出ろ!』
身震いをしてしまう。
脳裏に響子さんの凄まじい形相が過ぎったんだけど。ヤーな汗が出たよ。悪寒も走ったよ。
響子さんって基本的に姉御肌で誰に対してでも優しいし世話も焼いてくれるんだけど、男女の扱いはまるで違う。男は打たれて強くなるだろ精神を持っているから、男には結構手厳しい。対して女にはとことん甘い。ほんっとお姉さんって感じで弥生やココロの相談に乗ったりしている。
もし自分の女友達に手を出したり、泣かせたり、その他諸々好からぬことをしたら仲間であれなんであれ張り手が飛んでくるに違いない。
俺は全力でココロの申し出に遠慮した。
このカゴは死んでも俺が持つ! じゃないと響子さんに地獄へ落とされかねない! ……それに、女の子に持たせられないじゃないか。男廃れるだろ。地味な平凡男でもプライドくらい持っているぞ。
大丈夫とココロに笑い掛け、菓子売り場に移動した。
さてと菓子は何がいいだろ。なにぶんシズが大食いだからな。大量に菓子は用意した方がいいだろう。俺は適当にポテチやポッキー、プリッツ、クッキー等などカゴに放り込む。ココロも適当に商品を選んでカゴへ。
えーっと次は、あ、これは俺の我が儘だけどポテチのコンソメ味が食いたい。あれ好きなんだよな。今の入れたポテチ、のり塩だし。嫌いじゃないけど、一番はコンソメ味だ。あれも買ってこう。割り勘する人数が多いんだ。多めに買っても支障は出ないだろ。
俺はコンソメ味のポテチに手を伸ばす。手に取ったと同時に、もう一方からも手が伸びて手に取った。
「あ……」
「え……」
あらまぁ、お目当てのポテチが俺とココロで板ばさみになっている。
まさか一緒に取るとは思わなかったんだけど。今時の少女漫画でもこんな典型的な展開ないだろ。いや少女漫画って読んだことないから分かんないけどさ。何処の青春漫画の一シーンだよ、これ。しかもときめいている俺がいるってのがなぁ。色々と終わってるよな。
俺達は顔を見合わせて微苦笑を零す。
ぎこちなく一緒にポテチをカゴに入れて、お互いに視線を逸らした。
えーっと、こういう微妙な空気が流れちまった時はどうすればいいんだ。ノリよく「息合うな!」とでも言えばいいのか? いやそれとも「ココロもコンソメ味好きなのか?」って聞くべき? あぁあああ、どうしようかなこの空気。気まずい!
「私、ポテトチップスの中で……コンソメ味が一番好きなんです。ちょっと食べたくなって。ケイさんもお好きですか?」
うんぬん悩んでるとココロが助け舟を出してくれた。喜んで話題に便乗する。
「ココロも好きなんだ。いや俺も自分が食べたいから選ぼうとしてさ。こういうのってお使いの特権だよな?」
「はい。だからお使いって嫌いじゃないんですよ。皆さんのお好きな物も知ることができますし。それに小さなことでも役に立ってるような気がして……私、ケイさんと違って喧嘩とかできませんから」
「あんまり自分を卑下しなくてもいいと思うけどな。俺だって喧嘩で役立っているかって言われたら、そうでもないし」
「そんなことないですよ。私、ケイさんと違って最初は……そのー……不良さんが恐くて恐くて。ケイさんのように普通に接することができなかったんです。
実を言うと私、昔からいじめられっ子で。中学までいじめられてたんです。私の性格、じめじめでおどおどしてますし物事をハッキリ決められないので……皆さんに疎ましく思われてしまったんです。高校に入っても私、なかなか性格を変えられなくて。いじめられることは無くなったんですけど、なかなかお友達が出来ませんでした。それがとても寂しかったんです。
ある日の昼休み、たまたま体育館裏で煙草を吸っていた響子さんと話す機会がありました。響子さんと知り合えたことで、私はヨウさん達と知る機会を得たんです。でもヨウさん達は見るからに不良、折角私を紹介してくれているのに響子さん以外とは上手く喋れなかったんです。このままじゃグループで浮いた存在になってしまう。気鬱を抱いていた、そんなときです。
ヨウさんが気軽に話し掛けてきてくれました。誰であろうと屈折なく話し掛けてくれるヨウさんのおかげで私は他の皆さんとも喋れるようになって……彼の笑顔には救われました」
無意識に鼓動が鳴るのは何故だろうか。彼女が幸せそうに好意を寄せている男のことを語っている、から、なのかな。
息苦しいくらい鼓動が鳴る。どことなく胸が痛んだ意味は……。
「ケイさんは凄いですね。私と同じで大人しそうなのに、不良の方と堂々と喋れるなんて。怯える様子とか、全然ないですし」
ふっと微苦笑を零し、かぶりを振る。
俺だってココロと同じように不良に怖じていた。今も怯えているし、あまり好い印象は持たない。
「初めてヨウと話した時、恐くて恐くて仕方が無かった。表ではヘラヘラしてたけどさ、心の中じゃ恐くて恐くて……あいつの舎弟になった時なんて悪夢だと思ったよ。友達を紹介された時は逃げ出したくてたまらなかった」
真ん丸と目を瞠っている彼女に肩を竦めてみせる。
「同じだよ。ココロと同じで俺も恐かった。それが表に出てないだけ。不良は恐い、俺とは別の人種だって思っていた」
でもこうやってつるんでいる。それは不良が恐いだけの人種だけじゃないってのが分かったから。
気飾ってもヨウ達だって俺等と同じ十代。俺等と同じように笑ったり、泣いたり、色んな悩みとか持って生きている。
ココロ、俺は時々思うんだ。
俺は不良と友達になったわけじゃない。ヨウ達自身と友達になったんだって。
不良は恐いよ。髪はチャラチャラ染めているし、馬鹿ばっかするイメージあるし、何を考えているか読めない。ヨウ達の不良らしいおサボりとか、言動とか、そういったものに悩まされたりすることだってある。
でも友達だって思っちまうんだよな。不良じゃなくて、俺はヨウ達自身と友達になったんだから。
「今も不良は恐い。情けないことにビクビクしちまう。もしも日賀野が目の前に現れたら、俺はフルボッコされたトラウマが出てきて震えちまう。ココロが思うほど、俺ってできた奴じゃないんだよ。俺も最初はココロと同じだった」
ココロと同じなんだと目尻を下げた。静聴していた彼女も俺と同じ表情を作る。
「実は私も、今も恐いんです」
軽く目を伏せ、ココロは穏やかに表情を崩す。
「不良さんは今も恐いです。震えてしまいます。でもヨウさん達はさほど恐くないんです。お友達、だからでしょうね。あ、けれど私、最初からケイさんは恐くなったんですよ」
「それって恐いって言うより、親近感を抱いたんだろ? 俺もそうだったよ」
「やっぱりですか? 何だか安心しますよね。同類の人がいるって」
「そうそう。まさにそれ」
軽く笑いながら俺とココロはレジに向かう。
空いていたおかげで、直ぐに会計を始めることができた。商品のバーコードを読み取り始める利二は小声で、「楽しそうだな」これが所謂青春か。含みある台詞を飛ばしてくる。カチンと固まる俺は利二のニヤついた顔に気付いて、思わず顔に熱が集まった。
こいつ……。
俺が悪態付く前に「ポイントカードはお持ちでしょうか」利二はどこ吹く風で接客応対してくる。クレーマーにでもなってやろうかと物騒なことを考える俺の代わりに、ココロが答えた。
「持っていません。五木さん、いつもありがとうございます。私達に手を貸してくれているとケイさんからお聞きしました」
「大したことはしていない。情報提供だけだ」
タメ口に戻る利二はココロに微笑し、大量の商品を次々に精算していく。
くそう、利二の奴。絶対勘違いしているだろ。俺、お前の思うようなことにはなってないからな!
「田山。不穏な動きが出ているようだ」
と、利二が重たい口で情報を伝えてくる。
「不穏? 日賀野達か?」
真面目な話に俺は眉根を潜めた。
作業の手を止めずに利二は説明してきてくれる。日賀野とは別の不良グループが不穏な動きを起こしている、と。日賀野達はそれを懸念しているらしい。そういう情報を仕入れたと利二は声を窄めながら教えてくれた。
他の不良グループ、か。
ただでさえ日賀野達に懸念しておるのに、また別のグループが出てきたのかよ。厄介だな。
「田山、気を付けろ。どうも相手方は日賀野達、そして荒川達に恨みを持った連中のようだ。関わりを持つお前も向こうの私怨を買っている可能性がある」
「ああ、分かっているよ。利二。いつも悪いな」
「これくらいのカッコつけはしないとな。お前はすぐに無茶をする。何あったら言えよ」
「サンキュ。大丈夫、いつものようにどーにかなるさ」
「怪我ばかりしてるくせにな」利二は微苦笑を零して、2750円と支払額を言ってきた。
俺は財布を取り出し千円札を三枚出す。怪我の一件を学習して、常に三千円程持ち歩くようにしたんだ。だから今日は誰かにお金を借りる心配もなく支払える。
けれど俺が出す前に隣にいたココロが三千円を出してしまった。びっくらしてしまう。
「ココロ、俺が払うよ」
「いいえ。ケイさんは自転車で此処まで連れてきてくれたり、荷物運びをしてくれましたので。ここは私が払います」
譲りませんよ、悪戯っぽく笑う彼女に複雑な感情を抱いてしまう。
ここは俺が払いたかったんだけれど。いい顔を見せたいとか、そういう気持ち以前に、なんか彼女に支払わせた現実が苦い。でも意地張ったって彼女は譲ってくれないだろう。仕方が成しに引き下がり、財布から出していた札を仕舞う。
一方でココロは嬉しそうに支払いを済ませていた。役立てたことが本当に嬉しそう……健気だよな、ココロって。小さなことでも役立てたことに笑うんだから。
ふっ、前方から噴き出しそうな笑声が聞こえてきた。
硬直した俺が視線を持ち上げれば、ヤな店員が誤魔化すように咳払いをしている。が、俺の顔を見てはにやりにやり。接客態度皆無である。な、な、なんだよ、お前、その顔は!
「クレーム出すぞ。店員さんよ」
唸り声を上げる客の脅しなんてなんのその。
「田山も羨ましい身分になったものだな。そうか、お前はとても分かりやすいな」
「なッ。それはどういう「250円のおつりです。ありがとうございました」
こ、こいつ~~~ッ!
憤る俺に構わず、笑いを堪えたまま頭を下げてくる利二。
ぜぇーってぇ俺とココロの仲を疑ってやがるなあいつ。ちげぇからな。俺、ココロとは同じ地味友でチームメンバーとか思っているだけだからな!
覚 え て ろ よ 。
口パクでそう言うと、利二にガンを飛ばしながら俺はココロと共にコンビニを出た。
後ろからクスクスと噴き出す笑声が聞こえたけど無視だ、無視。反応して馬鹿を見るのは俺なんだしな。ったく、みんな、そうやって誤解してくれているけど、俺とココロ、本当に何でもないのに。
何かあっちゃいけないっつーの。俺自身でも気付き始めてるけど、俺はこの感情を認めない。認められない。絶対にさ。
「重くないですか?」
声を掛けてきてくれるココロに俺は大丈夫と微笑を向けた。
二つに分けられた買い物袋の内、俺は飲み物が入っている重い袋を担当。ココロは菓子類が入っている軽い袋を担当している。内心、ちょい重いと思っているけどココロに持たせるわけにはいかない。そんなことしてみろ、響子さんの鉄槌によって女にされちまう!
それにチャリまでほんの少しの距離。重いけど耐えられそうだ。思案をめぐらせている間にも、あっという間にチャリをとめている文具店前に戻って来た。俺はカゴに買い物袋を乗せて掛けていた鍵を外す。
さてと買い物も済んだし、さっさと戻らないと。あーんま遅くなったら、また皆がにやついた顔で、
「ジャジャジャジャーン! 呼ばれて飛び出てアキラちゃーんじゃーい!」
ビックー!
そのワタルさんに似た、ウザ口調は……うわっつ、出たァアアア!
声の方角を見やった俺は咄嗟にココロの腕を引いて背に隠す。目前に現れたのは日賀野チーム。元ワタルさんの親友であり、チームの情報役を担っている食えない男のひとり魚住昭。
相変わらず眉辺りにしているピアスが痛そうだ。どうやってそこにピアスを指しているのか、無知の俺には謎も謎である。もうひとり、魚住の隣に立ったチームメートがいた。帆奈美さんだ。ヨウとアダルティーワールドを作り上げていた女不良さんが俺達の前に現れた。
「け、ケイさん」
雰囲気で相手方が日賀野チームだと察したらしく、ココロの顔から血が引く。無意識だろう、俺の腕を掴んできた。
最悪の状況下だ。こいつ等がいるってことは俺の超トラウマ不良もどっかにいるんじゃねえの? あいつ、神出鬼没だからなぁ。ああくそっ、俺に喧嘩できる力がありゃいいのに。
「貴方はヨウの舎弟」
警戒心を募らせている俺達の一方で、帆奈美さんが毅然と観察してくる。彼女から悪意は感じられない。
「怯えなくても何もせんぞい。今日は偶然、此処を通り掛っただけじゃけぇ」
魚住からは邪悪な気を感じられる。
見るからに甚振りそうな眼だ。向かい合っているだけで胃が痛む。
蛇に睨まれた蛙のように動けずじまいの俺達に対し、「なあんもせんせん」と魚住が手を振った。おどけを宿した瞳が笑みを含んでいる。
「信用……できないんですが。何せ、あなた方のチームリーダーはちょっかいばかり出してきますし」
「そりゃあ、ヤマトじゃからのう。ヤマトのことじゃけえ、お前にちょっかい出したいんじゃ。舎弟、愛されとるのう!」
随分と歪んだ愛し方ですね! 俺、もっとソフトな愛し方されたかったですわ! ……日賀野に愛されるのだけはごめんだ。想像するだけで胃が痛くなる。
うぇー、思い出しただけでも胃がギッリギッリしてきたよ。
「ま、此処で会ったのも何かの縁じゃけえ。どっかで駄弁らんかのう? 丁度2対2じゃけえ、話しやすい。所謂情報交換じゃい。腹の探り合いを前提にした茶会は楽しいぞい。どうせそっちも情報が欲しいじゃろうし? どうじゃ、帆奈美」
「どちらでも」
よ、良くないに決まっているだろう!
何であんた達とのほほんお茶をしなきゃいけねぇんだよ! 情報を探り合うなら尚更だ! お断りだお断り!
「それともなんじゃい。ヤマトに連絡してみるかのう? あいつのことじゃ、すっ飛んでくると思うぞい。呼ぶか?」
ぜってぇ嫌に決まってるだろー! あいつと探りあいを前提としたお茶なんて死んだってごめんだ!
あいつの頭脳を持ってしてみれば、巧妙に情報を聞き出してくるに違いない。策士の前じゃ勝つ希望も持てないぞ。
全力で頭(かぶり)を横に振る。「無理に決まってるじゃないですか」ご尤もなことを言ったつもりなんだけど、「舎兄に許可を取ればええじゃろーよ」なんかずれた答えが返ってきた。よほど情報を探りあいたいらしい。
ええい、くそうっ。
此処は冷静になって、落ち着いて、そう、相手にズバって言ってやるんだ。あんた等とお茶をする気はないって、さあ、田山圭太、言ってやれ!
「どっちにしろお使いを頼まれているんで無理です」
「あー、パシられてるのけぇ? そりゃ残念じゃーい」
フッ、言ってやったぜ。
形は違えど、言ってやったんだぜ。お断りする事ができたんだぜ。やればできる、俺。
え? ズバっと言ってやるんじゃなかったのかって? そんなもん、心の中だけに決まってるだろーよ! 不良だろうが地味だろうが、お誘い受けたら丁重に断るというのが礼儀だろ、礼儀!
相手方の反応を窺っていると、ココロがぎゅっとしがみ付いてくる。
せめてココロだけでも安全な場所に避難させたい。どうここを乗り切ろうか。
うんぬん悩んでいた俺達を余所に、「おやん?」「なるほど」不良達が納得した面持ちを作る。
どうしたんだ? 怪訝に観察を続けていると、「邪魔してはダメね」と帆奈美さんが肩を竦め、「喧嘩とプライベートは違うからのう」と意味深長に笑う魚住。自己完結させている不良達についていけず困惑してしまう。
「どちらにせよ、私達も使いを頼まれている。アキラ、今回は引き下がる」
「了解じゃい」
ニシシッ。
嫌味たっらしい笑声を漏らし、魚住がブレザーのポケットに手を突っ込んだ。その手をすぐに取り出し、素早く物を投げてくる。片手でキャッチした俺はおずおずと手の平を開いた。それは半透明な袋に入っている小さな個包装のなにか。一体何か、俺には用途が掴めない。背後から覗き込んでくるココロも首を傾げた。
はて、これはいったい。
俺達の反応に大爆笑したのは魚住だ。ヒィヒィ腹を抱えて、膝小僧を叩いている。
憮然と鼻を鳴らす帆奈美さんは、呆れた男だと素っ気無い態度を見せた。構わずキャツは指笛を鳴らし、「えろゴムじゃい!」涙目になりながら笑い転げる。鈍感で無知な俺達はようやく察した。これがなんなのか、どういう時に使用するのかを。名前こそ聞いたことがある、その避妊具に俺達は絶句するしかない。
「えろいことしたいじゃろうけん、プレゼントじゃい」
囃し立てるようにからかい、魚住は帆奈美さんと共にその場を去った。
残された俺達はただただ言葉を失くすしかない。こんなものを投げ渡されても困る。なによりも、ショックだった――ココロとそういう関係に見られてしまったことに、とても。
「け、け、ケイさん。ど、どうしましょう。これ! わ、私達、ごごご誤解されています!」
半べそになっているココロの声によって我に返る。
「すすす捨てよう! えっとゴミ箱、ゴミ箱ッ、チックショウ! こ、こんなの渡してくるなよー! 意味わかんねー!」
投げ渡されたコンドームに悲鳴を上げつつ、俺達は慌ててそれをポケットティッシュに包んでコンビニ前の屑篭に捨てに走った。
これが仮に気遣いだとしても、冗談だとしても、どっちにしてもタチが悪い! ……ホンットにタチが悪いよ。
屑篭の前で言いようのない悔しさを噛み締める俺は俯いてしまっているココロを流し目にし、ぎこちなく視線を戻した。
なんと声を掛ければいいのか分からない。俺達はそういう関係に見えるのだろうか? それとも魚住は俺の気持ちを察して、ココロをダシにからかったのだろうか? もし、彼女にこの気持ちが気付かれたら、きっともう元には戻れないだろう。
それだけ魚住のからかいは俺やココロにダメージを与えた。
もしもココロに負のイメージを抱かれたら、多少ならず俺は傷付くのだろう。そしてヨウを想う彼女もまた、傷付くに違いない。否、もう傷付いてしまっているのかもしれない。
その後の俺達は始終、無口だった。
和気藹々と会話していた時間がうそのよう。互いに素っ気無い態度を貫き、まるで事件をなかったかのように振る舞った。俺達は子供だった。ああいうちょっかいに慣れていない。だから変に意識をしてしまい、必要以上に距離を置きたがった。置かないと自分の中でも感情が処理できなかったんだ。
「お、戻ってきたな」
たむろ場に戻ると、のらりくらり勉強をしていたヨウ達が迎え入れてくれた。
その面持ちはどこか意味深で、魚住の出来事を思い出させてくれる。
そうだ、ヨウ達も送り出す時にからかいの眼を……出発の際のやり取りを思い出した俺達の態度は、もはや落ち込みレベルである。買って来たルーズリーフや菓子類を適当な場所に置くと、俺とココロはダンマリのまま各々窓辺に放置していた通学鞄を手に取る。気持ちは完全に上の空だ。
「お、おい。ケイ、ココロ。どうしたんだよ。勉強しようぜ。ヨウ達に教えてもらわねぇと、うちとハジメだけじゃ辛いんだ。な?」
身支度をする俺達に響子さんが動揺を見せる。が、俺やココロも一杯いっぱいだ。
「すみません用事を思い出したので」ココロが先に返事し、「俺も急用ができましたんで」今日のところはおいとますると俺は肩を竦める。ヨウ達に魚住達と出くわした報告もせず(べつに何もなかったから報告する必要はないと思っている)、ただただ帰る旨を伝えた。
彼女と視線がかち合う。
素知らぬ顔で互いにそっぽ向いて、「あ、おい!」響子さんの呼びとめも無視し、そそくさとたむろ場から退散した。
表向きは冷然としている俺達だけど、内心は落ち込んでいた。だからこそたむろ場にいない方がいい。余計な気を遣わせそうだから。ココロとは入り口で別れ、俺はチャリを取りに行くために倉庫裏へ。人目のない場所まで足を運んだ俺は、ようやく積まれている木材に腰掛けて大いに落ち込むことができた。
(さ、最悪だ。ココロとそういう関係に見られたとかっ、見られたとか!)
頭を抱えて身悶える俺の心は雨天模様だ。
変に意識せずとも、冗談で受け流せば良いことなのに、どうしても俺にはできなかった。芽生え始めた感情に自覚しつつあるからこそ、そういうからかいが受け流しきれない……ココロは一件をどう思ったのだろう?
絶望にも似た気持ちを抱きつつ、膝に肘をついて頬杖をつく。暫くの間はココロと視線を合わせることも無理そうだ。
「ケイ……なんか遭ったな。むっちゃ落ち込んでやがる。響子、ココロの方はどうだ?」
「出入り口のところで、『意識しすぎたかな。ケイさんに浅ましい女だと思われちゃったらどうしよう』だってよ……落ち込んでやがる。何が遭ったんだよ。ああくそっ、はじめてのお使い作戦が失敗するなんて。あれで親密度を上げる作戦がっ! リーダーどうすりゃいい! リーダー!」
「まじか。これ、リーダーの出番か?」
「そうだ、これはチームの問題だぜ!」
「……リーダーの俺大変だなおい」
倉庫内のとある、会話。
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